戦いの鐘が鳴る:3


EPISODE 016 「戦いの鐘が鳴る:3」




 狙撃手の側を避け、向かい客室の窓から飛び降りて建物の裏側へと呑龍は着地する。

 裏庭に落ちると早速一人の敵分身兵と遭遇、敵兵が気づき引き金を引くよりも速く、呑龍は闇を駆け敵兵に接近すると半身の姿勢となりて顎に当身を一発、同時に左手で敵の銃口を逸らす。


 遅れて拳銃の引き金が引かれ――パン! という銃声が響くも、狙いは大きく外れ建物の壁を撃つだけである。

 呑龍は左手で敵兵の左手首を掴み、右手で胸倉を掴むと更に深く敵の間合いへと入り込み、腕力で相手の身を引き寄せながら同時――――己が右足で相手の軸足を刈った。柔道技、大外刈おおそとがり


「フンッ!」

 戦時中はこの技で何人もの兵士を葬ったものだ。荒々しく力強い投げ技が極まると分身兵の後頭部は地へと叩きつけられる。


 一本! しかしこれは武の心を重んじ礼節を守って行う競技試合にあらず! 一本が決まってもそれは決着を意味せず、死合しあいとはどちらか一方の破滅のみによって勝者が決まる。ゆえに呑龍は攻撃を終わらせず、敵の喉めがけそのかかとを踏み下ろした!


 手ごたえアリ、第五斥力場エーテルフィールドによる障壁バリアの発生認められず。敵が断末魔をあげることもなく喉を潰され、絶命する感触を彼の右の素足が感じ取った。


 しかし敵兵士の活動を物理的に止めると、兵士は土塊つちくれと落ち葉のひとかたまりへとみるみるうちに変じ、それもすぐに蒸発でもするかのように消え去ってしまった。



「なんだこりゃ?」

 呑龍が眉をひそめると、表側から回ってきた敵分身兵が飛び出した来た。素早く右腕を上下二連散弾銃へと変形させた呑龍はエーテル複製の12ゲージ弾で敵の脳味噌を吹き飛ばす。


 やはりこの敵も同様、死体となった瞬間、すぐにひとかたまりの土と落ち葉に変じ、消滅してしまった。


空蝉うつせみの類かあ? アカの兵士は畑から取れるっていうがねえ……」

 暗闇の中でわかりにくかったが、ようやく敵兵の中に分身能力者が混ざっている事を呑龍も認識する。

 一体一体は定命者モータルに毛が生えた程度の雑魚だが、戦力の”水増し”をしてくる能力者とは厄介な事だ。霊銀も今頃建物内で分身を虐殺しつつも、きりのなさに苛立ち始めている頃だろう。


(――まあ奴は大丈夫だろう)

 殺しても死なないような奴の事を気にしているほど暇でもない、状況を把握しなければ。



「おおい、もしもし?」

 呑龍は右腕を短機関銃へと変形させると、魔術通信機器【澎湖ほうこの貝殻】を左耳にあて本部へと呼びかける。


『はい』

「それで、急行可能な奴は見つかったのか」

 呑龍は先ほどの件について再度尋ねる。「しばらくお待ちください」と言われてからもう結構な時間が立っていた。


『すみません、まだ検索中でして……』

震天シンテン疾風ハヤテはいないのか? すぐ来れるだろ!」

『二名は現在県外活動中です』

「なにぃ!? 両方外に出したのか!?』


 事実に呑龍は思わず耳を疑う、二人とも今では少なくなってしまった陸軍時代からの知人であり超高速飛翔と超高速移動、保安局においてその機動力はツートップの存在だ。……が両方ともよりによってこの時期に県外活動をさせるとは、一体どこの馬鹿の采配か。


『申し訳ございません』

「連絡のつくやつはいないのか?」


 すると通信手の女性はこのように答えた。

『一名連絡がつきました。【銀河ギンガ】工作員です。”10分で”到着可能との事です。ただちに……』


 分身兵の集団と銃撃戦の最中であった呑龍の表情が一瞬で凍り付いた。分身兵は20、30……数がかなり多い。更に建物の裏を大きく回り込んで呑龍を完全包囲しようとしていたが、通信の衝撃は呑龍の思考を全て奪い去るほどのものだった。


