第五話「イケメン補正」

「最初のママの話から聞かせてくれないか?」

「うん、いいよ」


 俺の人生でこれほどまで気持ちがプラス面に高揚したことが、かつてあっただろうか。

 

「えっとね、最初のママは魔法が使えてね」

「うんうん」

「パパ。鼻息が荒いよ」

「おっと、そりゃ失礼」


 どんな神様か知りませんが、こんな俺に素晴らしい未来を提供してくれてありがとうございます。

 鼻息を抑え俺は見知らぬ神に感謝した。

 感激してるとドアをノックする音が聞こえた。


「ルーシェ様。夕飯の支度が整いました」


 ドアが開いた先にはランタンを手に持つメアリーがいた。

 気が付けば部屋は燭台が照らす蝋燭だけが頼りとなっており、外はすっかり夜になっていた。

 ランタンが照らすメアリーの表情が一瞬曇った。

 そしてメアリーの視線はマリーを直撃した。


「あ、こら、マリー。ダメじゃないのルーシェ様は病み上がりなんですよ。ベットの上にまでのっかって!」

「だってルーくんが寂しいって言うんだもん」


 マリーが俺をじーっと見つめる。

 俺の異世界ライフはマリーの発言で世紀末となるだろう。

 ただでさえ俺は究極ブサメン29歳ヒキニートだ。

 幼女趣味の変態やろうって刻印レッテルを刻まれたに違いない。


「まあ、子供同士仲良くするのも結構ですが、ルーシェ様がご無理をして倒れるようなことになったら困りますよ」


 マリーは素直に「ごめんなさーい」と返事した。

 俺の異世界人生、早くも詰んだと思ったが杞憂に終わりほっと安堵した。

 よくよく考えたら俺の身体は幼い子供だった。

 そういやマリーって本来この世界に、まだ生まれてないんだよな?

 どんな設定になってんだ?


 気になるがメアリーの前だと記憶うんぬんを蒸し返しそうで聞きづらい。

 

「ルーシェ様。お熱はないですか?」


 メアリーが俺の額に手を当てた。

 

「うん。すっかり元気になったよ」


 俺がイケメンならここでカッコ良く笑みをこぼしたいところだが、俺がやると下品極まりなくマイナスにしかならないことを俺はわきまえている。


「大丈夫みたいですね。お食事は旦那様が是非とも食卓にて囲いたいとの仰せでしたが、無理に動くとぶり返すかも知れません。こちらにお持ちいたしましょうか?」


 親父が食卓でって言ってるなら選択の余地はないだろう。

 俺も普通に歩けそうだし。


「メアリー食卓で食べよう。俺はもう平気さ」


 俺の言葉でメアリーは喜びの色をみせた。

 笑顔になると笑窪と八重歯が可愛い子だと知った。


「ルーシェ様。お着替えして食卓に向いましょうか」

「お着替え?」

「はい。メアリーがお手伝いいたします」


 俺は29歳だ。

 お着替えなど園児でもできる子はできる。

 しかも隣には俺の娘と主張したマリーもいる。

 さすがに、これ以上娘の前で恥を晒したくないと見栄を張った。


「ダメです! ルーシェ様。メアリーのお仕事なんです!」


 メアリーが頬をぷくっと膨らました。

 でもなぁ……。

 マリーもみてるし……。


「パパ、マリーはお外にでてようか?」


 逆に気を遣わせたのかな?

 この世界じゃ当たり前のことなのかな?

 そんな事を考えてるとメアリーは器用に俺の上着を脱がした。

 そしてメアリーは手拭いで俺の身体をふきふきはじめた。

 え、え? そんなことまで?

 とか思いつつお任せしてたらパンツまでメアリーは当然のように脱がそうとしてきた。

 それって何てエロゲーなんだ?


「メアリー! ちょっとまって!」

「どうかされたんですか?」


 澄まし顔でメアリーは言う。


「どうもこうもないよ! パンツぐらい自分で履き替えるよ!」


 メアリーはポカーンとしてる。

 マリーがくすくすと笑ってる。


「あら、ルーシェ様も年頃になられたんですね」


 年頃というより俺の中身は29歳だ。

 しかもメアリーは16歳。

 ここだけは譲れないとして俺は二人を半ば強引にドアの外へと追い出した。

 メアリーはそこはかとなく不満げだったが。


 ふう……。

 一時ではあるが、よくよく考えてみたら俺はベテランヒキニートだ。

 一人だけの空間もある意味、居心地がいい。


 ちなみに着替えといっても汗だくのパジャマから清潔なパジャマに着替えただけである。

 俺は気持ちを落ち着かせるため窓から外の景色を見渡した。

 月明かりがヨーロピアンな街並みの赤レンガの屋根を優しく照らしてた。

 どうやら俺は二階建の建物にいるようだった。


 窓から目を逸らした時、俺は動く黒い影にギョッとした。

 気のせいと思いながらも視線を向けるとテーブルの上に鏡があった。

 燭台の三本の蝋燭が怪しく俺の姿を鏡に反射させていた。


 だが、鏡に映ってるのは俺ではなかった。

 

 おめぇ……誰だ?

 鼻をほじってみた。

 俺が鼻をほじほじすると俺の真似してほじほじする。

 ドッペルゲンガーじゃあるまいし俺をバカにしてるのか?

 

 俺は黒髪黒眼のはずだ。

 鏡に映ってるのはメアリーやマリーと同じ亜麻色髪で琥珀色の瞳を持つ少年だった。

 もしや……これが俺なのか?

 もし…………そうだとしたらあり得ない。


 ガキっぽく、あっかんべーしてみた。

 ヤバいぐらい可愛い。

 一見するだけじゃ男の子か女の子かの区別もつかないほど、この世の人間とは思えない魅惑的な美少年だ。

 俺はパジャマのズボンを降ろし鏡に丸出しのケツを反射させる。

 こんなバカな真似まで平然と奴は真似をした。


 ――――紛れもない俺自身だ。


 俺が良く知る異世界モノのネット小説やラノベだと何かしらのチートが授けられるパターンがテンプレだった。


 もしや……これが俺のチートじゃないのか?

 美少年って言ってしまえば身も蓋もないが、人間を超越してる美しさだ。

 俺自身が鏡を見てほれぼれする。

 

 異世界チートに超魔術や念動力、はたまた強奪系のスキル習得や神懸かり的な異世界アイテム召喚なんて能力が選べる選択肢があったとしても俺ならばこのイケメン補正を迷わず選択しただろう。

 マジ……神様? 女神様? 出逢った記憶はないけど感謝感激です!


「ルーシェ様、まだですか~?」

「ルーくん、マリーはお腹ペコペコだよ~」


 ドアの向こう側から二人の声が聞こえた。

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