第5話 暴力。

 目を開けると、いつも通り自分の部屋だった。


 「ただの夢じゃない・・・・・・・・・・」

 昨夜は、凪からの予告とも取れる言葉を聞いた為に、違う夢を見ようと寝る前に苦手な心霊特集DVDを見て、お気に入りの男性アイドルグループの曲をスマホのエンドレス機能で聴きながら寝たのだが、言葉通り巨大ロボットに乗って戦う夢を見てしまったのだ。

 

 自分が勝手に見たわけではなく、他の人間から言われたその夜に見たのだから、もはやただの夢では片付けられなくなった。

 凪という少年は何者なのか? 

 何故、現実に実在するのに夢の中に出てきて、巨大ロボットに乗って一緒に戦っているのか?

 考えれば、考えるほどに頭の中は混乱していくのだった。


 「成実~早く起きなさい。朝ご飯冷めるわよ」

 階下から真紀の声が聞こえてきた。自分では思っていないほど、長い間考え込んでいたようだ。

 着替えて、食卓に行くと、三人は席に着いていた。


 「姉ちゃん、姉ちゃん」

 「何?」

 「どうしたんだよ」

 「どうしたって、何がよ?」

 「何がよじゃないよ。姉ちゃんの好きなアイドルグループのCDランキング落ちているぞ。いつもだったらなんで落ちるんだって騒ぐじゃん」

 テレビに視線を向けると、譲の言った内容が放送されていた。

 

 「今朝は珍しく朝寝坊だったし、何かあったの?」

 「何か悩みでもあるのか? お父さんならいつでも聞いてあげるぞ」

 「ひょっとして恋の悩みか? 姉ちゃん新しい恋の予感ってやつ~?」

 「違うわよ。バカ」

 譲の頭を軽く叩いた。

 「ちょっと、寝坊しただけだから心配しないで」

 その一言で、家族はいつもの調子を取り戻し、成実もいつものように振舞った。


 登校中香里に会っても、夢のことが頭から離れなかったが、うまく調子を合わせて会話した。

 校舎に入ると、凪といつ二人切りになり、夢の内容に付いて問いた出そうとかと考えている中、廊下の窓から凪が複数の男子生徒に連れて行かれるのが見えたが、友達に誘われたのかと思い特に気にしなかった。

 

 「中原君、来ないね」

 HR間近になって、隣の席の香里が話しかけてきた。

 「ねえ、中原君、まだ来ていないの?」

 自分達よりも早く教室に入っていた前の席の男子に尋ねた。

 「中原なら呼び出し喰らったぜ。呼んでいたのが怖いことで有名な先輩の舎弟だったからしめられんじゃね」

 男子は、気の毒なようなおもしろがっているような言い方をした。

 その言葉に、さっき見た光景を思い出した成実は、香里にトイレに行くと言って教室から出て、凪の連れて行かれた方に向かって走った。

 

 真っ先に向かったのは校舎裏だったが誰もおらず、次に体育館裏に行ってみると、凪は壁に押し付けられていて、男子達から殴る蹴るの暴力行為を受けていたが、抵抗する素振りも無く、完全なサンドバック状態にあった。

 その様子を目にした成実は、再度駆け出して職員室へ行き、立花に事情を話し、連れ立って現場に戻った。

 「お前達そこで何をしている?!」

 立花の大声に、男子達は一目散に逃げていった。


 「中原君、大丈夫?」

 凪に駆け寄ってみると、制服は泥にまみれ、顔と体は痣だらけで出血している箇所も多く、どれだけ酷い仕打ちをされたのか一目で分かった。

 「どうしてここに?」

 驚いたような表情で、聞き返えしてきた。

 「教室の窓から連れて行かれるのが見えたから」

 「そっか」

 「中原、酷い怪我じゃないか? 救急車呼ぶか?」

 戻ってきた立花が、怪我の具合に付いて尋ねた。

 「いえ、平気です。保健室で手当てすれば大丈夫ですから」

 「そうか、それなら天野、悪いが保健室へ連れて行ってくれ。俺はHRをやってクラスの連中を落ち着かせてから行くから」

 「分かりました」

 返事をした後、凪を連れて保健室に向かった。


 「失礼します」

 保健室に入って呼び掛けるも返事はなかった。

 「誰も居ないみたいだね。先生が来るまで、わたしが応急処置してあげる。そこに座って」

 凪は言われるまま椅子に座った。

 「まずはYシャツ脱いで」

 「どうして?」

 「かなり酷いことされたんだもの、骨にも異常があるかもしれないから調べておかないと」

 「いいよ」

 「もしかして恥ずかしいの?」

 「そんなことないよ」

 凪は、観念したようにYシャツを脱いだ。


 ランニングで覆われた上半身は、筋肉といえるものはほとんどなく、この年代の少年にしては痩せ気味だった。

 血は出ていなかったが、所々に青痣が出来ていた。

 「ちょっと触らせてもらうわよ」

 成実は、凪の体に軽く触れていった。検査という観点から触っているので、男の子の体に触れていることに対して、恥ずかしいという気持ちは沸かなかった。

 「骨は大丈夫みたい。手当始めるわよ」

 成実は薬と包帯を取って、慣れた手付きで手当てを始めた。

 

