第17話 天

ガードマンの天見の瞳には、職場の天井が写されていた。そして、過去を思い出していた。

子供の時に見た制服姿の警察官に憧れて、高校卒業と同時に警察学校に入り、それから約6ヶ月後に地元の交番に配属なり、以後定年まで大きな活躍も大それた問題も無く、無事勤め上げた。私生活もごく平凡で、30歳でお見合い結婚、その後2人の子宝に恵まれ、その2人もそれぞれ独り立ちをした。後は妻と老いて逝くだけだったが、それは突然、粉々に砕けた。

如何にも不審人物と言っている立ち姿に、声を掛けようとした瞬間、真正面から衝撃を受け、そのまま後ろへ飛ばされて壁に叩きつけられ、気を失ってしまった。そして気がついて起き上がろうとしたが、身体が全く動かなかった。手足の指も唇も眼球さえ、自分の意思で動かせなかった。

何故そうなってしまったのか。原因を探る為に天見は、先程起きた出来事を思い返そうとした。けど頭に浮かんできたのは、自分のこれまでの人生で経験した事ばかりだった。そして天見は、これが人生の最後の瞬間に見る人生の走馬灯たと気づき、同時に自分が不審人物に銃で撃たれた事を思い出し、自分が死を迎える事を悟った。

天見はもう一度、身体を動かそうと試みた。しかし今度は身体全体ではなく、右腕だけを動かそうと集中した。ほんの数キログラムを数秒間、数センチだけ動かすだけなのに、現在の天見には、数トンを数時間、数キロ動かすように思えた。それでも天見は、正に文字通り命と引き換えに、やり遂げなければ為らなかった。

「妻に、お礼を、言わなくては・・・」

天見は、死ぬ前に必ず妻にお礼を言って死ぬと、心に誓っていた。彼女は、警察官の自分と結婚したばっかりに、人並み以上の面倒事を押しつけながらも、離婚もせずについてきてくれた。昔気質の亭主関白の自分に、文句の一つも言わず、今日までついてきてくれた。そんな妻に、一言も感謝を告げずに去るのは、自分でも礼に欠けると思う。だから、最後にお礼を言って別れたい。自分の人生は、妻あってのものだから。天見はそう思いながら、右腕を動かそうと必死になった。

そしてついに、右腕を動かす事ができ、目的の場所に移せた。その後、掌でそこを押した。そして妻の声が天見の耳に入ってきて、天見は、「ありがとう」と呟き、息絶えた。

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