47話「賞金首」

 ポフッ。

 杞憂だった。

 放たれたのは小さな火球。

 火球は氷の柩に衝突すると、氷を溶かすこともなく消滅。

 威力がクソ過ぎる。

 詠唱失敗でもしたのだろうか?

 リシュアも安堵して、腕で額の汗を拭った。


「ふう……まったく。冷や汗ものだ……あんまりビビらすなよ! 寿命が縮むだろ!」

 

 俺はそう叫ぶとマリリンに更にアドバイスをする。


「一発で溶かすとか考えるな。少しずつでいいんだ」


 俺の言葉をマリリンは、呆けた顔で受け止めた。


「マリリン、遠慮しないでいいんだよ~。いざって時は、アリスが瞬時に回復するから!」


 回復魔法詠唱待機中のアリスが、笑顔でマリリンに手を振った。

 そうだ。

 アリスが回復魔法を詠唱待機してんだ。

 多少のやり過ぎは誤差かもしれない。


「今度はしっかり頼むぜ!」


 マリリンの緊張をほぐすため、俺はドンマイと、軽くマリリン肩を叩いた。

 再度マリリンが杖を構える。


 俺達は次なる火魔法に固唾を飲んだ。


「偉大なる始まりの炎よ! その名は紅き汝。我と汝が力もて、等しく滅びを与えん来たれ創生の灼熱の奔流――――」


 ……って、またかよっ!!!


 ――しかし、大惨事になることはなかった。

 そう、またしても小さな火球だった。

 もしや……今のが最大火力だったりするんか?


 シクシク……。


 ――ん? 空耳か?

 俺は、そーっとそーっと、帽子のつばの影に隠れるマリリンの素顔を、覗き込んだ。


 うへ……涙目だ。

 こりゃあ……こっちの方が、一大事だ。

 こんな時って、どうフォローしたらいいんだ?


「マリリン殿、火力を抑えるのは案外難しいもの! アリス殿もいるのだ。次はどか~んと、遠慮なくやってみるのがよかろう!」

「マリリン~。もっと思いっきりやってもいいんだよー!」


 バッバカッ! 二人とも何言ってんだ!

 二度も失敗するもんか!

 空気読めよ!


 チラリとフェリエルに視線を移すと、大きな欠伸をして寝そべっていた。

 マリリンのか細い声が聞こえた。


「ハジメ氏……我の火魔法は……長い年月の間に錆ついてしまったようです」

「……ってやっぱ……今のが最大火力だったのか?」

「はい……」


 そう言うとマリリンは帽子のつばを下げた。


「マリリン、早く次の魔法撃ってよ~! 詠唱待機は疲れるんだよー!」


 アリスが叫んだ。


「……やはり我は足手纏いなのです」

 

 マリリンは先日のキュクロプス戦以来。

 ハイ・ウィザードとして、何も援護ができなかった自分を責めているようだった。


 でもまあ、あの一戦は、パーティ戦での経験不足が招いたものだ。

 だから、マリリンが一人が、気に病むこともないとは思うのだが。

 

「まあ、そんなに落ち込むなよ。マリリンには眠り魔法があるじゃないか……」

「そ、そうでした! 我の眠り魔法は最強なのです。ハジメ氏、それは良い着眼点。我は見落としてました」

「そうだぞ、マリリン殿。何も気に病むことない」


 聴覚が優れるエルフのリシュアにも、会話が聞こえてたようだ。

 

「ねぇねぇ。何話してるの? 詠唱待機ってめっちゃ疲れるんだよー!」


 待ちくたびれたアリスも、俺達の元へと寄って来た。


「アリス氏。実は……今のが最大火力だったのであります……」


 そして、ふと、気がつくとリシュアが氷の柩に手を添えていた。


「ハジメ殿。この氷は、そもそも魔法でなんとかできる代物ではないぞ」

「え? そうなのか?」

「うむ。精霊と対話できるあたしには、姫様の想いが氷壁越しに伝わってくる。姫様は、自分を逃がすために犠牲になった仲間のことを想い悔やんでいるようだ」


 そういや……。

 冒険者ギルドの掲示板には、他にも複数人の賞金首の張り紙があった。

 つまり、賞金首ってことは未だ逃走中。

 それって無事だってことじゃないのか?

 

「アリスっ!」

「ん?」

「俺達は姫様の仲間の捜索にいくぞ?」

「仲間?」


 アリスもマリリンも俺の言葉の意図が理解できてない。

 あの掲示板は俺しか見てなかったからな。

 俺は狼のフェリエルに振り向いた。


「狼さん?」

「なんだ?」

「たぶん、他にも仲間がいるんだろ?」

「ああ、いかにも。だが、散り散りなり行方知れずだ」

「なら、はぐれた仲間を探しに行こう。まだ無事だと思うぜ」


 俺は冒険者ギルドで見た賞金首の話を全員にした。


「そういうことだマリリン。だから、そう言う気を落とすな。氷の柩を溶かすには凍てついた姫様の心から溶かすのが一番だ」

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