第12話

奇声を上げて宣言したサラリーマンに対して、鶏冠井は、賞賛した。

「素晴らしいです!、私は、貴方の気持ちを尊重します!!」

鶏冠井は同士を得て、更に勢いついた。

賛同する人間が一人現れば、それは活力となり、自分の行動に拍車がかかる。拍車がかかった行動は、更に賛同者を呼び寄せ、新たな活力となり、行動も更に勢いを増す。そうして集団となった行動は、より大きくなった力を正義や総意などと位置付け、少数派を弾圧し始める。鷹田の頭には、どこかで見聞きした集団心理の一節が浮かんだ。そして宥める為に、サラリーマンに「アンタ、落ち着きなよ。」と声を掛けると、奇声を発した勢いがそのまま鷹田に降りかかった。

「アンタじゃない!、僕には、雛形という名前がある!!。余裕ぶって大上段からモノを言うなよ!、アンタ!!」

雛形の勢いに鷹田はたじろいてしまい、「すみません。」と謝った。しかし、その鷹田の謝罪が、雛形を余計に興奮させた。

「上っ面の謝罪なんかいらねえよ。謝罪する時は、ちゃんと心を込めて謝罪しろ!」

言われた鷹田は、直ぐに立ち上がり、気をつけの姿勢を整えた後、「すみませんでした。」とお腹から声を出して、最敬礼の謝罪をした。その姿は、見事としか言い様がなく、やらせた雛形も「座れ。」と一言だけ言って、鶏冠井の元へ行った。鶏冠井は、近付いてきた雛形を更に褒め称えた。

「興奮していても雛形さんは、引き際を読めるのですね。本当に素晴らしいです。そんな雛形さんが味方なってくれて、私はとても安心します。」

雛形は、少し照れ臭そうにした。雛形自身、そういう台詞をあまり言われた事がないので、くすぐったかったからだ。その気持ちを誤魔化す為に、雛形は、他の人間にも声を掛けた。

「さぁ、他の人はどうする。人生を変えれるチャンスを、生まれ変われるチャンスを掴まないか!」

すると、鳳が手を上げた。

「元々、お客様に銃を向けた私には、選択肢は無いからね。」

そう言って、鶏冠井の近くに行った。それが切っ掛けとなり、学生風の男、可愛い女性行員も鶏冠井の隣に立った。残ったのは、鷹田と気を失っている鳩山だけとなった。

「何を迷っている!」

雛形が、鷹田に問い掛けた。

「アンタ、今の人生に満足なのか?」

鷹田は、頷くだけだった。それを見て雛形は、また喰ってかかった。

「それは嘘だ!アンタは、自分の人生に不満を持っている!!その証拠に、アンタの今の顔は、生き生きしているよ!」

そう言われた鷹田は、思わず自分の顔を触り戸惑いを表した。その鷹田に雛形は、畳み掛けるように、更に深く喰らいついた。

「僕は、振り込め詐欺の回収係、所謂出し子をやらされていた。知ってるか?、最近は、一度か二度別の口座に移し変えてから回収するんだよ。そしてその口座は、出し子の名義で作られる。僕がここに居たのも、その為だった。リストラされ、犯罪者の手下になってしまって、自分の人生は終わったと思って日々を過ごしている時、今日突然、変化が起きた。初めは生来の遠慮深さも相成ってオドオドしていたけど、鶏冠井さんが、そんな気持ちを叩き潰してくれた。『人生に散らない華を咲かせる』。いい言葉ですね。アンタはこの言葉、心に響かなかったのか?」

鷹田も正直、その言葉に惹かれるものを感じていた。しかしそれは、鷹田が求めていたものとは違う気がした。その事を正直に雛形に伝えると、雛形は、反論した。

「要するに、アンタは中心になれていないこの状況に対して、拗ねているだけだろ。だったら、この後になればいいさ。人生を好転させて、どこか別の何かで中心になれば良いじゃないか。アンタにとって現在のこの状況は、鶏冠井さんが言っていた『人生で散らない華を咲かせる』一段階のひとつと思えば、納得もいくだろう。」

雛形は、『人生で散らない華を咲かせる』という台詞が余程気に入ったみたいで、もう一度、今度は力を込めて言った。そんな雛形を見て鷹田は、冷静になれた。そしてひとつの提案をした。

