その5 深緑の勇者
急降下急接近してくる赤い
正面で剣を構えたルツィノは、しなやかな両脚に
「たあああああッ!」
一意専心。機先を制すべく思い切った剣先がドラゴンの狭い眉間へ迫る。
「な……何やってんだバカ!」
歯に衣着せぬのも忘れ、ゲバが叫ぶ。
声が届く頃には、既にルツィノの正面打ちは紅ドラゴンの額を捉え――“爆発”した。
「え――――!?」
体に浮遊感を覚えたルツィノは、ごく一瞬放心するが、すぐさま我が身に起きた事を把握する。
爆発したドラゴンの反動に弾かれて空中に身を投げ出されるも、咄嗟にすれ違いつつあったドラゴンの鱗に手をかけ落下は免れた。
急降下から一転、ぐんぐん上昇するドラゴンの首根によじ登るが、凄まじい風圧に取り付いているのが精一杯だ。
「鱗が爆発した!?」
「くそ、これから言おうと思ってたのにどうしていきなり飛び込みやがるんだ、あの姫嬢ちゃんは!」
ドラゴンは分厚い皮膚の上が固い鱗で覆われていて、並の武器では刃が立たない。
よしんば刃が立っても、今のルツィノのように鱗がはじけ飛ぶことで衝撃を相殺されてしまうのだ。
「先に言っておいて下さいよ、ゲバ!」
「悪ィな、口下手でよ!」
「おいタエル、ドラゴンの翼をお前の大筒で撃てないか?」
タメエモンに促され、タエルは担いだ
筒から放たれた光弾は、見事ドラゴンの軌道を押さえ左の翼に着弾!
当然のように、ドラゴン左翼が爆裂!巨体の飛行は大きく揺らされながらも維持!
「きゃああああ!」
空にルツィノの悲鳴が響く。
「中途半端に攻撃したって姫嬢ちゃんが落っこちるだけだろ!」
「だから、先に言って下さいよ!」
「ううむ、こいつは難物だな!」
*
「騎士団長だったら、こんな奴は……!」
上空で旋回するドラゴンの首にしがみつきながら、ルツィノはこの場に居もしない者の名を口にして歯噛みする。
居ないものを頼っても仕方ない。今、彼女が頼るべきは他に居る。
「奥の手がある!姫様、いましばらく待っていてくれい!」
風切り音を押しのけるようにして、タメエモンが腹から出した大声がルツィノの耳に入る。
声に応える余裕のないルツィノにできることは、彼の言葉を信じて耐えることのみだ。
そう思って瞳も固く閉じて全身を力ませにかかると、もう一つのがなり声が地上から飛んできた。
「“他の
それだけ言い残して、ゲバたち三人の男は神殿の中へ引っ込んだ。
姫騎士ルツィノは、歴戦のオークが最後に言い残した言葉を何度も何度も反芻して。
反芻した末、ひとつの気付きに思い至る。
「少しでも負担を軽く……他の部分はどうだっていい、“握力だけ”に
*
移動神殿の内部で、タメエモンは二人に即興の作戦を立案。
「ゲバ、スクナライデンでお前を放り投げるから、まずは姫様を取り戻そう。そうしたら地上からタエルがドラゴンの注意を引きつけて、あとはワシがとっ捕まえる!」
「……それ、俺だけとんでもなく危険じゃねえか?」
「男ならこういう時はスッパリ覚悟を決めんか」
「やらねえとは言ってねえよ」
「また神殿を危険に晒すのですか……いや、一国の姫君の命がかかっています。それに、女神ルアより賜った
「うむ!決まりだな!」
全会一致の即決で作戦会議は終了。
「それでは女神ルアよ、『スクナライデン』をお頼み申す!」
早速、女神像の据えられた台座の前で腰を落として上体を屈ませるタメエモン。
この神殿を
<<
女神ルアの淡々とした返答に、タメエモンとタエルは思わず絶句した。
「どうしていかんのだ!?」
<<エネルギー充填率65%。
「ルア様、どうかお願い申し上げます!我々に、いま一度そのお力を!!」
ひとり、女神の声を聴くことのできないゲバは、タメエモン達の反応を見て『切り札』はアテにできそうもないことを悟った。
「……とにかく、まずはドラゴンに取り付きゃ良いんだろ。矢に縄でも括りつけて引っ掛けた方が早いぜ。行ってくる」
「うぬ、仕方がないか……」
「早い」などと言えども、高速自在に大空を駆け回るドラゴンに投げ縄の類を掛けるなどというのは現実的な手段とは言い難い。
ゲバは、自身の技量に自惚れを持っていない。当然、いま自分自身で口にした策は限りなく困難な業である。
それでも、やらねばならぬと思ったのだ。
「姫嬢ちゃん、こんな所で死なせやしねえぞ。あんたはこれからもっと、もっともっと、強くなれるんだ。将来が、あるんだ――!」
拡げた折りたたみ弓を強く握り締めた時。このゲバという
彼の脳裏にもまた、
<<新規
「何だ!?女の声?」
「おう、ゲバ。おまえさんにも聴こえたか!」
「これが、女神ルア様のお告げですよ!」
「お告げだと……うおお!?」
神殿の内部が震動し、中央色違いの床がせり上がってクロムメタルの箱が出現。
開け放たれた箱から無数の機械触手が飛び出す。
前回タメエモンを絡め取った触手は、今度はゲバにまとわりついて緑肌の巨体を棺のような箱に引きずり込んだ。
「ゲバ、そいつが
「こんな仕掛けがあったなんて……この私が未だ見たことのない仕掛けがあったなんて……」
恨めしそうな嫉妬の視線を箱へ向けるタエルを引っ張って、タメエモンは“分解”を開始した神殿の外へ。
<<
「ああッ、神殿がバラバラに!ルア様、ルア様ーッッッ!!」
「これが初めてでもなかろうに。それにしても、ううむ、こいつはどういうことだ」
着々と積み上げられていく神殿の各ブロックを眺め、タメエモンが二重顎に手をあて首を捻った。
「――こりゃあ、出来上がるのはスクナライデンじゃないな」
*
「くそ、何だってんだ。まるでバケモンの腹ン中に放り込まれたみたいだぜ」
暗闇の視界でぼやくゲバにまとわりついた触手の束が、彼の肉体の情報を読み取り。『女神ルア』が思考を読み取り。
歴戦の
つま先から
内部のゲバに『視界』と『感覚』が返され、異形の四肢を具えた深緑の戦士が大地を踏みしめる。
「こいつは――こいつが、そうなのか」
ゲバの問いには、彼自身に伝わる実感が答えてくれる。今、彼は“なった”のだ。
――人智を超えた
<<『
「……名乗れってのか。なら……」
巨躯の腕、その末端は拳でなく
すると、柱の片端より緑の光条が伸びて巨大な片刃斧を形成。緑の
「
<<
「いくぜ。やれるだけ、やってやる!」
人体とは逆向きに曲がる膝に力を矯め、大斧携えた緑の
空飛ぶ
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