22 ~移動時間、ひとときの平穏~

◎◎



 それからすぐに準備を整えて、あたしたちは摂津へと向かうことになった。

 事情を知った、知ってしまった景麟くんは(あたしに夜這いをかけた罰も含めて)保名亭の管理を担ってくれることになった。

 加茂さんはがあるらしくって、残念ながら現状最大戦力である彼の同行を願えなかった。

 ただし、本人曰く、


「私はあくまで黒子。今回に限っていえば、端役はやく以下の雑用係に過ぎない。本来なら舞台に上がることもなかった者だ。だから、すべては君たちの双肩にかかっている」


 と、嘘だか本当だか判断のつかないセリフを言い残していった。

 なので、摂津行きの面子は、あたしを含めて、保名さん、在雅さん、そして――白拍子、八咫姫さんの、4人で向かうことになったのである。


 で、そんな摂津――大阪へと向かう、マジカル☆牛車の内部でのことだ。


「…………」


 八咫姫さんと在雅さんは、同じ牛車に乗って先を進んでいる。

 そのあとに続くこの牛車に、あたしと保名さんは、並んで乗車していた。

 摂津を目指す、保名さんの表情はどことなく硬い。

 そりゃあ、父親のかたきであり、いまの境遇に自分を追いやった――ひいてはいずれあたしたちを殺すとまで予言されている憎っくき怨敵をとらえにいこうというのだから、緊張するのは解るし、気負わないほうがむしろおかしい。

 でも、あたしは彼に、そんな顔をしていてほしくなかった。

 いつものように、微笑んでいてほしかった。

 だから、気分転換でもしてもらうつもりで、ひとつの問いを投げたのだ。


「ねぇ、保名さん」

「なんでしょうか、信田姫」

「あたしには、嘘をつかないって、保名さん言いましたよね。あれ、嘘じゃないですよね?」

「はい。天地神明に誓って、私はあなたに、嘘は申しません」


 へー。じゃあ。


「あの八咫姫ってひとと、本当はどういう関係なんですか?」

「ぶほっ!?」


 ……噴き出した。

 あのいつもクールに決めてすかしている保名さんが、すごい表情で噴き出した。べつにお酒を飲んでいるわけでもないのに。

 物珍しい様子の彼をじっと観察するあたし。

 その視線から気まずそうに眼をらす保名さん。


「あ、え……信田姫、私は別段なにも」

「保名さんになくても、あのひとにはあるでしょう? 八咫姫さんが保名さんを見る目は、幼馴染がどうこうじゃなくって、完全に女が男を見る目じゃないですか」

「う、ぐぐ……」

「保名さん。重ねて、問います。あのひとと、本当はどういった関係だったんですか?」

「…………」


 瞑目し、そうして天を仰ぐ彼の表情は、もはや悟り染みたなにかに満ちていた。

 その普段は血色のいい口唇こうしんが、躊躇いがちに、かすかに震えながら、開く。


「……です」

「はい」

「……を、預けた相手です」

「なんです?」

「…………」


 彼は羞恥に顔を染め、両手で覆い、蚊の鳴くような声で、まるで初夜を恥ずかしがる乙女みたいに答えたのだった。


「彼女は、私の幼馴染で……そして、その……私の……純潔を、預けた相手です……」

「…………」


 あー。

 えっと。

 それは、つまり。


ふでおろしをしてもらったと」

「じょ、女性がそのようなことを口にしてはなりません!」


 いや、仮にも平安貴族である保名さんにだけは言われたくなかった。


「……でも、なんか安心しました」


 あたしは、そっと微笑み、胸をなでおろす。

 そう、安心した。

 そんなことなのかと、その程度なのかと、笑うことが出来た。

 だって、あの人、とても深刻そうにいうのだもの。

 まるで自分が、誰よりも保名さんを知っているとでも言いたげな顔で、このひとのことを語るのだもの。

 身構えていたけれど、その程度なら。


「それなら、いずれあたしが勝ちます」

「……は?」

「なんでもないですよー」


 あたしは彼の肩に頭を預けながら、鼻歌交じりにそう言った。

 保名さんはまた、だけれど今度は少し違った感じで、その顔を赤くしていた。

 触れ合う距離は、とても近く。

 彼の心臓の音さえ、聞こえてきそうだった。



 ……重ねていうけれど、あたしたちはお酒を飲んでいたわけじゃない。酔ってやった蛮行なんかじゃない。

 あたしは、あたしの想いで、やりたいように行動をしただけ――なのだから。

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