その3 ふるえるエルフ

 白いフリルがあしらわれている!


 翻る黒い膝上スカートと白いエプロンの裾に!カチューシャ型のヘッドドレスに!おまけにチョーカーにもだ!

 ブラウスの袖はホオズキのように膨らんだパフスリーブで、袖口にはまたもフリル!

 白のニーハイソックスのはき口にもフリルを盛り、トドメに大小のリボンをちりばめたかわいさ過積載の衣装!


――メイド服である!変形ミニスカメイド服である!


「着替えたかい」


 支配人の男の声に促され更衣室からおずおずと出てきたファナと、くっついているプララは、この可憐で華やかな“制服”に身を包んでいる。

 これはタンニ国営『賭場カジノ』の給仕が着用する制服なのだ。


 父親の借金を返そうと言うファナに、国王イッテンゴが口をきき短期労働アルバイトを紹介してもらったのである。


「うぁ、ひらひらふりふりしてる……こ、これでお仕事するんですか?」

「なかなかサマになっとるぞ、ファナ」


 タメエモンに褒められたこととスカートの丈の短さが合わさって頬を赤らめるファナ。

 プララはその場で小さな体をターンしてみせ、得意げな顔でタエルを見上げている。

 タエルが無言でうなずく横で顔面の左半分に向こう傷がある強面こわもての支配人が話を次いだ。


「お前たちには給仕と掃除をやってもらう。昼間は客の注文とって運んで、店を閉めている間に掃除だ。それと、何かあったらすぐ“先生”を呼ぶんだぞ」

「支配人さん、“先生”って?」

「用心棒の先生だ。そうだな、初日だから挨拶しとけ。先生!すんません、ちょいと来てもらえますか!」


 事務室の扉がゆっくり開き入ってきたのは身の丈二メートルの大男。屈強な体躯の色は緑、オークである。

 最低限の防具を身に付けたのみの半裸オーク。四肢には幾何学縞模様ダズルパターンの刺青が奔る。


 用心棒が最初に目を合わせたのは、上背の都合で少女二人より先に付き添いのタメエモンとタエルだ。

 真っ先に陽気な声を発したのはタメエモンである。


「おう、ゲバじゃないか」


 オークの用心棒――ゲバは、タメエモンとタエルの姿を見るや、ただでさえ険しい顔つきが更に苦虫を噛み潰したようになった。


「タメさん、知り合いでしたか」

「ああ。旅先でな」

「タメさんの知り合いなら道理で。先生はね、先走ったうちの若騎士わかいモン5人をまとめて返り討ちにしたんでさァ。国王オヤジの一声で賭場の用心棒にスカウトすることになりまして」


