第44話 母語る

 類のスパルタのおかげか私は無事に拓海と同じ大学に受かった。ちなみに類も就職先が決まった。拓海はもちろん受かってる。


 *


 朝目覚めるとそこには……母がいた。あれ? 拓海じゃない。

「おはよう。樹里。あ、もうおはようじゃないわね」

 時計を見ると11時になろうとしている。寝坊を通り越して昼寝になるところだった。

「拓海君が起こさなかったら、どこまで寝るのかと思ってたんだけど、いつまでも起きないんだから」

 拓海……ああ、そうだった。

「今日はお父さんと拓海、釣りに行ったんだっけ?」

「お父さんもう張り切っちゃて。四時から起きて、うるさいから一緒に起きちゃって」

「四時!?」

 起床時間とは思えない時間なんだけど。むしろ寝れなくて起きてる時間だよ。

「そうなのよ。だから、そのあとなかなか寝れなくて…」

「…お母さんも今まで寝てたんでしょ?」

「あ、バレた?」

 ……

 まあ、いいけど。

「じゃあ、ブランチ作ってるから、来なさいね」

「あ、うん」

 朝食はお昼ご飯と一緒にしたことを伝えに来たんじゃないの? 起こしに来たというよりも。


 着替えてブランチの席につく。ただのお昼ご飯です。ブランチって言いたかっただけじゃない?

「いただきます」

「いただきます」

「お母さんとこうやって二人だけでご飯を食べるの久しぶりだね」

「本当ね。類君がいた時にはよくこうやって食べたわね」

 そう。父の趣味は釣りなんだけど、忙しいからなかなか行けない。一人で行くのは嫌みたいで一緒に行ってくれる人を探してもスケジュールが合わなくてと、ここ数年は全く釣りに行ってなかった。類がうちにいた時には嬉しそうに類を連れて行ってたな。類は長くうちにいたから誘いやすかったんだろう。長時間二人きりになる釣りに親しくない相手は嫌なんだろうな。

 拓海も冬が終わって春の日差しが心地よい季節になった頃に父からの釣りの誘いを受けた。確か……。

「五時起きじゃなかった?」

 父と拓海が二人で話してるのを聞いて朝早い! と、自分が一度父の釣りに連れて行かされそうになったのに、朝がどうしてもダメだった記憶が蘇った。泣きわめいて眠いと駄々をこねてたな、あの時。

「そうよ! だからお父さん張り切っちゃってって言ったでしょ?」

「久しぶり過ぎたんだね」

 そう、あの時から一度もなくなった。父からの釣りの誘い。よっぽど酷かったんだろうな私。そして11時まで寝てる私には何も言えないけどね。


 お昼の後は一人ですることもないので部屋の片付けをしていた。奥の方にしまい込まれた箱を開けて見る。懐かしいけれどどうでもいいものに混じって……あ、これ!

 それは類と一緒に買い物に行った時に類が買ってくれたお花の形の小さな髪飾りだった。かわいいと手にとってみたけれど中学生の身では高くて手が出なかった。けれどどうしても欲しくて手にとっては売り場に戻すを繰り返していたら、類が買ってくれたんだ。懐かしい。類との思い出が嫌な物に変わってからは、あの日をさかいにこの髪飾りもつけなくなった。そうだった、目の届かないところに片付けたんだった。捨ててしまうことは出来なかった。類はお金を自由の使える身ではなかったのに、買ってくれた。その思いまで捨てることはできなかったから。

 これ、どうしようかな。まさか使うわけにもいかない。けれど、処分は絶対にできない。そっと、元の箱の中に戻す。これは思い出にとっておこう。


 そんな風に遅々として進まない片付けをしていたら、


 コンコン


「樹里。お茶にしない?」

 と、母からの誘いを受けた。きっと母も暇なんだろう。

「はい! 今行くね」


 コーヒーの香り漂うリビングへと向かう。


「美味しい! お母さんコーヒーを淹れるのは上手いよね」

 またカフェオレにしてもらってるんだけど、カフェオレも違うんだよね。配分なのか元のコーヒーの味なのか。

「のは、は余計よ。樹里」

「はいはい。なんでも美味しいです」

 強制で美味しいと言わせて気分いいのかな。

「それにしてもお母さんの言った通りだったでしょ? 類君の家庭教師!」

 お母さん今日は自慢のオンパレードだね。

「そうだね」

 それでグングンと私の成績が上がったのは確かだしね。そして、この母の采配で私と拓海は気持ちをわかりあえたんだから、感謝しなきゃね。母には拓海と付き合ってることはまだ言ってない。一緒に住んでいては言いにくいし気まずいと拓海が言うから。拓海って学校では気にしないくせにココは気にするんだよね。

「それに、類君のことも終わらせられて、拓海ともね。うふふ」

「え!? お母さん?」

「もう! 樹里見てて気づかない訳ないでしょ? わかりやすいんだから」

 気づいててワザとしてたの……全部……。

「いいの? 同居してるんだけど……あとまだ二週間はあるけど……」

「いいもなにも。手元にいた方が安心でしょ? 拓海君だって気を使ってるんでしょう? もう、かわいいわね。二人とも!」

 母親のセリフじゃないけど。

「じゃあ、拓海が家を出たら……」

「お父さんには言ってあげなさいよ。気がついてないし」

 お父さんは気づいてないんだね。なんか少しほっとした。

「わかった。……お父さん怒るかな? 反対したりする?」

 どんな反応するんだろうか?お父さんが拓海を家に誘ってるんだけど……。

「しないでしょ! むしろ喜ぶわね。お父さん拓海君気に入ってるから、類君みたいにね」

 そうだった。類も度々釣りに誘われてた。気に入ってる証拠。拓海が今日になってやっと誘われたのは、受験生だったことと冬場だったのを避けてたから。やっと誘えるようになっただけなんだろう。別荘へ二人だけで行かせたり、すごい信頼している証拠なんだろうな。


 それにしてもお母さん……類のことも知ってたんだね。

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