第5話 鳩

鳩山は、憤慨していた。A銀行から融資の打ち切りを言われてからの10日間。自分が経営している工場の事業計画を見直し、それを持って銀行と再交渉してもいい返事は貰えず、また見直す。その繰り返しを三回も行った。

最初は、一方的に縁を切ろうとしている銀行に対する怒りに満ち満ちて事に当たっていたが、やがて怒りより疲れが勝ってしまい、全てを投げ捨てようかと思った。しかし鳩山は、踏み止まった。投げ捨てようと思う度に、自分よりも一回りも二回りも年下の銀行員達の憎たらしく営業顔を思い出し、また怒りを掻き立てて、事に当たった。

そして四回目の交渉に臨んだ。しかし、また渋い顔をされてしまった。もうお終いかと鳩山が思った時、聞き捨てならない一言が鳩山の耳に入って来た。

「低脳の汚れ仕事が、鬱陶しい。」

鳩山は、一気に憤慨した。祖父の代から続いた仕事を馬鹿にされた。子供の時に見た油まみれの自慢の父親を侮辱された。自分を信じ、今日までついて来た社員を貶された。鳩山は許せなかった。何十年分の垢と汗をたった一言で見下した目の前にいた男が許せなかった。その瞬間、鳩山は生まれて初めて、本能から来る殺意を持ち、持ったと同時に、目の前の男-支店長に飛びかかった。しかし鳩山が支店長の胸倉に触れた瞬間、一言でた止められた。

「金を出せ!」

声をした方を見て、鳩山は銀行強盗の来襲を知り、思わず成り行きに乗っかかってしまった。支店長が殴られた時は少し溜飲が落ちてスッとしたが、それ以外は緊張感で体内の色々な臓器が痛かった。しかしそれは、目の前の支店長の顔を見て止まった。支店長の口元が、ニヤリと笑っていたからだ。鳩山は、支店長が芝居をしていた事に気づき、再び殺意が湧き出た。しかし、支店長の後ろに見える男の存在が、鳩山の行動を抑止していた。この男が、鳩山を気にしているように見えたからだ。鳩山は迷ったが、意を決して、その男に声を掛けてみた。

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