「ここの若衆を手玉にとるとはさすがだな、ゲバ」


 観念した、という風にため息ひとつ吐き出して、ゲバは藪のような白髪頭を掻いた。


「……そういや、前に似たような事があったな」

「おう、あの時とちょうどあべこべだのう」


「積もる話もあるでしょうが、タメさん、先生、新入りの挨拶を」


 言われてようやく視線を落としたゲバが硬直した。

 ぴたりと停止した巨体と牙の覗く唇は、次にわなわな震え出し。


「えっ!えええええええ!!!!!」


 彼の動揺が驚きと興奮の入り交じったものである。最初に気がついたのはタエルだ。


「ああ、そうでしたね。あなたエルフ信者ですもんね」


「エルフじゃねえか!」


 それまでとは打って変わってやたら大きく張り上げられたゲバの声に、ファナとプララが肩をびくつかせた。

 エルフと繰り返すゲバの三白眼はよく見ればうっすら潤んでいる。


「見ただけで気付く辺り、一応まともな信心はあるんですねぇ」


 もはやタエルのジャブじみた嫌味も耳に入っていない。

 ゲバは生まれて初めて目の当たりにする憧れの象徴エルフに何事かを言おうと身を屈めた。


「!!!」


 緑の巨体が屈み込むや、幼女エルフは声なき悲鳴を発してタエルの背後に隠れてしまった。

 袴の裾を握りしめるプララの大きな青い瞳には限界まで涙がたまっている。


 小さなエルフは、明らかに怯えていた。


「いきなりそんな大きな声を出すからですよ」


 打ちひしがれたオークの用心棒は、何も言わずドアの奥へと引っ込んでいくのだった。



「おうい嬢ちゃん!酒を湯割りにして二つくれ!」

「はぁい、ただいま!」


 はつらつとした返事でカウンターに身を翻すファナ。エプロンの背中についた大きなリボンが少女の動きになびく。


「お、大丈夫でぇじょうぶかい。オッちゃんがとってやるから。っこいのに偉いな」


 他方のテーブルではプララが懸命に背伸びして、盆に載せた茶を中年博徒に配っている。


 くるくる働くファナとプララは、わずか半日にしてむさ苦しい国営賭場カジノに咲いた花となった。

 人形のような愛らしい見目と仕草のプララは老年の客から孫を見るように受け入れられたし、もともと街の薬屋で看板娘をやっていたファナも地元の客とは顔見知りである。


 体つきに女性の丸みを帯び始めているファナによこしまな関心を抱く客も居る。

 少女の発育してきた胸元が揺れたり丈の短いスカートが翻るたび、そこかしこでムクムクと男達の邪心が鎌首をもたげるのだ。

 だが、ちょっかいをかけようとする前にすぐさま大男三人の眼光がロックオン。いろんな意味で片っ端から萎縮させられて事なきを得ていた。


――例外が現れたのは、夕方に差し掛かろうかという午後のことだ。


「オイイ!イカサマだ!イカサマしたろ!?ああ!?」


 賭場の喧騒が一つの怒鳴り声に静まる。


「お客さん、落ち着いてくださいよ。あんたが持ってきたサイコロ使ったんだ。言いがかりはよしてください」


 見れば、サイコロ賭博に興じていた客の一人が激昂している。

 やせぎすの長身、目元はクマで黒ずんだいかにも不健康そうな男は、左右の眼球をそれぞれ上と下へ向けながら言葉を為さぬ罵声に唾を飛ばしている。


 ひどく興奮した男の様子に会話の余地なしと判断した胴元の男は、カウンター向こうに控えた見張り役に目配せした。“用心棒”を呼ぶ合図である。


「やれやれ。毎日何がしかあるな」


 のっそり出てきたゲバが拳の骨を鳴らしながら興奮男の前に立つ。

 前に立って、特に問答もせずブン殴った。


「……片付けはよろしくな」


 向こう側の壁まで吹き飛んだやせぎす男に一瞥もくれず言い放つゲバ。

 只でさえ体格差のある両者である。更に言うなら、ゲバはあまり手加減を考慮していなかった。


 常識で考えれば男が立ち上がることなどあり得ぬ道理であったが、かの者はまさに“例外”だったのだ。


「そっちがその気なら俺だってなあ!舐めるなよ!?やっちまうぞ!?」


 鼻血を垂れ流した男は奥歯を二本スイカの種のように吹き出すと、ゾンビのごとく立ち上がったのである。

 そして、不運にも手近に居たプララをかき抱いてポケットに忍ばせていた小振りのナイフを首筋にあてがった。


 突然の出来事に呆然とするエルフ幼女を尻目に、逆上し続けるやせぎす男がいっそう唾を飛ばす。


「誠意を見せろ!謝罪、謝罪だぁ!イカサマで巻き上げたカネに慰謝料を上乗せし――――」


 これこそ不運にも、である。


 勢い任せに啖呵を並べる最中、男の口は緑の掌に塞がれた。

 砲弾に勝る勢いでゲバに顔面を鷲づかみにされた痩せ男。壁に後頭部を打ち付けられた後、床に引き倒され。


 あとはマウントポジションうまのりになったオークにひたすら顔面を打ち据えられるのみだ。

 手にしたナイフとプララはとっくに彼の手から離れている。


 静まり返った賭場に、しばらくの間にぶい打撃音が響いた。音が止んだのはゲバが男の気絶に気付いた時であった。


「エルフに手ぇかけるとは、どういうつもりだ!てめえ!」


 とうに意識を手放していた男に対し、最初に言うはずであった科白せりふをとってつけながら立ち上がるゲバ。

 呼吸を整えてから、呆然としたままのプララに向き直った。


