第10話「アークセイバーの覚醒」前篇


 ドライハ城……

 ゼイオン帝国の防衛拠点の一つである城塞が火の海となっていた。

 その様子を眺める一機の魔動機がいた。クルス・フェールラルトが乗るゾルディオンだ。

 たった一機、それも武器も持っていない魔動機がドライハ城を陥落させたのだ。

 宙に浮くゾルディオンの足元には何機ものゴブルの残骸が散らばっている。勇敢にも挑んだものの、性能差に負けたゼイオン兵士達の亡骸だ。

 

「フッフッフッ……」


 操縦席で一人、クルスは笑っている。嫌いで嫌いで仕方なかったゼイオン人が数え切れないほど死んでいったからだ。

 ゾルディオンの掌より放たれた魔弾によってドライハ城や街も燃え盛り、立ち向かってきたゴブルも圧勝と言っていいほどの結果であった。

 これならばオリジンが世界を変えるほどの力を有してると言われるのも納得できる。これならばゼイオン殲滅も夢ではない。

 クルスは自分がこの世界の神になったような、そんな気分で胸がいっぱいであった。


***


 ドライハ城を堕ち、数日が経った。

 ゾルディオンを筆頭とするエレシスタ軍は首都ディセルオへ侵攻していく。

 一方ゼイオン軍はディセルオの西に防衛線を張り、ゾルディオンを迎え撃つ事となり、皇帝レーゼや帝国四将軍の三人、ライズも前線に立つ事となった。

 そして、西からはテンハイス城を発ったアレク達が向かっていく。

 今、大きな戦いがこの雪原で始まろうとしていた。


「魔力反応を確認しました。桁違いの魔力……恐らくゾルディオンでしょう」

「来るか」


 クーヴァの報告を通信で聞き、レーゼのグレイムゾンはハルバートを構え始める。


「クーヴァ、お前は民の方を頼む。万が一の時は……頼んだぞ」

「了解しました」


 最悪レーゼ自身が戦死する事があっても、彼ならば間違った采配は下さないだろう。そう信じ、クーヴァ乗るシュルトバインを後方のディセルオに向かわせる。

 そしてモニター越しに悪魔のように黒いゾルディオンが雪原を駆けている姿が見えてきた。

 伝説の魔動機相手にレーゼはどこか圧倒され恐怖していた。だが、ここで皇帝である自分が民と国の為に戦わなければと、自身に言い聞かせ戦う決心を強める。

 グレイムゾン、ゴーレルのゴルゼガス、ライズのヴァーガインがゾルディオンの前に立ち塞がる。

 ゾルディオンの調整が完全ではない昔ならば、グレイムゾンとゴルゼガスの二機が揃っているだけでも恐ろしく思っただろうが、今は違う。絶対に負けないという自信がクルスにはあった。


「レーゼ・リ・ディオス!全面降伏しエレシスタの支配下に入り奴隷になるというならば、今すぐ侵攻をやめよう!どうですかな?」


 ゾルディオンという絶対的な力を持っているからか、クルスは余裕のある態度で接する。敵対するゼイオン人は殺し、ここでエレシスタの支配下になるというならばそれも良いだろうと考えていた。


「断る。ゼイオンはエレシスタには屈しない。両国が共存する道を考えたい」

「まだそのような事を……あの世でその選択を悔やむがいい!」

「奴隷のように支配されるくらいならば、ここで戦って死んでやるッ!」


 すると、グレイムゾンの隣に待機していたヴァーガインがブーメランを掲げ、襲いかかる。

 そして、ブーメランを振り下ろすも、ゾルディオンは左手で受け止める。


「このゾルディオンに立ち向かうとはいい度胸だ……」


 ブーメランを掴んだその手でヴァーガインを投げ飛ばし、雪の積もった木々に激突する。

 ゾルディオンの性能を過信し、わざと手加減してやろうと思うほどにクルスは驕り高ぶっていた。


「ライズ、今助ける!」


 ガゼルに続き、弟子であるライズを死なす訳にはいかない。

 そしてなにより、自分が生まれ育ったこの国を守るためにも戦わなければならない。

 そう思い、ゴーレルはゴルゼガスを大きく前進させ、右腕でゾルディオンに殴り掛かる。

 ゾルディオンは掌に魔法陣を展開させて魔弾を放つと、まるでこの世界から消え失せたようにゴルゼガスの右腕が撃ち抜かれた。地面には右腕の破片すらなく、強力な魔弾によって消し去られたのだ。