『あの……? 増援をお送りしますが……?』

「……おいお前、今「銀河」つったか?」

 呑龍はこれが何かの勘違いであることを願って通信手に聞き返した。

『はい、銀河工作員です』


 ついに呑龍を包囲した分身兵が建物裏の塀を越えようと上がってきた。


「やめろやめろやめろ! 今すぐやめろ! ”巨大化”しながら走らせて東京を更地に戻す気か! 壊し屋は霊銀一人で足りてんだよ! お前の頭には炭酸ガスでも詰まってんのか!? 野比海岸(※)に沈めてやろうか!」


(※=かの悪名高き特攻兵器「伏龍」の訓練地とされていた場所、横須賀に存在)


 振り向いた呑龍が分身兵を射殺すると同時、呑龍本人も引き金を引いた機関銃のように貝殻に向かって怒鳴り散らした。


 ……しかし無理もない事だ、何といっても能力者【銀河】は問題がありすぎる、特にその図体だ。巨大化能力の持ち主で、戦時中など外地で暴れさせる分には良いが巨大化時には30メートルものサイズになる男を都内で全力疾走させ、あまつさえ戦わせた日にはどうなるか? まあ良くて東大が廃校になるだろう。

 ――悪ければ? その時はGHQの息のかかった能力者集団に組織ごと潰されて、元軍人の能力者はA級戦犯指定され巣鴨の十三階段行きだ。


 実を言うと、保安局には何人か仕事も特に与えられず、諸事情で意図的に飼い殺しされている能力者がいる。要するに銀河は洒落にならないし、霊銀は凶暴性残忍性こそ最悪だが、戦ってない時は飯と本だけ与えておけば大人しい方だし、巨大化したりホスゲンガス、ペストなどを街中に撒き散らさないだけまだ可愛い方なのだ。



『ひっ……も、申し訳ございません。申し訳……えっぐ……』

 こめかみに浮き上がった青筋が内出血を起こすのではないのかという凄まじい剣幕で怒鳴りつけたものだから、通信手の職員はとうとう泣きだしてしまった。これが霊銀なら貝殻を握り壊しているだろうが……呑龍は彼より”もう少しだけ”忍耐強かった。


「だーー! 戦闘中に泣くな! 謝罪もいい! 仕事をしろ! いや、頼むからしてくれ!」

『申し訳ありません……あ、あのそれでは銀河工作員の方は……』

「絶対に来させるな! 奴は「マル飼」つってな! 仕事しちゃいけない能力者なんだよ!」


 呑龍は松竹館の壁を蹴って三角飛びすると、塀の向こうから投げ込まれた手榴弾を蹴り返して塀の向こうへと返却した。Excellent! 爆発と共に敵の分身兵が吹き飛ぶ!



『か、かしこまりました……、増援は……」

「基本的には俺達二人でやれる! だが不測に備えて増援が居る! この際、新人でも誰でもいいから適当な能力者か超越者一人呼んで来い! 努力しろ!」

『は、はい……努力します』

「頼んだぞ! 交信終了!」


 ようやく手間のかかる通信を終えた呑龍は澎湖の貝殻を仕舞う。煙草を吸いたい気分だったが戦闘中でそれどころではなかったし、雨のために火もつきそうにはなかった。

 呑龍は塀を越え舗装もされていない道路上に素足を降ろすと、包囲に向かってくる敵を両腕の短機関銃で毛散らす。


「さて……」

 本体を探すべきか、それとも狙撃手を探して狩るべきか、思案したその時、雨の中に闇を切り裂く微かな音を呑龍は聞いた。


「!」

 超人的危機回避能力を発揮した呑龍はその場でブリッジ回避! 先ほどまで頭のあった所を銀の矢がすり抜けていくのが視えた。矢は塀に突き刺さった。


「チ、外したか」

 そこから距離にして250メートル、この闇夜にも関わらず東京大学の敷地内から高所を確保し精確に狙ってくるのは赤色テロ組織「赤の楔」の能力者サイキッカー、コードネームは【リコー】である。

 手には七尺三寸(221センチ)もある和弓を、腰には二丁のピストルボウガンを下げ、胸に巻いた弾帯には大量のクロスボウボルト、背や腰の後ろには大量の矢を携行している。


 能力者リコーの手つきは非常に速い。矢を撃ったと思った次の瞬間には既に次の矢をつがえ、頬の高さでそれを引き絞った状態に移行している。


 この弓は、超身体能力スーパーフィジカルを持つ戦闘用能力者の人外の腕力を想定し、その実用に耐えうる特別仕様で、成人男性であれば40ポンドほどの張力が標準であるところ、実にその4倍近い重さを引けるオバケ弓だ。そしてそれを引く彼の両腕には今、銃弾にさえも勝る殺人的破壊力がエーテルと共に込められている。