「私は、君たちの邪魔はしない。しかし手伝いもしない。それで手を打たないか?」

「傍観は、認めないわ。選択肢は、協力か・・・」

鷹田の提案に対して、鶏冠井が素早く否定した。すると鷹田は、すかさず反論した。

「だったら鳩山さんは、どうなんだ?。後ろからいきなり殴れ、気を失なわせた鳩山さんは、どうなんだ?」

「この人、は既に選択していたわ。」

鷹田の反論に鶏冠井は、悪びれもせず答えた。

「この人は、『破れかぶれになったら、自分で自分を否定する。』と言った。そして私達のこれからの行動は、博打。言わば、破れかぶれの行動。自分を否定したくないなら、答えは、自ずと出てくるわ。」

「じゃあ、殺しますか?、僕達を。」

鷹田も、鶏冠井の態度に負けじと、堂々と質問を返した。一触即発の事態に陥りそうなその時、鷹田の衣服が引っ張られた。

「鷹田さん、私達の負けだよ。ここは、従おう。」

意識を取り戻した鳩山が、鷹田に言った。鷹田は、「大丈夫ですか。」と声を掛ながら、鳩山を起こした。鳩山は、手を振って大丈夫な事をアピールした。そして、鷹田にもう一度言った。

「私達の負けだよ。ここは、大人しく従おう。」

「鳩山さん、どうして・・・。」

「少なくともこの人は、覚悟した上で行動している。しかも冷静にだ。こういう人間に対して、自分に迷いがある人間は、どう足掻いても勝てないよ。」

鷹田は、鳩山に心を見透かされた、と思った。そして、悔しくなった。その気持ちが、手で空を握るという形になって現れた。そこに鳩山が手を添え、鷹田を宥めながら、鶏冠井の提案を受け入れる事を言った。

「私も参加するよ。」

その台詞を聞いて鷹田は、叛の言葉を呑み込んだ。ここで言っても、逆に相手の意識を頑なにするだけだ。鷹田はそう悟り、時期を待つ事にした。そして従順になふりをして、鶏冠井に聞いた。

「それで、君はどんな筋書きを考えているの?」

一方、鶏冠井と鷹田達のやり取りに取り残された雛形は、ある部分に違和感を感じていた。

「こんな感じだった?」

雛形は、死体となった二人を見ていた。鷹田とのやり取りを鶏冠井に割り込まれた雛形は、やり場のない苛立ちを抱えてしまった。その矛先を死体にぶちまけようとした時、苛立ちは、違和感に変わった。

「こんな感じだった?」

雛形は、その正体を調べようとした。しかし、雛形の耳に聞き逃せない話が入って来て、動作を止め、話に耳を傾けた。その先には、鶏冠井が話をしていた。

「筋書きは、こうよ。銀行強盗は二人組。一人は実行犯。しかし実は、オーソドックスのやり方で衆目を集める囮役。黒幕役は、事前にお客として先に銀行に来ていて、わざと取り残されて人質となり、陰でお金を集め、どこかに隠す。しかし囮役が急死して、計画が明るみに出て、私達が取り押さえた。」

「ちょっと待て。その黒幕役って、捨て駒だろ。誰にやらすつもりだ。進んで捨て駒になる奴は、ここにはいないと思うよ。」

鷹田は、鶏冠井の筋書きに難癖をつけるように質問した。鷹田は、無理があると鶏冠井達に思わせようと、マイナス面を敢えて指摘した。質問を受けた鶏冠井は、

「本当は、鳩山さんにしてもらうつもりだったの。けど、目を覚ましてしまったから・・・。」

と言って、考え込んでしまった。鷹田は、これは止めさせるチャンスだと思ったと同時に、声が上がった。

「捨て駒は、僕が引き受けるよ。」

言ったのは、雛形だった。鷹田は思わず、叫び声のような大声で、雛形に問い詰めた。

「何故?どうして、進んで捨て駒になる?!」

雛形は、聖人が迷い人に説くように、理由を語り出した。

「先程僕は、振り込め詐欺の出し子をしていると言いましたよね。実は出し子には、お金を持ち逃げされないように、監視役がついているのですよ。銀行の前に、厳つい二人組の男がいたの気づいてました?」

鷹田は、ハッとした。鷹田が銀行に着いた時、確かに強面の二人の男が銀行内の様子を見ていたのを思い出した。鷹田は、雛形に知っている事を伝えると、雛形は少し微笑んで、話を続けた。