「帝国四将軍の一人、ゴーレル・ゴ・ガメムも今では脅威でもないな」


 ゾルディオンに乗るクルスからしてみれば、まさに赤子の手をひねるようなものであった。

 一方ゴーレルは今この状況を目にして混乱している。

 ゴルゼガスの重装甲を打ち破るどころか、右腕を丸々消し去ったのだ。本能的に「コイツには勝てない」とゴーレルは確信した。

 戦意を喪失し、敵を前にしているというのにゴルゼガスは動かずに膝をついて止まっている。


「さぁ、次は貴方の番だ……レーゼ・リ・ディオス!」


 掌をグレイムゾンに向けたその時、後方から爆音が聞こえた。

 後方に待機しているガンナー部隊が何者かにやられたのか。ゾルディオンを後ろに向けると、意外な相手が姿を現していた。

 アレクのアークブレードを先頭にクルス直属の部隊と戦っているのだ。


「露払いは俺達に任せな!」


 アークブレードの後方にいた三機のナイトはクルス直属のナイトに斬りかかる。

 剣構えるが間に合わず、クルス直属のナイトに斬られていく。


「ゴーレル!ライズ!ここは下がれ!」

「オレ、撤退する……」


 何故エレシスタ軍同士が戦っているのかレーゼをはじめゼイオン軍には分からなかったが、これが好機であるのは事実だ。

 ゴーレルは片腕を失ったゴルゼガスを撤退させるが、ヴァーガインは動かせずにいた。


「オイ、大丈夫か?」


 アークブレードはヴァーガインの元へ駆け寄り、ライズへ通信を入れる。


「クッ、なんでお前なんかに助けられなきゃなんねぇんだよ……」


 アークブレードの操者、アレク・ノーレは師匠であるガゼルの仇だ。そんな彼に助けられるのはライズにとって屈辱的であった。


「見捨てればいいだろ!オレなんか!オレとお前は敵同士だろ!」

「見捨てられるかよ!誰かが傷ついて殺されそうな所なんか!」


 今回の戦闘はゼイオン側に非はない。侵攻を進めたクルスが戦いの火種となっている。寧ろ彼らは被害者だ。

 アレクは例えゼイオン人と言えでも、放っておけるわけがなかった。


「クソッ……礼は言うが、次会ったら覚悟しろよ……」


 今ではなくても、次にも必ずアレクと決着を付けなければならない。ライズはそう強く思っていた。

 そんなとき、ヴァーガインに向かっていく二機のゴブルの姿があった。ライズを助けに来たのだろう。


「大丈夫ですか、ライズ様!」


 二機のゴブルが動かなくなったヴァーガインの肩を組む。


「アークブレードの操者……敵ではあるが、今は感謝する」


 ゴブルの操者からアレクへ通信を入れると、ヴァーガインと二機のゴブルは撤退していく。


「アレク・ノーレめ……私に楯突くとは……」


 ゾルディオンは上空に留まり、混沌としている戦場を見下ろしていた。

 次々とゼイオン軍が撤退していくが、どうせ後で殲滅するのだからわざわざ追う必要もないだろうとクルスは思っていた。

 すると、ゾルディオンに向けて魔弾が放たれるが、ゾルディオンはそれを手で弾き飛ばした。

 魔弾を放ったのは、リンのストームバレットであった。


「そこまでです!兄様!」

「リンか……私に歯向かうとは出来の悪い妹だ」

「貴方のような人になるくらいなら、出来の悪い妹で構いません!」

「大事の前の小事だ。ここで片付けてやろう!」


 地上にいるストームバレットに向かって、ゾルディオンは高速で襲いかかる。

 拳を握り手を伸ばすが、拳はアークブレードの剣とぶつかり合っていた。

 アークブレードがストームバレットを庇ったのだ。


「リン!ここは俺が!」


 相手はオリジンのゾルディオン。専用機とはいえリンのストームバレットでは分が悪いだろう。

 それにリンが覚悟を決めているとはいえ、兄妹が戦う事は辛いのは想像に難しくない。

 そう思い、アレクはクルスとの相手を引き受ける。


「オリジンを操る力を持ちながら私の敵になるとは……実に愚かだよ!君は!」

「この力は人を傷付ける為にあるんじゃない、守るためだ!だから俺が生まれたんだろ!」


 剣で弾き、アークブレードは一歩下がる。

 しかし、ゾルディオンの攻撃は止まらず、右拳左拳と猛攻が続く。

 流石のアークブレードといえでも、ゾルディオンの前では力負けしていた。


「このままじゃ埒が明かない。奥の手を使うぞ!」

「奥の手ってなんだよ!」


 マギラの提案にアレクは疑問を投げる。マギラに何か考えがあるのは分かるが、それが一体何なのかアレクは分からずにいた。

 

「アークブレードのリミッターを解除する!俺の言った解除呪文を叫べ!」

「呪文って!」


 ゾルディオンの剣で受け止めるのに必死で、それどころではなくアレクに余裕がなかった。

 だが、マギラの提案がこの状況を逆転出来る策であると信じていた。


「解除の呪文は……アークセイバーだ!」

「わかった!いくぜマギラ!アークッ!セイバァァァーッ!」


 すると、アークブレードが青白く輝き、大量の魔力を放出し始めた。


「なんだこの魔力はッ!」


 アークブレードの色が青から白へと姿を変える。これがアークブレードの真の姿、アークセイバーであった。


「あれはアークセイバーか……?!」


 この戦場にいる誰もが、変化したアークブレードの姿に目を向けていた。

 その姿は伝説や絵画で伝わる伝説の魔動機……

 アークセイバーそのものであったからだ。

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