08 マター、大地に立つ

 〇


『この際だ。ヴェルカとヴェルクを連れてきたことは不問にしよう』

「ありがとう」

『だが、スランドール都市内に着地した愚行は無視できない。……馬鹿なのかお前は』

「ひとっ跳びじゃ距離感掴めなくて」


 スランドールの裏路地を早足で進む。

 緊迫した面持ちで後ろを付いてくる双子を気に留めながら、レオンの胸元に戻った私は言ってやるものの、我が相棒は相変わらずどこ吹く風だ。

 完全に悪目立ちである。

 襲撃者にも我々の落下を見られただろうことは言うに及ばず、おかげで早々に移動を余儀なくされてしまった。

 レオンの跳躍の影響で顔面蒼白だったヴェルカたちを復活させるのは、苦労したぞ。


「まあ、やってしまったことは仕方ないよ。切り替えていこう!」

『それは私の台詞だ』


 とはいえ、確かにレオンに糾弾している時間がないのも事実だ。


「とりあえず、中央通りに行くよ」


 角を曲がり、喧騒のやまないスランドールの中心部、中央通りと呼ばれる商業空間に進路を定める。

 そこに、スランドールを救うためにまず私たちが排除すべき、障害のが存在した。


『レオン、どうするつもりだ?』

「……とりあえず全部消すよ。無事な人の避難もさせなきゃだし。途中でボスが出るなら好都合」

『やりすぎるなよ』


 上空で見たスランドールの現状は、ヴェルクから伝えられた情報とほぼ相違がなかった。

 建築物は倒壊し、出火による黒煙が空を覆い、人々は行く宛もなく我先にと逃げ惑う。

 情報として抜け落ちていた点といえば、そうなっている原因である。

 襲撃者が大暴れ。そんな単純な話なら良かったのだがーー


「ウガァァAAァa ァァァァ!」

「邪魔!」

「ガ!?」


 横手から飛び出してきた何者かを、レオンが殴り飛ばした。

 人の容姿をしていながら、まるで獣のように咆哮ほうこうを上げていたその存在は、勢いよく壁面に激突し、そのまま動かなくなる。


「マターさん、今のは何です!?」

喰従者ガーベッジだ』


 人ならざる人、喰従者ガーベッジ

 喰獣イーターが対象を捕食した際、同時に傷痕へと特殊な肉芽を植え付けることで誕生する、異形人だったものの総称である。

 食べ残されれば最後、傷痕からは喰獣のように牙と顎を持つ捕食器官が生え、増幅した獰猛さで眼前の存在をただただ襲う、厄災と化す。

 それらがこの都市の至るところで、住民や観光客を襲っているのだ。


「そんな化け物が存在すんのか……!?」


 ヴェルクが疑問を投げかけてくる。


『……知らんのか? いや、無理もないか。アレを作れるのは喰獣イーターでも上位種のみだが、実際に生み出されることは滅多にない。語り継ぐほどの戦闘情報が騎士団に無かったのだろうな』

