一節 - 終戦(カーテンコール) -

最後の戦場


序章【終戦】

EPISODE 001 「最後の戦場」




チン深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ時局ジキョクヲ収拾セムト欲シ ココに忠良ナルナンジ臣民ニ告ク……』





 灰色の空と、鈍色の雲が広がっていた。その空に向かって鳥たちは音を立て、バサバサと飛び立ってゆく。


 鳥たちの飛んでいった空と反対の方角を見た。人の創りだした人工の鳥が鈍色の空を飛んでいるのを、男は見た。


 暗い緑色のカラーリングに、胴体と尾翼には赤き星の紋章……。あれはヤコヴレフの戦闘機。しかり、我が帝國ていこくの空を飛んでいい機体ではない。機体に描かれたあの共産主義者共の赤き星がそれを証明している。



シカモ尚交戦ヲ継続セムカ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス ヒイテ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ……』



 遥か遠くの薄い霧がかった町では、多くの人々がぼろぼろの姿で家財道具などの荷物を背負い、戸締りさえろくにせぬままに逃げ出してゆく……。彼らの行く先の港には船が留まり、そこではより多くの民間人を載せるため、余りに大きな家財道具の放棄を願い出る船員と民間人が押し問答を行っている。

 人々の罵声と子供や少女の泣き声が混じり、それはこの世の終わりを告げる歌のようだった。




『帝國臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニタオレタル者オヨビ 其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク……』



 ――――恐ろしい出来事が起きた。




 将兵たちはラジオに向かって直立し放送に耳を傾ける。その放送は人々にとってはあまりにも衝撃的な内容で、堪えきれず立ったまま、すすり泣く兵士も少なくは無かった。




カツ戦傷ヲ負ヒ災禍ヲコウムリ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ 朕ノ深ク軫念シンネンスル所ナリ……』





 元号:昭和20年 8月15日 正午



 本土のみならず、朝鮮半島、台湾、満州に至るまでの帝國領域全土にその重大放送は届けられた。




 その日、臣民は戦争の終わりと、敗北の事実を知った。






 兵は敗れ、帝都は焼け野原となり、広島と長崎は原子カルマの炎によって焼き尽くされた。



 戦争は、終わった。








 ――――森に爆弾が落ちた。ソビエトの戦闘機は蠅のように五月蠅く空を飛び交い、地上では鋼鉄の死神がキャタピラの音を轟かせながら、赤い星の侵略者たちと共に迫りくる。





 戦争は終わった。その筈だった。


 陛下のお言葉だ。間違いはない。





 ――――だとしたら、目の前にあるものは、何だ?



 一人の皇軍兵士が茂みから三八式歩銃の引き金を引いた。一発、一発と撃つ度に侵略者たちの額が貫かれ倒れてゆく。


 敵が手榴弾を投げて来た。皇軍の男は素早く立ち上がると茂みから飛び出す。直後、先まで居た地点で爆発が起こり、味方の皇軍兵士が炸裂して死んだ。


 男は構わず走り突撃すると、まず小銃で一人の頭部を撃ち抜き、それから銃剣で敵兵の喉を刺し貫いた。蒼眼の兵士が血を吐くと、それが皇軍の男の軍服の色を染めたが、既に彼は土と返り血に汚れており、今更汚れが一つ増えた所で今更どうということもない。



 男は天皇陛下から賜ったとされる軍の小銃を即座に手放し、ソビエトの兵士を蹴り飛ばす。大事な銃かもしれないが、自分の命と引き換えにするほどの価値のものではない。”己自身”よりも優れ、価値ある兵器などこの地球上には存在しえないからだ。



 代わりに十四年式拳銃を引き抜くと、丘の上から銃口を向けるソビエト兵士を射殺。銃弾飛び交う戦場を霊銀は走り、敵兵に銃弾を叩きこんでゆく。


 男は回り込むように丘の下を走り敵兵を排除してゆく。だがその時、近くで爆発。その男は直撃を免れるものの身を投げ出される。



 彼は持ち前のタフネスですぐに体勢を立て直すが、立ち上がった時、複数の敵兵士たちが男に銃口を向けているのを見た。




 ――直後、ソビエトの兵士たちが一斉に兵士を撃った。全身に銃弾を撃ちこまれ、皇軍の兵士はその場に倒れた。





 ……男は動かなくなった。

 敵の兵士たちは死体となった霊銀から目をそらし、他の皇軍の兵士たちを撃ち始めた。



 銃弾を撃ちこまれた別の皇軍兵士たちが悲鳴をあげ地に伏せる。殺害を確認した敵兵たちが移動を開始しようとしたその時



 先ほど撃ち殺されたはずの皇軍兵士がムクリと起き上がった。


 彼は死んではいなかった。それどころか、穴の開いて汚れきった軍服からは一滴の血も漏れ出ていないではないか。

 ソビエトの兵士たちが気づいた時には、あまりにも遅すぎた。


 蘇った男は矢のような速さで地を駆け、一瞬で敵兵士の集団に接近。手を開き指に力を込めると、敵兵士の喉を引っ掻いた。



 ――――いいや、引っ掻くというには、その攻撃はあまりにも強烈極まるものであった。蘇りの男の振るった指はソビエト兵士の喉の肉を豆腐のように裂き、傷口からは鮮血が噴き出した。