「僕の場合、ここでお金を手にしても、そいつらに巻き上げられるでしょう。だったら警察に自首し、刑を受けてからの方が、確実にお金を手にする事が出来ます。」

「そう旨く行くのかな?」

雛形の話に今度は鳩山が、水を差した。

「実刑判決を下れば、短くても10年は、刑務所だぞ。何せ人死が出ているからな。」

鳩山は、どうだと言わんばかりに、雛形に言い詰めた。どうやら鳩山も、隙あらば計画を諦めさせるようにするつもりだった。鷹田は、鳩山が自分と同じ考えでいた事に、安心感を抱いた。同志がいる心強さを、鷹田はつくづく思い知らされた。しかし鳳が、鷹田や鳩山の思惑をかわした。

「10年は、無いですよ。せいぜい5年か6年でしょう。ガードマンの天見さんを撃ったのは、雛形さんではなく急死した実行犯ですから。それに捕まった雛形さんが、『人を死なせる気がなかった』、と言い続けたら、それを否定する材料は、存在しませんよ。」

「いや、ある。実行犯と雛形さんの接点は、今出来たばかりで、それ以前にはない。だから、否定出来る!」

鷹田は負けじと、鳳の言い分を封じようとした。しかしそれも、雛形によって失敗した。

「その時は、『振り込め詐欺グループに入った時に知り合った。』、と言いますよ。アイツらは今頃、逃げ支度の真っ最中で、警察が乗り込む頃には、既に存在を消してますから。」

「そんな事言ったら、振り込め詐欺自体、嘘だと思われるよ。」

鳩山が、またどうだと言わんばかりに言った。しかし先程とは違い、その台詞には慎重さが加わり、その分力強さがなくなっている、と鷹田は感じ取れた。逆に雛形の回答は、自信に満ちた回答だった。

「僕の頭の中に、幾つかの電話番号が記憶されてます。それを警察に伝えれば、振り込め詐欺が本当にあった事が、証明されます。」

鷹田は、焦りを感じた。鷹田や鳩山が指摘した計画の綻びを、雛形や鳳らが次々と消していったからだ。その気持ちは、沈黙と形で表してしまった。そこへ鶏冠井が、追い討ちをかけるように言った。

「因みに隠そうとしたお金は、現金ではなく小切手だから。かさ張る札束より紙切れ一枚の方が、隠しやすいでしょう。」

その台詞を聞いた鳩山は、苦虫を噛み殺すような表情し、鷹田も天を仰いだ。その姿を見た鶏冠井は、もう反論はないと判断し、計画の続きを言い出した。

「お金は、私が銀行のネットワークに組み込んだシステムを使って集める。1億円集めるのにだいたい長くて約3分掛かるから、約30分あれば、充分な金額が集まるわ。それから、分配など手続きで約30分。合計約1時間は、必要ね。」

「手続き?、何ですかそれ?!」

雛形は鶏冠井に疑問を投げ掛けたが、鶏冠井よりも先に鳳が答えた。

「口座を作る手続きですよ。勿論、偽名の口座です。」

鳳の回答に雛形は納得して、続きを言った。

「成る程。現金でも小切手でも持っていたら、嘘だとばれる可能性が高い。だから熱りが冷める迄、この銀行内で寝かせておく。」

「その通り。ただ、今回の強盗事件でこの出張所が閉鎖される可能性があるから、その口座は本店で作られた事にする。」

雛形の台詞に、鶏冠井が付け足した。そして鶏冠井は、強盗の作業を始めた。パソコンにケーブルやら機器を繋げ、使えるように画面上で設定を嬉々して設定を行った。鳳や雛形、それに学生風の男と可愛い女性行員が加わって、偽装の為の準備に取り掛かった。

一方、彼等を横目に鳩山は、打ちひしがれ、涙を流していた。自分が信じてきたモノが、何も出来ずに壊されていくのを、実感していた。鳩山は、鷹田を見てみた。鳩山と同じ気持ちになっていると思ったからだ。しかしそこにいた鷹田は、何かに注目していた。視線の先には、学生風の男がいた。そして鳩山は、鷹田が何を見ているのか気付いた。

学生風の男の胸ポケットには、小型カメラが起動していた。

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