005

「〈東の森〉まではかなり距離がある。馬車が必要じゃな。できれば幌馬車がほしいのう」

「今さら言うまでもねえと思うが、馬車を用立てられるカネなんざ、おれは持ち合わせてねえぜ」

 辻馬車が出ていれば安く済ませられるのだが、〈東の森〉付近にはダークエルフの集落があるため、好きこのんで近寄る人間グリンゴはいない。もっとも、たとえ辻馬車があったところで、貸切にでもしないかぎり、棺桶を積むスペースを確保できないだろうが。

「しかたあるまい。馬車の代金はわしが出すから、おぬしは心配するな。とはいえ、手持ちのカネで足りるかどうか。帰りに財宝を運ぶとなると、馬1頭では心もとないし、4頭立てにしておきたいところじゃが……」

「アンタは4頭立ての馬車を制御できるか? おれは2頭までならできないコトもないが」

「わしも4頭操るのはさすがにムリじゃ。すると、ここは御者を雇わねばなるまいなァ」

「御者か。そうカンタンには見つからねえと思うぜ」

 実際探してみると、4頭立ての馬車と御者を見つけるのは、想像以上に難しいコトがわかった。まず馬は貴重なので、売るほど余っているワケではない。確実に手に入れたければ、牧場へ直接出向いて買いつけでもしないかぎりムリだ。それも、かなりの大金を積む必要があるだろう。

 次に馬車だが、買うこと自体は難しくない。問題は受注生産という点だ。材料費および製造の手間がかかり、在庫の置き場所にも困るため、注文を受けてから作るのが一般的だ。実物が手に入るまでには当然、それなりの日時を要する。またそういう事情もあり、所有者から中古を買い取るにしても、かなり吹っかけられるかねない。

 そして、もっとも手配が厳しいのは御者だった。4頭立てを操れる御者だけでも数が少ないのに、その上ダークエルフの集落へ近づく度胸のある人間となると、今の時代にエルフを見つけるほうがまだ可能性はありそうだ。少なくともジャンゴはひとりだけ知っている。

「まさかここまで手こずるとはのう……」

 あれから丸1日駆けずりまわったが、誰ひとり色よい返事をくれる者はいなかった。それどころか〈東の森〉へ向かうというコトで、不審者扱いまでされる始末。ジャンゴが正体を明かしても、世迷言と思われたくらいだ。

「まァ、それだけダークエルフがおそれられてるってこった」

 エルフの王国が崩壊して以降、ダークエルフはおもに3派で構成されているという。竜の手から王国を取り戻そうという派閥、盗賊に身をやつしてその日暮らしをする派閥、だがなかでも危険なのは、セルジオ王国を打倒して革命を起こそうという派閥だ。

 今でこそほとんど砂漠だが、かつてこの〈西つ国〉は、光射さぬ闇の森で覆われていた。竜が焼き払ったのは、あくまでエルフの居城付近のみ。それ以外の場所は、すべて人間グリンゴたちの無計画な焼畑と伐採によって失われた。竜の襲撃による混乱すら利用して。奴隷制は先々代の国王によって廃止されたが、犯罪者として捕らえられたダークエルフは、いまだに実質的な奴隷として使役されている。ゆえに彼らは恨み骨髄なのだ。

 もっとも、大半の人間グリンゴはそんな過去を都合よく忘れ、ただただダークエルフを悪者だとおびえている。ある意味、もはや伝説上の存在になりつつある魔王や竜などよりも、わかりやすい現実的な脅威として。荒野でダークエルフに遭遇したら、無事では済まないと思われているし、その想像はあながち間違っていない。ジャンゴは先日サンチョ一味に襲われたが、〈聖なる機関銃〉がなければどうなっていたことか。

 基本的に〈東の森〉周辺のダークエルフは、竜がいなくなってほしいと願っているので、竜退治にはむしろ協力的だろうと楽観視していた――むろん財宝が目的だと知られれば別だ――が、よもやそれ以前の段階でつまづくとは。もはやダークエルフの存在自体が邪魔になっている。

「いっそのコト」コルブッチはうんざりした様子で、「ダークエルフを先に排除してしまうべきやもしれぬ。どうせ連中は悪党じゃ。眠っている竜を始末するからには、放置しておく理由もなかろうて」