 彼はその隣の兵士に貫手を放った。兵士の喉に槍の如く鋭き三指が突き刺さり、兵士はその命を奪われた。


 ソビエト兵士が拳銃を引き抜き霊銀を撃った。拳銃弾は確かに霊銀に命中した。そのはずであるが、硬い金属音と共に拳銃弾が跳弾し、別の兵士が叫び声をあげる。霊銀は銃弾を受けても顔色一つ変えずに二本の指を突き立てた。



 ――――それがソビエト軍兵士の見た最後の景色になった。



 二本の指が敵兵の光を奪い、そして振るった手刀が兵士の首を撥ねた。蘇りの男の肉体は銀色に輝く金属のような姿へと変貌してゆく。

 ソビエト兵士たちが悲鳴をあげたが、不死の男はそれらを追い、一人、また一人と狩った。



 男は素手であったが、敵兵士の中に彼に傷を一つでも負わせられた者はいなかった。


 敵の集団の一つを殲滅した男は丘を駆けあがる。ソビエト軍のT-34戦車が兵士を確認し、その砲塔を旋回させる。機銃がこちらを向き、こちらを撃ってきた。


 彼は構わずに距離を詰め、超人的な脚力によって機銃からも逃れる。



 ――耳を裂くような轟音。T-34戦車が主砲たる85mm戦車砲を撃ったのだ。その音の激しさに一瞬の目まいを感じるも、男は驚くべき素早さで地を駆けると素早く身を屈める。砲弾の風圧で男の軍帽が飛ばされた。



 彼はそのまま戦車に肉薄すると銀色の拳で砲身を殴り上げた。砲身が歪み、機能不全に陥る。戦車を駆け上がると上部搭乗ハッチに銀色の貫手を差し込む。恐るべき鋭さの貫手が鋼鉄の装甲を貫通し、人智を越えた怪力が隙間をこじ開ける。


 陸軍の九七式手榴弾を取り出した男は口で手榴弾のピンを引き抜き、ハッチの中に放り込む。



 ハッチの中から悲鳴のような叫び声が聞こえたが、無視して男は戦車から飛び離れる。走り地面に伏せると、直後戦車内に放り込んだ手榴弾が爆発し、内部から誘爆。T-34戦車は爆発炎上と共に行動を停止した。


 戦車の爆発から逃れた蘇りの男であったが、眼前にはソビエト兵士たちの姿が――。




 その時、横から機関銃が掃射され、ソビエト軍の兵士たちが悲鳴をあげながら次々と絶命した。



「よう霊銀、無事か?」


 ――霊銀と呼ばれた蘇りの男は、ソビエト兵士を撃った男を見た。そこには別の皇軍にほん兵が立っていた。常人の感性にしてみれば彼の右腕は極めて注目すべき形態を取っていた。その右腕は異形の形となっており、前腕が短機関銃に変形している。


「当然だ」

 霊銀は答えた。彼と共にある異形の右腕の男は「呑龍どんりゅう」と呼ばれる兵士だ。無論、「霊銀」も「呑龍」も彼らの本名ではなく、魔術名……いわば愛称のようなものだ。


 ただ特筆すべき事ととして、一般兵が伊達や酔狂でこのような名を名乗っているわけではない。彼らは二人とも人を越えし力と超常の力とを手に入れた半神にも等しい存在であり、それらの力を戦争の武器として行使する者たちである。