「「え?」」


 私の言葉に双子の声が重なる。


『どうした?』

喰獣イーターの上位種?」

『そうだ。言ってなかったか。この街にいるぞ。……お前たち、厄介な連中に絡まれたものだな?』

「そんな他人事な」


 だが、今対処するべき問題は喰従者ガーベッジである。

 喰従者は喰獣イーターが作り出した存在であっても、当然だが、喰獣を倒せば消滅してくれるというような優しい存在ではないのだ。

 それぞれ処理していく必要がある。

 本当に、厄介な連中に絡まれたものだ。


「とまって」


 中央通りに出る直前の空間、その物陰に身を潜めながら、レオンがヴェルカたちに制止をかける。

 喧騒が耳をつく中、様子をうかがうべく身を乗り出せば、嫌気が差すほどに絶望的な情景が視界へと広がった。


『それなりに時間が経っているはずだが、まだ騒動も半ばと言った様子だな』


 スランドールにいるのは何も戦う術を持たない者だけではない。

 冒険者を始め、この狂乱に居合わせた戦闘に通じた者たちが非戦闘者を守るように喰従者ガーベッジたちと戦っている。

 だが、劣勢だ。低級喰獣に匹敵する強さまで肉体が変質する喰従者に、少々強いだけの奴らが苦難を強いられるのはおかしい話ではないがーーあれでは長く持つまい。


『どうする、レオン?』

「二手に分かれよう。このままじゃ王女様たちが何しでかすか、分からないからね」


 そう言って振り返るレオン。

 そこには焦りと己の無力さによる苦痛とで、複雑な表情をして戦況を見つめる双子の姿があった。

 なるほど。確かに、我慢しきれず戦いに割って入りそうな、無茶をしそうな顔をしている。


「ヴェルク、飛び出しちゃダメだよ?」

「わ、分かってらァ!」


 信用ならんな。


「まあ、とにかく。僕が人の避難と喰従者の一掃を引き受ける。何なら、ボスキャラも僕が始末しとくからーー」

『私にこいつらを守れ、というんだな』

「そういうこと」

『ならば、万事上手く行った時のために集合場所を決める必要があるな』

「どっかある?」


 レオンに言われ、私は考える。

 適所はあるだろうか。この地獄のごとき魔境で、安全に長時間、居座れる場所があるとは思えないが……いや、一つある。


『リャミィの店にしよう』

「以外で」

『選り好みしてる場合か! この事態だ。あそこ以外に頼れる場所はないぞ』

「かもだけど……」


 レオンの反応がかんばしくない。

 あまり行きたくないのだろう。

 目的地の店主、リャミィとレオンは、昔からノリが合わないからな。

 だが、行くしかない。この状況でも当たり前のように店は、恐らくあそこだけだ。


「……まあ、いいや。分かった。そこにしよう。二人もこの流れでいい?」

「い、いいですけど……」

「どこにあんだよ、その店は?」

「マターについて行けば分かるよ」


 首から私を外しながらレオンは言って、何かを探すように周囲に視線を飛ばす。


「あの店どっちにあるだっけ」

『向かい側だな。中央通りを横断せねば辿り着けない』

「じゃあ、好都合だ。ヴェルカ、ヴェルク。走る準備しといて」


 後方の二人に言うが早いかレオンは物陰から立ち上がると、ネックレス状の私を投擲するモーションに移行する。


「ぐわぁ!」


 時を同じくして、すぐ近くに喰従者ガーベッジに圧倒された戦士が一人吹き飛んできた。


「ゥGYぁAAA!」


 苦痛に顔を歪める戦士の横をレオンは短くステップし、追撃をかけようと駆けてきた喰従者目掛けて、私を力任せに投擲する。


『いきなりすぎるぞ、レオン!』


 しかし、もう起こされてしまった以上は対処せねば始まらない。

 理解して、というよりは本能で己に向かってくる私に、異形と化した右腕をを突き出してくる喰従者ガーベッジ

 私は自身の形状を変化させ、その腕に

 先程、盗賊相手に似たようなことをやった。あの時はナイフに変化したが、今度は手を抜く意味もない。


「グギャ!」


 喰従者になった者は助けられない。

 だから私は、その頭を一切の躊躇いなく蹴り飛ばした。

 そのまま喰従者から飛び降り、着地。

 形状を急激に変化させたことで高くなった視点を背後の双子に向け、私は叫ぶ。


『行くぞ!』

「「……」」


 だが、ヴェルカたちは動かない。

 否。動けないというほうが正しいか。

 ……どうやら、私の姿に驚いているらしい。

 何か不自然があっただろうか?


「ま。マターさん……ですよね?」

『そうだが?』


 特に奇妙なところはない。

 身長は180㎝程度。体型は筋肉質でスラッとし、いわゆるイケメンと呼ばれる部類の顔だと自負している。

 短く整えた銀髪。全身黒で統一したロングコートを翻し、佇む姿は、どこからどう見ても、人間である。


『急げ。私について来い』

「その前に状況について行けないんですけど!?」

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