「そいつは聞き捨てならねえなァ、コルブッチ」ジャンゴは鋭い目つきでコルブッチをにらみつける。「3代目のジャンゴはダークエルフだったし、7代目のジャンゴは混血だった。ダークエルフだって人間グリンゴと何も違わねえ。少なくともゴブリンに比べれば、双子の兄弟みたいなもんさ」

「おっと、それはすまなかったのう。年寄りの戯言と思って許しておくれ。しかし実際問題、ダークエルフのコトはどうにかせねばならぬぞ。このままではラチがあかぬ」

「合理的に考えて、4頭立てをあきらめるしかねえだろ」

「しかしな、2頭立てじゃと、たいした量の財宝は持ち出せぬぞ。何度も往復すれば、近隣のダークエルフどもに感づかれてしまう。ヤツらはたとえ1ダリオじゃろうと、自分たちの財産が盗まれることを許さぬじゃろう」

「結局のところ、おれがどの程度の財宝で満足できるかだな」

「わしに言わせれば」コルブッチは神妙な面持ちで、「カネはいくらあれば満足できる、というモノではないのじゃよ。ましてや、財宝の山を目の前にしたならば」

「……もしかしたら、これは女神の思し召しかもしれねえ。竜に手を出すなっていう」

「バカなことを申すな。もしそれが女神の意思じゃとしたら、もっとわかりやすく示してくださるはずじゃ。かつておぬしに〈聖なる機関銃〉を授けたときのように」

「どうだかね。おれはもう女神に〈聖なる機関銃〉を授けられたときのことなんて、サッパリ憶えちゃいねえし。……話がそれちまったな。とにかく現実的には、2頭立ての馬車でガマンするしかねえさ。のちのち出てくる不満を先取りしたって、そのぶん早く不満が解消されるわけじゃアない」

「まァおぬしがそれでよいなら、わしは一向にかまわぬがのう」

 ようやく話がまとまりかけたところへ、「そこなご両人、ちょいと小耳に挟んだけど、どうやらお困りらしいね」

 突然ふたりのテーブルへ割り込んできたのは、若い女だった。身に着けた衣服は白ずくめだが、砂ぼこりで薄汚れている。ひょうひょうとした雰囲気で、何もかも見透かしたような目だ。ジャンゴはこういう輩が好きではない。たとえ垂涎モノの美女であってもだ。

「盗み聞きとは行儀が悪いのう、お嬢さん」

「それはアタシのセリフさ。ひとに聞かれたくない話なら、ひとのいない場所で話すのが行儀ってモンじゃアないかい? こっちが聞きたくなくたって、聞こえちまうコトもあるんだから」

 ジャンゴは不機嫌な態度を隠しもせず、「だったら、そのまま聞こえなかったフリで無視すりゃアいい。おれがみっつ数えるまでに、とっとと失せやがれ。その綺麗な顔をぶん殴られたくなかったらな。おれは女だからって容赦しねえ」

「まァ待てジャンゴ。この女、単なる冷やかしというわけでもなさそうじゃぞ。話を聞くだけ聞いても損はあるまい。――おぬし、名は何という?」

「アタシの名前なんてどうでもいいコトだよ。名無しだろうと何だろうとね。重要なのは、おたくらがのどから手が出るほど欲しい情報を、このアタシが教えてやれるってことさ」

「会ったばかりで名も知らぬ女の情報を、いきなり信用しろと?」

「アタシの持論だけど、ひとを信じるためには2種類の方法がある。疑いをハナっから放棄するコトと、疑いをなくすために努力するコト。どっちにしても、話を聞かなけりゃア始まらない」

「サギに遭わない方法を教えてやろうか? そいつが口を開く前に、前歯をへし折ってやればいい」

「いいかげんにせいジャンゴ。何をイラついておる。話を聞くくらい損はなかろう」

「……わかったよ。ただし、おれは責任持たねえからな」

 女は挑発するような笑みを浮かべて、「“私は、〈知識〉と〈悦び〉と輝かしい栄光を与え、人心を酩酊でかき乱す〈蛇〉である。私を崇拝しようと思うならば、私がわが預言者に告げるつもりのブドウ酒と一風変わった薬剤を採り上げて、それから酔っ払ってしまえ!”」

「なんだって?」

「それじゃアとっておきの情報を教えてやるから、耳の穴かっぽじってよォく聞くんだね」

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