その7 王都旅立ち

「ほら、力を抜いてください」

「おう……ふ……おぉ」


 筋肉僧侶に全身をなで回されたオークが思わず吐息を漏らす。


 先ほどまで二体の巨人がぶつかり合っていた王都は、あちこちに痛々しい傷痕をつけられていた。

 ゲバは、倒壊した建物に残された外壁にもたれ掛かっている。彼の緑色の肌は、街と同じくいくつかの傷と共に赤紫色の血に汚れていた。


 満身創痍のオークの体を、タエルはしきりになで回す。

――否。よく見れば、掌はわずかに体の表面から浮かされていた。非接触式ノータッチ愛撫であろうか?


「どうにも治癒の精霊術アウラは苦手です」

「……手をかざされた部分が温まってきた。これは効いてるってことじゃねえのか」

「温まってますか。まあ、温泉に入った程度の効果しかありませんからね」


 決まりが悪そうな顔をしながら、タエルはしばらく精霊術アウラの手当てを施していた。


「二人ともここに居たか。神殿の方も少しずつきているぞ」


 声をかけてきたのはタメエモンである。半刻ほどスクナライデンとともに沈黙した後、意識を取り戻して王都の外壁まで神殿を移動させてきたのだ。


「さすが輝機神ルマイナシングね。陽の光を浴びるうちにみるみる元通り」


 一緒にやってきたルツィノが神殿の回復を称える。


 天資シングは光を浴びると徐々に再生する性質を持っている。そして、その再生力はサイズに比例するのだ。輝機神ルマイナシングクラスの大きさであれば、少々の損傷であれば一昼夜で再生を果たす。

 正体不明の構造物シングなれど、長年ともにあったがゆえこういった基本的な性質は人びとに広く知られている。


「奴は輝機神ルマイナシングを狙っていたな」


 タメエモンが声のトーンを落として二人に言う。キハヤという少年の変じた傀儡くぐつ狩りの輝機神ルマイナシングが口走った内容を反芻しての言である。


「ああ……つまり移動神殿はかがり火みたいなもんだ。そこにあるだけで余計な虫が寄ってくるってわけだ」

「今回は撃退しましたが、またやってこないとも限りませんね」

「なに、次こそは仕留める」


「……王都ここ戦場どひょうにして、か?冗談じゃねえぞ」


 傷痕残る街並みを険しい目つきで見やりゲバが言う。

 視界の端に沈痛な面持ちのルツィノが入り込んだので、彼は思わず目を逸らした。


 視界の外から、姫騎士の決意を秘めた美声が聞こえてくる。


「次は、私もやってみせる。神殿の輝機神ルマイナシングとガルドミヌスが力を合わせれば」

「いやいや。姫様にも王都にもこれ以上の迷惑はかけん。かけんとも。なあ、ゲバ。タエル」

「……だな」


 少女の決意に、三人の男たちは首を横に振り。少女は首を傾げた。


「三人とも、どういうこと?」


「……私達は、王都を発ちます」



「そうか。残念だね」


 気がつけばどこからかやってきた国王が、ルツィノの隣で軽く溜息をつく。

 今後の城下復興計画を詰めるため視察に来ているようだ。


「昨日の一件で、あのキハヤトゥーマとかいう輝機神ルマイナシングとは因縁ができた。向こうも、狙ってくるとすればでしょう」


 相手は傀儡狩りの噂の主である。同じ輝機神ルマイナシングであるガルドミヌスを狙う可能性もあった。


「なぜわかるんだい」

「一戦交えた者の直感であります。奴はきっと、そういうやつだ」

「……フン」


 同意を求めて目配せされたゲバは、不本意そうに頷いた。


「行くあてはあるのかい」

「ワシはひとまずシヤモへ行き申す。そうだ王様、シヤモの国王おやぶんに助力を請うて来ようか?」

「タメエモン、君はシヤモの『騎士王』に繋がりがあるのかい」

「世話になったタンニ国はシヤモの直系です。タンニ国王――イッテンゴ親分に事の次第を話せば」


 名案とばかりに思い付きを口にするタメエモンを諫めたのはゲバである。


「……お前、外交って言葉知ってるか」

「シヤモの騎士王おやぶんは紛れもなく任侠おとこだ。こんな時に打算は挟まん」

「タメエモンよ、心遣い感謝するよ。だがシヤモへは私が直々に使者を遣わす。君の気持ちだけもらっておこう」


「私もタンニへ同行しますよ。タメエモンの出自はどうも、神殿と無関係とは思えませんから」


 タエルの深い眼窩で青い目が光る。神殿の主・女神ルアに並々ならぬ信仰心こだわりを持つなる僧侶は、自分の体験していない輝機神ルマイナシングへの搭乗と『赫力来電』なるを発揮したタメエモンに嫉妬めいた思いを抱いていた。


「ゲバはどこへ行くの?」

「……さあな。予定通り、流れ着いた所でどうにかやるさ」

「カッコつけおって。一緒に来れば良いではないか」

「お前らと居ると厄介事に巻き込まれそうだからな。毎度これじゃあ体がもたん」


 父と三人が交わす言葉を聞き、寂しそうな顔をするルツィノ。

 目ざといタエルが気を廻してフォローの一言を差し挟む。


「縁があれば、どこかで顔を合わせるでしょうね」

「……そうなりゃいよいよ腐れ縁だな」


 “余分”を付け加えるゲバをタエルが睨む。二人が視線で火花を散らす前に、姫騎士の小鳥のような声。


「三人とも、もしまたオストリッチに訪れることがあれば――」


「ああ。その時は挨拶に参る。よろしく頼みますぞ、姫様」


 タメエモンの脇でタエルも頷く。

 ルツィノは、節目がちに俯くゲバを見る。声を掛けようとした時、不器用で口下手なオークは自分から口を開いた。


「……達者でな」


「――もう。それ、旅立つ方が言う言葉じゃないでしょう」


 寂しげだが柔らかな笑顔を向ける少女。無骨なオークは、牙のはみ出た口で似合わぬ微笑みをつくって応えた。



「さて、タメエモン。王都を離れるならば“しがらみ”は関係ないね?」

「しがらみ?ああ、そうですな。して、しがらみがどうかなされたか?」


 柔和な笑みを崩さぬ王が片手を挙げれば、なるほど使用人が台車に載せた棒がスイと出てきた。


 その数30。10×3で、30である。


「遠慮なく受け取るが良い」


 王都破壊の一端に負い目を感じた手前、体よく断ることなどできる筈もなく。“詰み”である。


「う……ありがたく頂戴します」

「う?」

「いやいや、やはり見事な棒ですな。ご立派ご立派。お前もそう思うだろう、ゲバ」


 観念したタエルの横でゲバの方を見るタメエモンだが、そこには見慣れた緑の巨体は既に無し。


 引き際心得た歴戦のオーク戦士は、手詰まりの局面からいち早く退却を決め込んだのであった――――

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