第22話 鳳2

鳳は、目の前の刑事達が自分を逮捕しに来たと告げた時、一気に青ざめた。そしてそれは、逃亡という形に替わった。しかし、既に囲まれていた鳳には逃げ場はなく、直ぐに逮捕され、そのまま連行されてしまった。

鳳の逮捕は、本人以上に鳳の家族が驚いた。一家の大黒柱が、突然来た警察に逮捕された。被害者として事件の協力の為に迎えに来たのではなく、事件の犯人として逮捕し連れていかれた。しかも警察は、家族が見ている前で、家族を無視して、逮捕し連行していった。残された家族は、自分達の現実にはあり得ない事が目の前で起きて、ただただ混乱するしかなかった。

鳳は連行された警察署の取調室で、初めて自分達の計画が失敗した事を知り、その場で力無く崩れた。そして鳳の顔は、一気に老けていった。それは他人が見ても判るほどの変化で、人間が醜い妖怪に変身するような老け方だった。

取り調べを担当していた複数の警察官らは、あまりの変貌ぶりに、目を見張った。職業柄色々な人間を見てきたが、たった数秒で別人になる人間を見たのは、殆んどが初めてだった。ただ、この中で一番警察官の職歴の長い雁刑事だけは、表情は驚いていたが、頭は冷静だった。

「よほど、自分達は失敗しない、と思っていたんだな。」

雁刑事は2回手を叩いて、驚愕して止まっている他の警察官達を目覚めさせた。その音を聞いた雁刑事以外の警察官達は、気になりながらも、各々の立ち位置に戻っていった。しかし鳳だけは、廃人のように崩れたままで、微かに口が開いたようだった。

「…その華がどんなものかは知らないけど、華は咲いたら、散って種を残す物じゃないかな?」

雁刑事が、呟いた。周りの他の警察官には、雁刑事が意味不明の独り言を言ったようにみえた。だがその一言が、廃人となっていた鳳を反応させた。鳳は、頭だけを雁刑事の方に向け、何かを言いたげに雁刑事を見つめた。その動きに、雁刑事を除くその場にいた警察官は、また驚かされた。雁刑事は、今度は周囲の反応を無視して、鳳に話しかけた。

「先程あなたが呟いた、『散らない華を咲かせる。』、志しとしては立派だと思いますが…やはり華は、散るものですよ。」

そこまで聞いて鳳は、目で否定を訴えた。それが伝わったのか雁刑事は、更に言葉を繋げた。

「人にせよ華にせよ、生きているものは、不死も不滅も不老も不可能ですよ。しかし善悪は別として、想いや証しは、残る可能性がある。受け継ぐ人やモノがいれば、それこそ永遠に残る可能性がある。これこそが、『散らない華』ではないのですか?…鳳さん、今回のあなた達の行動は、社会に何かを伝えるモノだったのですか?」

鳳は、雁刑事の話を聞き入っていた。涙を流すのを堪えながら、雁刑事の話を聞き入っていた。鳳の頭では、理解も納得もしていた。しかし鳳自身の経験が、涙を流すのを許さなかった。鳳は、その経験によって陥った自分の人生の転落を話した。

「私は、社会通念に則って、検察に協力した。その結果、私は銀行内での評判を悪くし、島流しになった。そこから返り咲こうとして、色々な無茶をした。なのに結果は、返り咲くどころか更に堕ちていき、現在に至る。」

雁刑事は、鳳の急な身の上話に一瞬戸惑ったが、何を言いたいか知る為に聞き入った。

「刑事さん。あなたの口ぶりでは、『落伍者の失敗は、後継者がいない事』、と言っているように私には聞こえた。これは、遠巻きに馬鹿にされたようだ。いくら我々が落伍者だからといって、そこまで言われなければならないのか?」

雁刑事は、先程までの廃人だった鳳が、生気を取り戻して事に気づいた。それを踏まえて雁刑事は、鳳に頭を下げて話した。

「馬鹿にはしていません。もしそう聞こえたなら、謝ります。しかし私は、こう思うのです。」

ここで雁刑事は頭を上げ、しっかりと鳳を見据えて、話を続けた。

「人間は誰かと繋がり繋がれ、誰かに何を授け授けられ、誰かに感謝し感謝される。そうして円を作って、更に円と円が結ひ結ばれて、社会が作られていく。けどその中で、自己中心的な存在が現れると、円は崩れて別の形になる。しかもそれが、時には社会として成り立つ事がある。その中に組み込まれた人間は、とても辛い。しかし、そんな社会の中でも、小さいながらも円を作って、幸せを共有している人々がいる。あなた達もその社会に幸せなる為、行動を起こした。しかしそれは、自分勝手に他の円を崩す行為だ。それが社会の歪みの証明と言われれば、その通りだろう。しかし私は、その円を守る公僕として、社会に尽くしている。例えあなた達がこの社会の犠牲者だとしても、他人の幸せ崩す事は、許されない行為だ。仕方なく行った言うならば、その行為に対しての埋め合わせをする必要がある。だからあなた達は、これから罪滅ぼしをしてもらいます。歪な社会の中でも、円を作り、幸せを共有している人々の為に!」

鳳は、たじろいだ。目の前にいる刑事の信念とこれから自分の身に訪れる贖罪の日々、そして子供でも知っている忘れていた常識に圧倒され、畏れてしまった。そして鳳の胸の内が、言い知れぬ感情に充たされ、胸の内に収まりきれないモノが、鳳の目から溢れ出た。鳳はそれを何度も拭ったが、止まる事無く溢れ出続けた。雁刑事は、その様子を見て鳳に、「無理をする必要は、ありません。」と声を掛けた。それが引き金となり、鳳は、赤ん坊のように泣きじゃくった。

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