第30話 幸せの間

「じゃあ、俺は荷物整理してくるから。城太郎もバイトなんじゃないのか?」

「あ! ああ! もうこんな時間かよ」


 城太郎はバタバタとキッチンにコップを運んでそのまま急ぎ足のまま奥へと消えて行った。


「遥、俺、……てないから」

「え?」


 城太郎の方に気が取られていた私には葵の言葉が聞こえなかった。葵はボソッと呟いただけだった。私に話しかけているというよりは独り言のような。


「ん? ごめん。聞こえなかった。なに?」

「いや、いいんだ。それより俺は荷物整理をしてくるな」

「あ、うん」


 葵も立ち上がりキッチンにコップを運んでそのまま葵の部屋に去って行った。

 そのあとすぐに城太郎が現れた。


「遥。バイト行ってくるから。あー、なるべく早く帰ってくるな」

「うん。気をつけてね」


 二人で玄関まで歩いていく。


「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」


 ガラガラとドアを開けて城太郎は出て行った。

 なんだかくすぐったい言葉……同棲か。そんな感じ。


 ボケっとしながら居間に戻ると葵がいた。


「幸せそうだな、遥」

「えっ!? いや、あの、その……」


 照れ臭い。そんなダイレクトに“幸せ”だなんて言葉。


「葵、その片付けは?」

「ああ、なんかやる気がおきない」

「ええ?」

「遥達は幸せいっぱいなのに、俺は母親のお守で家に帰るんだよ。やる気出る?」

「えっ? ああ、そう、そうだよね。ごめん」


 プッっと葵は吹き出した。その後豪快に笑う。


「冗談だよ。母親のお守は遥のせいじゃないんだし。どうせ城太郎と二人で住んでくれないか相談するところだったんだ。それかもう一人俺の代わりの誰かを探すか。まあ、こんな時期にいないだろうから、結果は一緒だよ。ただそこに遥達が付き合ってるか付き合ってないかが違っているだけだよ」

「お父さんは葵に絶対帰って来てって言ってるの?」

「ああ。大学に通えないわけじゃないからな。無理矢理、俺がこっちに住んでるんだし、当然帰って来いってさ」

「そうなんだ」

「まあ、下手すれば家が全焼だったからね」


 全焼という言葉を聞いて背筋に冷たいモノが流れる。ただのボヤじゃないんだよね。キッチン入れ替えたんだから。


「そうだよね」

「まあ、俺が納得してないってだけの話だよ。母さんには料理無理だったわけじゃない。ちょっとしたミスというかまあボケっとしてたにが原因なんだから。俺がするまでは一人で料理してたんだし、親父が騒ぎ過ぎなんだよ。いつまでも俺が家にいるわけじゃないんだしね」

「いつかは葵も一人で暮らすものね」

「まあ、しばらくって事だと俺は思ってる。親父の気が済めばまたここに戻って来るよ」

「ええ?」

「遥達の幸せの間に割り込むけどなあ」


 ニヤニヤと葵は笑っている。全然納得してないじゃない!!


「ちょ、それは葵……」

「まあまあ、いつになるかわかんないんだし。その時考えたらいいだろう?」

「そ、そうだけど」

「お! なんかやる気が出てきた! さあやってやるか!」


 葵はいつもにはないテンションで再び居間を去っていった。

 ええ? 葵の意外な反応に私は困惑していた。葵ならあっさりと話が済むと思っていたのに。やっぱりこの家だろうか。この家にいたいのかなあ。私ですらさみしく感じたんだ。葵ならなおさらだろう。でも……葵と三人の生活はやっぱり難しい。さっき部屋をノックされてドキドキだった。だからって、一緒に住んでいる城太郎と離れて寝るのもさみしいんだけど。

 あ、葵は今日は泊まるんだよね。荷物送るまではここにいるんだよね、きっと。それまでは今までのようにしなくちゃいけないんだ。


 部屋の暑さは相変わらずだったので居間で宿題をした。最後のラストスパート。城太郎は旅行とバイト、葵は家のこととそれぞれやることがある二人はもう宿題が終わっているのかもしれない。宿題する様子もない。結局ダラダラとしてた私が一番できないっ子なのね。

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