007

 無事に逃げ延びて、首尾よく残り3頭の馬と馬車を確保した3人は、一路〈東の森〉へと向かう。

「ハイヨー。アンタレス、アルデバラン、アルタイル、リゲル」

「なんじゃ。もう馬に名前なんぞつけたのか」

「アタリマエだ。名は体を表すっていうだろ。立派な名前があったほうが、イイ仕事をしてくれるってモンだ。名無しのままじゃアしまらねえ」

「まったくそのとおりじゃ。そういう意味ではジャンゴ、そなたの名は実に勇者らしいと言えるな」

 ジェンマは深々とうなずく。「確かに。勇者ジャンゴじゃなくて勇者サンチョとかだったら、全然勇者らしくねえ」

「…………」

「どうしたジャンゴ? さっきからずっとだんまりじゃのう? 腹でも下したか?」コルブッチは冗談めかしつつ、耳打ちしてくる。「ジェンマの言っておったことを気にしておるのか?」

「……まァな」

 名前なんかどうでもいい――ジェンマに馬を売りつけたという女の口ぶりを、ジャンゴたちもつい最近聞いた覚えがある。忘れるハズがない。

 だが、もしジャンゴの思い描いている女と、ジェンマを陥れた女が同一人物だとしたら、ワケがわからない。あの名無しの女は、いったい何が目的だったのか。

 ジェンマは彼らにとって実に好都合な人材だった。〈東の森〉へ近づくの嫌がらず、4頭立ての馬車を操れるダークエルフの御者。ダークエルフという点で危惧していたが、エルフの財宝をジャンゴたちが横取りするコトも気にしないという。分け前さえもらえれば文句はないそうだ。そもそも、4頭立てで馬車を用意しなければならなかったのは、財宝を運ぶためだったのだから、そこの条件をクリアするのは必須だった。

 そう、やはり都合がよすぎる。何度考えても疑念がぬぐえない。

 むろん、偶然というものはバカにできない。現実的ではない、ありえないと思うようなコトが、現実に起こるのもまた現実だ。あるいは、勇者を加護する女神の采配というべきか。

 ジャンゴたちが御者を必要としていて、ちょうど同じ街にジェンマが捕まっており、その事実を名無しの女が処刑の前夜に知らせた。これが物語だったらご都合主義だと笑われそうだが、現実というのはときに、物語よりもご都合主義じみているものなのだ。現実はひとの想像力をはるかに凌駕している。

 だが、ジェンマを陥れたのがあの女だとすると、さすがにハナシがおかしくなってくる。

 あの女はジャンゴのファンだと公言していた。とすればダークエルフであるジェンマに、ジャンゴたちが恩を売って協力させやすいよう、あの状況を作り上げたと考えたくなるが、それはまずありえない。なぜなら、ジャンゴたちに御者が必要となった時点より、女がジェンマに馬を売りつけた時点のほうが前だからだ。それどころか、コルブッチが竜退治を決めるよりも前である。

 で、あるからには、女にはジェンマを陥れる動機がほかにあったハズだ。それは、ジャンゴたちに救い出させてもかまわない程度のものだったのだろう。そう考えれば一応の辻褄は合う。しかし、その肝心の動機が思いつかない。ムリヤリこじつけるなら、あれは単なるダークエルフへの嫌がらせにすぎず、勇者に協力できると知って情報を教えたといったところだが、どうにも釈然としない。現実は案外そんなものなのかもしれない。けれども、そんなくだらない真相では、ジャンゴは納得できなかった。

 理屈ではない。かと言って感情に流されているつもりもない。単なるカンだ。ジャンゴの心のなかの女神がささやいている。あの女には、何かもっと深い事情があるに違いない。

 根拠はないが、しいて言えば彼女の眼だ。どこか遠くを見通しているような、澄んだ瞳。ああいう眼をした者を、かつて違う人生でジャンゴは何度か見たことがある。

 ひとりは財政難の国を立て直そうとする王だった。

 ひとりはダークエルフとの戦いに臨む軍師だった。

 ひとりは凶作で飢饉に見舞われようとしている村の長だった。

 そして、ひとりは――

「おい、まずいぞ」ジェンマが地平線を指さす。そこには蜃気楼とおぼしき景色が揺らめいている。

 だがそれをジッと眺めていると、蜃気楼はしだいに複数の騎影となった。さらにひづめの音と、地面を振動が伝わってくる。

 ジェンマはあわてふためいて方向転換、まっしぐらに来た道を戻る。しかしいくら4頭立てとはいえ、馬車ではとても逃げ切れない。あっというまに距離を詰められてしまう。

 どうやら敵はダークエルフのようだ。それもかなりの人数に見える。150騎はいるのではないか。みなマチェットソードやハープーンランスを手に、速度をいっさい緩めようとせず突っ込んでくる。