 「うまいね」

 「わたし、医者を目指しているから、こういうの得意なんだ。弟っていう実践相手も居るし」

 「なんで、医者を目指しているの?」

 「誰かの命を救いたいからだよ。わたしもお医者さんに救われことがあるから」

 「僕を殴った連中の命でも?」

 「また、いじわるなこと言った」

 「ごめん、ところでさ。僕に聞きたいことがあるんじゃないの?」

 手当てしている最中に質問された。

 「今はそんな場合じゃないでしょ」

 二人切りという絶好の機会だったが、痛々しい凪の顔を見て、質問する気はすっかり失せていた。

 

 それから入ってくるなり驚きの声を上げた保健医によって、本格的な治療が行われた。

 「念の為に聞いておくけど授業には出られそう?」

 「今日は帰りたいです」

 「その傷じゃ無理もないわね。担任の先生には私から伝えておくから、今日は帰ってもいいわ。あなた同じクラスなのよね。だったら彼の鞄持ってきてあげて、もう少しかかるから」

 「わかりました」

 一礼して、保健室を後にした。


 廊下を歩いている最中に会った立花から、凪の傷の具合に付いて質問され、保健医から早退の許可が下りたことを伝えると、事情を聞く必要があるから鞄を持ってくるように言われた。

 教室に入ると、香里が出迎え、事情を聞いてきたが、今は答えられないと返事をして凪の鞄に手を掛けると、男子から”怪しいことでもやっていたのか?”とはやし立てられたが、無視して出て行った。

 保健室に戻ると、凪の治療は終わっていて、顔や腕は包帯と湿布だらけになっていた。また、事情聴取も終わっていたらしく、立花に鞄を渡すように言われた。

 「ありがとう」

 凪は、それだけ言うと、保健室から出て行った。

 

 「天野、色々ごくろうだったな。教室に戻っていいぞ」

 「わかりました」

 一礼して保健室から出ると、凪が立っていた。

 「中原君? まだ居たんだ」

 驚きのあまり声が上ずってしまった。

 「昨日の戦いを夢だと思っているのなら、その方が君にとっては幸せかもしれないよ」

 それだけ言うと、体の向きを変えて歩き去っていった。

 あまりにも唐突な展開に、成実は返事をすることさえできなかった。

 教室に戻って、空いている凪の席に目を向けると、なんだか肩透かしを食った気分になった。

 その夜、巨大ロボットの夢は見なかった。


 「ちょっと、顔貸せよ」

 翌日、下駄箱で靴を履き替えている最中、声をかけられた。

 相手は昨日、凪を殴っていた男子の一人だった。

 「あんた、何よ!」

 香里が、荒い声で言った。

 「おめえに用はねえ。引っ込んでろ!」

 返事をしながら右手で、香里を突き飛ばして、下駄箱にぶつけさせた。それによって回りの生徒達が何事かと足を止めて、視線を向けてきた。

 「やめて、分かった。行くよ」

 「成実!」

 「お前、先公に言ったら、もっと酷いことになるからな」

 香里を下駄箱に残して、男子に付いていった。

 連れて来られたのは、昨日凪が痛め付けられていた体育館裏だった。

 

 「おめえか、昨日俺達のことをちくったのは?」

 グループのリーダー格と思われる大柄の男が質問してきた。

 「そうよ」

 「お前、あいつの彼女か?」

 「違うわ」

 「違うなら余計なことするな」

 「どうして、あんなことをしたの?」

 質問し返した。

 「あいつ、ムカつくんだよ。俺達を憐れむような目で見やがって」

 「どういうこと?」

 意外な答えに、食い入るように理由を尋ねた。


 「お前達が、俺達どんな目で見ているかは知っている。けどよ、あいつだけは違う目をしていやがったんだ。おとといタバコ吸っているとこを見られた時、可哀そうなもんを見るような目をしやがって、先公にはちくらなかったみたいだけど、腹が立ったからヤキを入れてやったんだよ」

 「そうだったんだ」

 「それでだ。今日は昨日、邪魔をしたお前にヤキを入れてやろうと思って、連れてきたのさ」

 「どうするつもり?」

 「エッチな目に合ってもらうんだよ」

 「え?」

 「お前、こうして見るとけっこう可愛い顔しているじゃねえか、初めはブチのめしてやろうと思っていたんだけど、予定変更で気持ちのいいことさせてもらうことにしたんだよ。おい、こいつの両手を押さえろ」

