第41話 告白する

「ん?」

 バカ、拓海、顔を覗き込んで来ないでよ。せっかくの決心が揺るぎそうになる。

「拓海が好き」

「へぇあ?」

 拓海なんて声出すのよ。

「……そういう回答傷つくんだけど」

「いや、だって今……さっきあいつの事で泣いてたじゃないか?」

 そうなんだけど、途中から違ってた。いや、最初からなのかも?

「それは……よくわからないんだけど……。類の言葉でなんか割り切ってた気持ちが収集つかなくなったの……拓海には言わないでおこうって決めてたのに。あんな風に言われたらどうしていいかわからなくなったの……そしたら涙が……」

 また溢れそうになる涙を流すまいと息を吸い込む。そして、息を止めてハッっと吐いた。

「嘘だろ? 俺、まだあいつの事……樹里は好きなんだと思ってた」

「拓海がそう思ってるって思ってた」

「だって泣いてたじゃないかよ、学校で」

「うん。あの時に気づいたの。拓海のこと好きになってるって。バカでしょ? 気づくの遅いよね。って気づかないほうがよかった。苦しかったから。ずっと……ずっと苦しかった」

 気づかなければ拓海との楽しい思い出ばかりで終わっていたんだろう。拓海が去っていけば終わってたんだ。こうして心の内を言ってしまうこともないままに。

「樹里……」

「バカだよね本当、拓海だってどっか行っちゃうのに」

 卒業式までかそれともそれよりももっと前なのか、それまではずっと楽しいままでいたかったのに。

「どっかって、確かに卒業したら一人暮らしするけど……」

 やっぱりそうなんだ……やっぱり。

 また目の前が霞む肩が震え出す。苦しい現実を知らされて、耐えていたものが溢れ出す。

「あ、ああ! 違う! 俺はあいつとは違うんだって」

 ん? 類とは違う?

「なにが?」

「俺の親はいるよ。父親が海外に」

「へ? 海外?」

「父親が転勤になったんだよ。あ、もともと父親だけの片親の家庭なんだけどな」

 だから拓海は家事が出来る訳だ。お父さんだけなら……。って?

「で、こっちに俺は残って一人暮らしする予定だったんだよ。なのに、親父と樹里の親父さんが大学時代からの友達でな、なんか海外に行くから飲もうとか盛り上がったみたいで。その席で一人暮らしは高校生にはよくないって話になったらしくて、ここに一緒に住んだらいいって話になったみたいなんだよ」

「はい? え? 事件とか事故とかじゃないの?」

 ど、ど、どういうこと?

「ああ、そういうの全く関係ない。ただの親父同士の盛り上がった酒の席での話」

「嘘……気にしてたらって思って、聞きたいのに拓海に何も聞かなかったのに!」

 影なんてあるはずない。事件でも被害者とか加害者とか事故とか死とか……影をそんなものを作る要素がなんにもなかったんだから。

「え? 俺に全然興味ないんだと思った。あんまりにも俺のこと聞かないから」

 うう、凄い思い違いをしている。まあ、お互いさまなんだけどね。

「じゃあ……え? でも、拓海は高校卒業したら一人暮らしするんだよね?」

 大学生になったら一人暮らしするって、拓海と離れるっていう話はまだ変わってはいない。

「ああ、はじめからそういう話だったし」

「そ、そう」

 なんにも! なんにも変わってないじゃない。やっぱり拓海と離れるんじゃない。

 ああ、また涙で歪む視界が。離れたくないよー。また泣いてすがってわがまま言いたくないのに。すでに拓海の胸で泣いてる私がいる。

「ああ、だからって! 俺は樹里のこと好きだよ。俺は樹里みたいに鈍くないから……最初から好きだったんだぞ!」

 なんで威張って言ってって……え? 私のことが好きだったの……顔がどんどん熱くなっていく。

「最初からって。いつ? え? 類の家に行った時にも?」

「最初に部屋で片付けてる時に樹里学校から帰って来たろ。で、そこに立ってたろ。こっち見てなんか考えこんでた。まあ、どうせ奴のことなんだろ?」

「あ、ああ……うん。そうだった。」

「だから、樹里にそいつのこと忘れてもらおうと思って連れて行ったんだよ。そしたら、樹里部屋に連れ込まれたから焦って家まで行ったんだよ」

「連れ込まれてって……あ、違う。あれはそこじゃあってって言われて中に入っただけで……」

「こっちはそれどころじゃないよ。せっかく終わらせようとしたのに失敗したかと思って、焦って行ったんだぞ」

 それであんなに早く類の家に拓海は来たんだ。心配して。

「拓海が悪い! 付き合ってるフリとか言うから、女子よけのためだって思う度に辛かったのに」

「あれは好きなやついなくなった樹里に次の奴が現れるのを防ぐために、俺がそばにいるためだろ! それにお前、あそこに座ってるのも……」

 あそこ?

「あそこに座る?」

「知ってたって、健太郎が言ってたけど……まさか知らないのか?」

 な? 何の話?

「どういうこと?」

「池! コイがいる池の前のベンチに一週間座ったら付き合ってるってみんなに宣言してるって……」

 池? コイ? あ、学校の通路のベンチ……あ、そういえば果歩が知ってたのかって聞いてきた……知ってるってそういうこと? ベンチの存在だと思った。そんな習わしがあるなんて! あ、そういえば……果歩も吉田君と座ってた。一年生の夏の一時期。あれって一週間だったんだ。

「知らなかった。果歩に聞かれた意味わからなくて、ベンチのことだと思って知ってるって言った、あ、あー!」

「な、なんだよ?」

「キス!」

 別荘での朝のキス!

「え?」

「朝起こす時にキスしたでしょ?」

 あれ以来、敏感になって毎朝拓海が私の部屋をノックする音で起きてた。

「え? バレてたの? それで別荘からずっとノックで起きてたのかよ」

 バレてたって……

「毎朝してたの? あの時まで……」

 毎朝キス………

「え? あー、うん。あ、一応樹里を起こしてからだよ」

 素直に白状しすぎでリアクションとれないよ。起こして起きなかったらキスしていいんだろうか……。ああ、私にキスしてた拓海の顔を思い出しちゃったよ。恥ずかしくて目を見れなくなってきた……。顔がどんどん熱くなる。

「そう」

「うん」

「ふーん」

「ふーん」

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