 先頭を走る頭目とおぼしき男が声を張り上げる。「そこの馬車に乗っているのは、勇者ジャンゴだな! 俺様の名はチュンチョ! てめえが殺したサンチョの弟だ! 兄貴のカタキはキッチリ取らせてもらうぜェ! やっちまえ野郎ども!」

 ダークエルフたちの鬨の声が、荒野に響きわたる。それをかき消すように、ジャンゴは〈聖なる機関銃〉を撃ちまくる。射程距離に入った者から餌食となっていくが、敵の数が多すぎて、徐々に接近するのを防ぎ切れない。このままでは敵を全滅させるより先に、追いつかれてしまう。

 サンチョを倒したときはすでに囲まれていたが、彼らはジャンゴの正体を知らず油断していたし、〈聖なる機関銃〉の不意討ちに動転していた。しかし、チュンチョたちは敵がジャンゴであるコトを前提に、最初から死にもの狂いで突撃してきている。おまけにサンチョ一味の倍以上もの人数だ。まともにやり合ったら勝ち目はない。

 ヤツらは生き残るつもりがない。死なばもろとも、ジャンゴを地獄へ引きずりこもうとしている。それだけ彼らの憎しみは深い。ダークエルフは元来誇り高き種族だ。仲間をなぶり殺されて、見て見ぬフリなどできない。

「クソッタレ!」ジャンゴは忌々しげに悪態をつく。「サンチョの弟だと? ふざけやがって」

 とにかくジャンゴが解せないのは、なぜサンチョを殺したのが自分だとバレているのかというコトだ。サンチョ一味はチャント皆殺しにしておいたハズ。死体は放置したし、知識のある者が傷を見たら〈聖なる機関銃〉で殺されたとわかるだろう。とはいえ、勇者ジャンゴと〈聖なる機関銃〉の伝説は有名でも、実際目にしたコトのある者はけっして多くない。にもかかわらず、その知識がある者によってジャンゴのしわざだと暴かれ、弟のチュンチョにも伝わったというのか。しかも、この短期間のうちに。偶然にしては出来すぎだ。

「まさか、コレも――」ジャンゴの脳裏に名無しの女の影がよぎる。

 いや、いくらなんでもそれは考えすぎだろう。アタマからその妄想を追い出す。今はそんなコトで悩んでいる場合ではない。

「どうするのじゃジャンゴ! 何か手を打たぬとジリ貧じゃぞ!」

「じゃーじゃーうるせえ! 口からクソ垂れてねえで、チョットはてめえで考えろ魔法使い! そのアタマは飾りかクソッタレ!」

「言われずともわかっておるわ!」

 コルブッチが口笛を吹くと、どこからともなく3羽の巨大なハゲタカが現れた。鋭い爪とくちばしでチュンチョたちに襲いかかる。突いたり引き裂いたり、身体を持ち上げて落馬させたり、空から一方的に攻めている。

 とはいえ、しょせん3羽しかいないのと、〈聖なる機関銃〉に巻き込まれないよう慎重になっているコトもあり、気休め程度にしかなっていない。かと言って〈聖なる機関銃〉での攻撃を緩めれば、イッキに形勢が崩れてしまう。

「もっと数を呼べねえのか! 数を!」

「あれらはわしが操れる使い魔でも最強じゃが、あいにく3羽しかおらん」

「役立たずめ!」思わず罵ってしまったジャンゴだが、次の瞬間に妙案が閃いた。「待てよ。この作戦なら上手くいくかもしれねえ。いや、もう勝ったも同然だ」


 犠牲を顧みず突撃を続けるチュンチョ一味。しだいに馬車との距離が狭まってきて、いよいよ目前へ迫る。

「イルワガタオオ イルワガタオオ イルワガタオオ」そのとき、灰色のコルブッチが何やら奇怪な呪文を唱えると、杖の先から灰色の濃い煙が噴出して、またたくまに周囲を覆い尽くしてしまった。視界が非常に悪く、手綱を握るおのれの手すら見えない。

「こざかしい真似をォ」チュンチョたちはあわてることなく、ひたすら前へ前へと駆ける。姿は見えず、〈聖なる機関銃〉の攻撃も途切れたが、ひづめと車輪の音が馬車の位置を知らせてくれる。ダークエルフの聴力をもってすれば、自分たちの馬の足音に惑わされるコトはない。獲物はもはや目と鼻の先だ。

 しかし、いざ煙が晴れてみると――馬車には誰ひとり乗っていなかった。もぬけのカラだ。「どこ行きやがったっ」

「上だよウスノロ」

 チュンチョたちが空を見上げると、そこにはハゲタカの足にぶら下がるジャンゴたちの姿があった。

 地上にいたときは分厚い壁のようだったが、上空から見ればムシケラも同然だ。アリを踏み潰すのと同じくらいたやすい。

「緑が恋しいか? 天の恵みをくれてやる」

 ジャンゴは〈聖なる機関銃〉で容赦なく弾丸の雨を降らせる。砂漠は乾いたのどを潤すように血を飲み干した。

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