 リーダーの命令に男子達が、成実の両手を掴んで、壁に押し付けた。

 

 「騒がねえのか? もっともHRの始まるこの時間じゃ誰も来やしねえけどな」

 「あんた達なんか、怖くないわよ」

 「見上げた度胸じゃねえか、じゃあ、怖くなるまで楽しんでやるよ!」

 リーダーは、成実の上着の襟を掴むと力任せに引っ張り、それによってボタンが弾け飛び、下着に覆われた胸が露わになった。

 その光景に周囲の者達が感嘆の声を上げ、喉を鳴らしたが、成実は一言も発しなかった。

 「ん~? おめえ、胸に傷あんだな」

 成実の胸に刻まされた傷痕を見ながら言った。

 「中学の時の手術跡よ」

 「上はもう痛い思いしているってわけだ。じゃあ、今日は下を痛くしてやるよ」

 リーダーは、成実のスカートに手を伸ばした。

 

 「やめろ!」

 成実達の前に、凪が現れた。

 「中原君?」

 「いつの間にいやがったんだ?」

 「彼女から離れろ」

 「はあ~サンドバック君が、随分な口を聞くねえ~。昨日と同じ目にあわせやろうか? お前等」

 リーダーの命令を受けて近付いてくる男子達を、凪は右手を前に出して、突き飛ばして気絶させていった。

 そうして全員を突き飛ばして、右手を降ろした凪は、リーダーを睨みつけた。

 「野郎~!」

 成実から離れたリーダーが、殴りかかってくると、凪はさっきと同じく右手を突き出したが、今度はさっきよりも遠くへ吹っ飛び、地面に体を打ち付けられながら転がっていった。

 それから凪は、倒れているリーダーに近付くと、襟を掴んで顔を近付けるなり

 「彼女に二度と手を出すな」ときつく睨んで言った。

 リーダーは、黙って頷いた後、気を失った。

 

 「大丈夫?」

 成実は返事をせず、後ずさりした。

 「どうしたの?」

 「今の中原君すごく怖いよ・・・・・・・・・・」

 「ごめん、昨日あんなことがあったんだからもっと警戒しておくべきだったよ」

 「別に謝らなくてもいいよ。それと後ろを向いててくれるかな」

 「あ」

 事情を察した凪は、言われた通り後ろを向いた。

 「もういいよ」

 成実は、両手で胸を隠しながら言った。

 「これからどうするの? そんな恰好じゃ教室に戻れないよ」

 「スマホで香里を呼ぶから心配しないで」

 「分かった。今日はこれで帰るよ。先生に色々と聞かれくないから」

 凪は、踵を返すと成実の元から去っていった。

 凪が見えなくなり、倒れている男達に大きな怪我が無いことを確認すると、そのままにして昇降口へ行き、スマホで香里を呼んだ。

 

 「一時間目、家庭科室が空いていて良かったね」

 家庭科室で、成実の制服のボタンを直している香里が言った。

 「そうだね」

 体操着の上着を着ている成実が返事をした。事情を聞いた香里が持ってきてくれたのだ。

 「これで、よし。大変な目に合ったね」

 ボタンの治った制服を差し出しながら言った。

 「うん」

 成実は、小さく頷いた。

 「成実?」

 「あれ? 変だな。体が震えてきちゃった。全然怖くないって思っていたのに」

 言っている間に、涙も溢れてきた。

 「女の子が、危ない目に合ったんだもの当然の反応よ」

 「そうだね」

 「いいよ。泣いても」

 香里は言いながら、成実を軽く抱き寄せた。

 「ごめんね」

 「今度、パフェ驕りな」

 「ばか」

 成実は、香里の胸の中で少しばかり泣いた。

 

 「中原君の住所はどこですか?」

 放課後、立花の元を尋ねての質問だった。

 「天野、どうしたんだ?」

 「プリントを届けるついでに、お見舞いに行こうと思って」

 「そうだな。頼まれてくれ」

 立花は、住所録を取り出すと、凪の住所をメモして、成実に渡した。


 メモに書かれた場所は、町外れにある平屋の一軒家で、表札に中原と書かれているので間違いないと思いつつ、やや緊張しながらチャイムを鳴らした。

 誰も出てこないので、もう一度押してみたが、反応は無かった。

 「どなた?」

 後ろから聞こえてきた声に反応して、振り返ってみると、そこは白髪が混じりの初老の女性が立っていて、成実に不信そうな視線を向けてきた。

 「わたし、天野成実って言います。凪君のクラスメイトなんです。凪君、今居ますか?」

 「あなたが、凪のクラスメイトなんて有り得ないわ」

 女性は、困惑の表情を浮かべながら返事をした。

 「どうかしてですか?」

 「凪は三年前に死んでいるから」

 

 

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