虹色の老人

虹色

第1話 悲しき老人

東京都、港区に、老人は住んでいた。老人は田山玄徳と言った。田山は自宅の二階のバルコニーから、沈みかけた夕日を眺めていた。

なんだか、センチメンタルな感傷が心の中にあった。嗅覚の優れた彼は、町に漂う一種の不安の匂いを嗅いでいた。


「いやだな、落日は心がさわぐ」


田山は、自室に戻ると愛用のフェンダーベースを持った。シールドをアンプにつないで、彼は、以前音楽番組でもらったりんごジュースを飲んだ。冷たい味がした、某放送局の知り合いのように冷たかった。

ならしに昔のバンドで演奏した南風のベースラインを引いてみた。あれは、遠い昔のことのようだ。まだ彼のバンドジルタメイツが結成1年目の頃、突然に海外公演をしたことを思い出しながら、彼の細い指は流麗にフレーズを紡いでいく。よどみなく奏でられていくフレーズが、止まった。


「そうか、さっきから心が浮かないのは、このせいだったのか、過去の記憶というものは、喉に刺さった魚の骨のように、じわじわと、心を侵食していくものなんだな」


田山は、ベースを無造作に置くと、焦る気持ちを抑えながら、アフリカの木彫りの人形が飾ってある机の引き出しを開けた。そこは、いつから入ってるのかわからないようなガラクタでいっぱいであった。ガラクタは彼の記憶である。物質化された記憶がそこにあり、それらは何か訴えかけるように、黙りながら、引き出しという秘所にほったらかしに

されていた。


そこで、彼は黄ばんだ手帳を見つけた。彼は慣れた手つきで、手帳のページ繰っていった。最新のガジェットを操るように、その手帳を操ることは彼には容易かった。昔の記憶が脳の奥から噴出していく。まるで頭の中から虹が立ち登ったような体験に彼は、深く驚いていた。その手帳に書かれていたのは、彼の忘れていた記憶である。忘れていた宝物のような記憶!その記憶の舞台は、ジルタメイツのアメリカでのライブに前後する。

「僕は見つけた、虹色の記憶を!」


彼は非常に興奮していた、日はとっくに暮れていた。夜だ、夜は彼の時間だ。


二話に続く…

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