「ハア、この国もいよいよとなっちまったな」

 煙の立ち昇る平野を見て、呑龍がぼやく。


「阿呆が、勝手にこの国を終わらすな。日本は終わってなどいない」

 霊銀は眉間にしわを寄せ、不快感を露わにした。


「陛下のお言葉を聞かなかったのか? 戦争は終わった。日本は負けたんだよ」

「知っている。だがそれこそ馬鹿を言え」

 霊銀は敵軍の飛行機の飛び交う空を見て言い放った。

「戦争は続いているだろうが」




 1945年 8月15日

 多くの者が戦争を終わったと認識したその日、戦争は終わらなかった。




 アメリカとの戦争が終わる数日前、当時のロシアであったソビエト連邦は終戦直前であったにも関わらず大日本帝國に対して宣戦を布告。


 当時の実質的領土であった満州国や朝鮮半島はソ連軍の侵攻を受け、多くの民間人に被害をもたらした。


 また満州や朝鮮半島同様に北海道もソ連の標的とされ、日本軍の残存勢力はポツダム宣言の後も本土防衛のための戦いを強いられることとなった。




 ――――樺太からふと島南部、今日ではその名を完全に奪われ「サハリン」となってしまったその地で、最後の戦いが行われていた。



「ここが最後の戦場になるかもしれんなあ」

 呑龍は伏せると左腕を小銃に変形させ、敵兵士たちを狙撃し始める。戦争の一方は終戦を望まず、尚戦いを続ける者たち。もう一方は、終戦を受け入れきれず、そして受け入れる事さえ許されぬ立場に置かれた者たち……。



 戦争は終わった。されど霊銀と呑龍は退けぬ。


 まだここでは戦いが続いているからだ。

 ここは日本の土地であるからだ。


 そして、二人の背にはソ連参戦に伴う緊急疎開によって北海道へと逃れようとする四十万人の民間人の命が存在するからだ。



 敵兵の死体から銃を奪うと、霊銀も敵兵を撃った。


 霊銀は民間人の命に頓着とんちゃくを抱かぬ人間ではあったが、それでも腹が立った。戦争に負けたという事実も腹立たしかったし、何よりこの土地は、自分達日本人の土地であるからだ。



 二人とも精確な狙いで敵兵を仕留めていったが、一人倒せば二人、二人倒せば四人共産主義者が増え、敵兵の数はまるで尽きなかった。


 その中で動きの良い敵兵が二人。霊銀と呑龍は共に敵兵を狙撃したが、その二名は銃弾の軌道を読むと、それを見事に回避した。


 二人のソ連兵士はすぐに間合いを詰めると、一人は氷の盾を手に、一人は巨大なハンマーを手に霊銀たちに襲いかかる。



 ――――衝撃。だが立ち上がった霊銀は巨大なハンマーの一撃を見事全身で受け止め、呑龍も氷の盾を蹴って間合いを取る。


 呑龍は二人のソ連兵を見る。彼らの人種特有の蒼い瞳が確認できるほどの距離であったが、その瞳の色が水色や赤色に変色し、輝くのを見た。



「霊銀、こいつら異能兵だ」


 ソ連兵士の左のフックパンチが霊銀を捉える。霊銀は差し込んだ腕と首の力で衝撃に耐えた。

「呑龍、お前はそいつを殺れ。俺はこっちを殺る」


 そう言うと敵兵士の金的を蹴り上げると同時、鳩尾みぞおちに拳を叩きこみ下がらせる。霊銀は首をポキポキと鳴らし、無手で構える。彼の持つ”超常なる力”によって、彼の首から上も四肢同様、光を反射する銀色の金属体へと変質してゆく……。



 霊銀の瞳は赤く輝き、ソ連側の超常の兵士を睨む。



 ソ連の超常兵は巨大なハンマーを振りかぶり、銀色に染まった霊銀は敵めがけて大きく踏み込んだ。





 ――――ここで「霊銀」という人物について軽く触れよう。彼は非常に独特な人物だ。彼は道徳モラルや正義とは最も遠く、そしてそれを見た事もない幽霊オバケのようにさえ扱う男で、21世紀の人間の価値観はおろか、当時の帝國臣民や帝國軍人の価値観からも大きく逸脱するような、異質極まる人物であった。


 「霊銀」とは善人とは到底言い難い人物で、その思想や行いは平均的に見れば「悪」の側に限りなく近い。これから追う人物は、そういう男の話だ。



 だが彼は一つ、何人にも否定できないものを持っていた。

 それは強さだった。彼が何者になることを望んでいたか、


 いいや、あるいは彼が何者であったにしろ、図らずにしろ――――少なくともあの夏のあの瞬間、北海道へと避難する多くの人々が霊銀という男を必要としており、彼は図らずとも戦いという行為によってその願いに応えた。


 人々のほとんどは彼を記憶さえしなかったが、それでも僅かな者は彼をこう読んだ。



 軍神、あるいは…………英雄と。






☘ 「暗黒街のヒーロー」シリーズ

A Tear shines in the Darkness city.


● 外伝 「鈍色の戦鬼」

DarkGray Warmonger (ダークグレイ・ウォーモンガー)


第一章【戦争狂ウォーモンガーたちのアンコール】

第一節【終戦(カーテンコール)】

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