「大丈夫か?」


「!!!」


 つとめて優しい表情と声色を作るゲバ。努力したゲバ。

 それでも、直前までの暴力行為バイオレンスと顔に点々と付いた返り血は拭えていない。


 いたいけな幼女エルフはまたしても涙目だ。怯えて震えている。震えるエルフ。


「むしろ、たったいま大丈夫じゃなくなりましたね」


 タエルの冷静な突っ込みが、いやに静かな賭場の空間にぽつねんとした。



 翌日、タメエモンたちは揃ってタンニ国王イッテンゴの執務室じむしょに呼び出された。


 「変わりませんなあ、この部屋は」などと呑気なのはタメエモンとプララだけで、タエルとファナ、特にのあるゲバは大緊張だ。


「そう固くならなくていい。どやしつけようと思って呼んだンじゃ無えよ」


 南方に位置するタンニ特有の、着流しに似た衣服に簡易な鎧帷子を羽織ったイッテンゴがゲバたちに前置きしてから懐に手を入れた。


「用件は“こいつ”のことだ」


 取り出したのは袋状に畳んだ薬包紙。そっと包みを開くと、指先ほどの白い粉である。


「親方、なんですかこの粉は」

「――昨日、ゲバが片付けてくれた野郎の財布から出てきた」


 片目をつむって答える国王の言葉に、ファナは思い至った。


「これ、もしかして……『マタンドラゴラ』の胞子ですか?」

「わかるかファナ。流石、薬屋の娘だな」

「実物見るの、初めてです。昨日のあの人じゃなかったから」


「その『マタンドラゴラ』とは?」


 訳知りに話を進める二人にタエルが説明を求める。国王の目配せで、ファナが説明を始めた。


「マタンドラゴラはキノコみたいな姿の魔者マーラです。本当にキノコと見分けがつかないし、めったに見かけないから私達みたいな薬屋か学者さんにしか知られてないんですけど。胞子が薬の材料になるんですよ」

「どんな効き目の薬なんだ」

「お父さんから聞いたのは、目覚ましとか痛み止めとか、あとは、ええと……媚薬、とか」


 頬を赤らめるファナは、気を取り直して説明を続ける。


「でも、おかしいです。マタンドラゴラの胞子って強力だけどとっても希少で、効き目も値段もひと匙で普通の薬ひと月分になるって言うくらいなんですよ。普通の人がこんなに沢山持っていられるモノじゃないです!それに、これだけの量を一度に使ったら……」

「そう。一度に使ゃ、。とんでもねェ代物さ」


 昨日の痩せぎす男のただならぬ様子を思い起こした一同が固唾を呑んで黙る。


「……マタンドラゴラでになるとしたら、たくさんの胞子を直接鼻から吸い込んだり火であぶった煙を吸い込む必要が、あります」


 不安と心配を顔に滲ませる少女の見解は国王のそれと一致しており、眼光鋭い王は神妙に頷いてから一同に考えを告げ始めた。


「今、この子の言った通りだ。こいつァおいそれと量のとれる代物じゃ無い。それなのに“こんな風”に見つかるって事は、“誰か”がマタンドラゴラを栽培しそだててるんだろうよ」

魔者マーラを育てて増やしている!?」

「そうだ、僧侶ぼうさん。でもって、どこのどいつがやってるかも目星はついてるんだが、確証シッポを掴めないばっかりにこの体たらくよ」

「親方、さてはゴムワの連中か?」


 タメエモンの質問に肯定の沈黙をもって答えてから、タンニ国王イッテンゴが重苦しく語る。


余所よそ様のシノギに口出すモンじゃ無いだろうが、どうにも腑に落ねェ。こんなモン一般人カタギの財布から出てくるなんて事、あっちゃなんねえンだ。はっきり言うぜ。連中のシッポを掴んで、こんなフザケた事をやめさせたいんだ」

「それでこそ親方だ。それでこそ、騎士王おやかただ」


 満足気に頷くタメエモンが自分の腹をばん、と叩く。言わずもがな、国王おやの意志を叶えるという返事であった。


「最近、街外れの森からしきりに獣の鳴き声が聴こえてくるらしい。ゴムワの連中は森のどこかで何かをやってやがるんだろうよ」

「よし!さっそく行って調べてきますぞ!タエル、ゲバ、手伝ってくれい!」

魔者マーラを育てるなどとは、人間の領分を超えていますね。分を逸脱すれば思わぬ災いも起きましょう。芽を摘んでおかねば」


「あのっ!ちょっと待って!」


 言葉通り踵を返したタメエモンを呼び止めたのはファナだ。


「……私も、私とプララも、行きます。私たち、薬草とかキノコの生えてる場所を探すの得意だから。きっと、役に立ちます」


 名乗り出た少女たちの無謀さ。それは魔者マーラと実際に何度も戦っているタメエモンたちには明らかに知れるところである。


 タエルはどうにかして彼女らを思いとどまらせる文言を、と考える。

 考えている間に、ほぼ何も考えていないオークが感じるままに口を開いてしまった。


「……何かありゃ俺達が“壁”をやってやる。その代わり“案内”は頼らせてもらうぞ」


 タエルの「はぁ!?」なる抗議の声をよそに、その場の多勢は大男と少女の混成キノコ狩りチームを結成承認の流れだ。


「カラダ張った分の“見返り”はきっちり用意しておく。頼んだぜ、お前たち」


「はいっ!私たちに任せてください!」


 張り切る少女らを横目にして、タエルは一抹も二抹もある不安を感じずにはいられなかった。

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