「――――射る!」

 集中力のピークに達したリコーがカっと目を見開き、右手から手を離す。超人的腕力によって弦へと蓄えられていた破壊エネルギーが矢に伝わってゆく。

 雨を帯びたわしの矢羽根がリコーの頬を微かに撫でた時、リコーは生まれ育った高雄県の景色と、自分を育ててくれた母の指先の温もりを闇の中に思い出した。


 ――――俺の母を侮辱し続けた内地人共、必ず目にものみせてくれるぞ。





 能力者用特注155ポンド和弓から放たれた想像を絶する速度の一撃が呑龍へと向かう!


 呑龍は自らの心臓に向かって白い光が伸びてくる幻覚を見た。武術の達人や戦闘力に長けた能力者なら見る事のできる「被弾予測光」なるもので、彼らの異常発達した第六感が幻覚という形で身体生命の危険を告げてくれているのだ。


 呑龍はその光から身を外すようして地面に倒れ込む。間一髪、矢を避けた呑龍は撃たれた方向に短機関銃を乱射する。


 リコーはあえて一歩も動かなかった。その判断は正しく、狙いの十分に定められなかった短機関銃の弾は牽制射撃にすぎず、まったくといって高所のリコーには命中しない。たった一発がリコーの脚をかすめたが、有効射程さえも外れたエーテル弾の威力は不十分で、戦闘向けの能力者が標準装備として持つエーテルフィールドを撫でる事しかしなかった。


 リコーは決断的そのもので、姿勢を崩すことなく次弾の射撃姿勢に移る。背中の矢筒から一本を抜き、押し手となる右手親指の上に矢を載せる。指と矢の間に隙間を作る事は革命と団結の意志に隙間をもたらすのと同義、闘争の最中にあっても日頃の稽古の形を安易に崩してはならないのだ。

 呑龍は左腕を狙撃用の小銃に変形させ始めるものの、リコーが次なる銀の矢を放つ方が早い。



 闇の中を邪悪な海蛇のようにうなりながら進む銀の矢が呑龍を追うが、呑龍も超人的危機回避能力を発揮し、寸前の所で矢を回避する。

 そうしている間にも続々とあの敵分身兵が五体、十体と挟み込むように呑龍を目指し、包囲を狭めようとする。呑龍はリコーの狙撃を回避しつつ、右の短機関銃で分身兵を片づけていく事を強いられる。


 遊底ボルト操作のために右の短機関銃化を解除した呑龍は、前方へ駆けると左腕小銃の先に銃剣を生成した上で、銃剣突撃を行った。


 刺したのは喉でも心臓でもなく、あえて腹を刺した。分身兵が拳銃を取り落とし呻き声をあげる。


(――貰った!)

 銃剣突撃に成功した呑龍だが、その足の止まった瞬間を見逃すリコーでは決してなかった。その隙を狙ってリコーは銀の矢を放つ! 今度こそ命中は必死に見えた、が――



 呑龍は深く銃剣を突き刺したまま、腕力で分身兵を持ち上げ、矢の向かってくる方向に思い切り向けたのだ! 直後、鈍い衝撃と共に分身兵の背中に銀の矢が突き刺さった。矢は分身兵を貫きこそしたが、その先の呑龍にまでは至らなかった。


 日中戦争の初期から終戦までの地獄の8年を戦い抜いてきた英雄の戦闘力は伊達に非ず! このタイミングを狙って敵が撃ってくることを予め予測し、わざとこの瞬間に狙撃を誘発させたのだ! 致命傷を受けた分身兵が活動を停止し雨の中、土塊と落ち葉に変じ崩れ去った。


 そしてその中から現れたのは、ボルトアクション方式の狙撃銃へと変形させた異形の左腕。それはかの有名な三八式さえを差し置いて帝國陸軍の傑作小銃とさえ呼ばれた九九式小銃の面影を残していた。


 異形の九九式狙撃銃を東大敷地方面へと向けた呑龍は、腕部の変形と共に生成されたエーテル複製九九式狙撃眼鏡を左目で覗きこみ、立射姿勢のまま素早く撃った。




EPISODE「戦いの鐘が鳴る:4」へ続く。

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