第3話 同居する

 いい匂いがキッチン中に広がる。

 そういえば私、今日のメニューを言ってない。拓海君は何を作ったんだろ? これは……カツだよね。私が用意したのと同じ。迷いなく、何を作ってたかわかるんだ。片親かな? 両親共に、引き取れない事情になるのはなかなかない。片方が事件の被害者であっても加害者であっても、または事故死などでも、どちらか片方は我が子を育てられるから。だから、両親がいてって、少ないケースなんだけど……。

 私の血はずっと出っぱなしだったけど、ようやく止まる気配を見せてティッシュを替えるペースが遅くなってる。そろそろ立ち上がれるかな? 少し立ってみようとしたけど、やっぱりダメだった。これって絆創膏じゃあ、やっぱり手に負えなだろうな。


 もう調理が終わったみたいで、拓海君がこっちに来た。

「テープどこにある?」

「ん? あ、あっちのそこ」

 拓海君は私の指差しでテープを持って来た。何するの? と、拓海君はティッシュを折りたたんで、怪我してる指に巻いてテープで止められた。

「なんかいいのあったら、それに替るけど、とりあえずこれで。出血、まだあるみたいだし」

「ありがとう」

 拓海君は優しい。だけど、優しくされると戸惑う。困る。彼を思い出すから。いつも私に優しくしてくれた彼を……。


 *


「飯は食べれる?」

「あ、うん」

 すっかり、お世話される側になってる私。そいういう、しっかりしたところも彼に似ている。


 彼は母親だけだった。その母親が事件の加害者となり、刑罰を受けることになり、彼は一人になった。彼が選んだ道は、一人で生きて行く事だった。彼を引き取りたがらない人たちのところに、無理やりいたくなかったからだろう。「自由でいたいんだ」って、自分で選んだ未来なんだって、精一杯頑張っていた。

 あー! もう。ダメ! 私、ちゃんとしないと、そのうち泣き出して、拓海君を困らせるよ。


「ねえ、学校では一緒に住んでるのは内緒にしない? みんな好奇心旺盛だから」

 いろんな意味で。拓海君がなぜ我が家にいるかとか、一緒に住んでること自体にもいろいろ言われそうだから。そして、果歩にはバレたくない……。

「うん? ああ。別にいいけど」


 ***


 ということで、はじまった拓海君との同居生活。どうなるのか、不安でいっぱいの私と、ポーカーフェースの彼、拓海君。


 ***


 次の日。

 朝から別々に登校した。それは、同居を隠す為ではなく、拓海君は初日は早くに登校するように学校からの指示があったから。

 拓海君とクラスが別になった。よかった。まだ、親指の傷が響いてて、お弁当作りもできなかった。本当は少しお弁当の中身を変えておきたかった。お弁当ってすぐにわかるよね。お弁当はおかずが限られてるから、一緒に作ったって。拓海君はそんなことは少しも気にせず、朝から全く同じお弁当を、私の分もちゃんと作成してくれていたから。作ってもらって文句は言えないです。が、クラスが違うとわかるまで、ドキドキだった。クラスが違うならバレないから良かった。


 *


 朝から休み時間の度に、女子が盛り上がってる。なんだか、とびっきりの話題がありそう。気にはなるけど、いい話じゃないと嫌だから放っておいた。お昼になり、果歩と拓海君作成のお弁当を美味しくいただいた。拓海君、昨日の晩ご飯も美味しかったしなかなかやるな! と思っていると、果歩がどこかへ行ってしまった。きっと今朝からの話題を拾いに行ったんだろう。これでようやく、私にも話がくる。いったいなんの話題かな。まあ、どうせ誰かと誰かが別れたとか、二股だったとか、ガッカリネタなんだろうけどな。

 果歩が急ぎ足で戻ってきた。おお! 私に急いで持ってくるネタってなに? 期待が膨らむよ! 果歩は高一から友達だったから、私をよくわかっている。ゴシップや不幸な話は嫌うって。

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