05 伝承シャノワーレ

『通過儀礼? ……それは、アレか。人生の節目に行われる儀式のこと、だったか?』

「はい。王が王になるための旅。それを為すことがわたくしたちの真意です」


 シャノワーレの王家は齢十六を迎えると、代々の決まりとして旅に出るのだと言う。

 その旅を無事に終えた時、次世代の王は王となることを認められ、シャノワーレの未来を背負う。


「本来は一人で行うものらしいのですが、わたくしとヴェルクは双子なので、二人旅ということに」

『意外にルーズなのだな』

「それがシャノワーレの家風ですから」

『……実に襲撃しやすいタイプだ』


 現状にも納得出来る。


『それはそれとして、ヴェルカ。疲れはないか? スランドールまでまだ距離があるが。疲』

「お気遣いありがとうございます、マターさん。平気です。想定の範囲内ですから、今はまだ問題はありません」

『ならばいい』


 話は十数分前に遡る。

 ……いや、遡る程のことでもないか。

 早い話、我々は移動手段がたまたま通る可能性を切り捨て、スランドールまで歩くことを選択したのだ。

 故に、本来なら落ち着いて話すべき内容も道すがらとなっていた。


 原因となった馬車の逃走に絡んでいる上、レオンの首からぶら下がっているだけの私としてはレオンに抵抗されると弱かったのだが、今回は奇跡が起きた。

 レオンが起きて歩いている。

 普段なら私に丸投げして寝ていることを考えれば、上々だ。


『そういえば、旅の目的地をまだ聞いていなかったな。スランドールから先、どこへ向かう?』

「それは……」


 私はヴェルカへの質問を続ける。

 しかし、彼女はその問いにすぐには答えず、逡巡しゅんじゅんする仕草を見せる。

 何事かと思えば、何のことはない。危険がないかを確認するように周囲へと視線を飛ばし始めたのだ。

 律儀な少女である。心配しなくてもここには私とレオンしかいないというのに。


「ごめんなさい。ですが、どこで誰が聞き耳を立てているとも限りませんので」

『分かっている。油断して尖兵に情報を盗まれては何の意味もない。当然の反応だ』


 だが、我々とて依頼を引き受けた以上、必要な仕事はやっている。

 お姫様の手をわずらわせては護衛の名折れだ、というのも理解してもらいたい。


『……だろう? レオン』

「うん。残念ながら近くに妙な気配はないよ。ヴェルクが先に行きすぎてるくらい」

「……弟がごめんなさい」


 苦虫を噛み潰したような表情をするヴェルカだった。

 その顔に、先程の光景が思い出される。


 現在、この場にヴェルクはいない。

 お姫様抱っこの羞恥に堪えられなかったのか、移動手段がないのをチャンスとばかりに、一足先に行ってしまったのだ。

 襲われたいのかもしれない。

 今度はどんな辱しめと共に助ければいいのか、今から楽しみでならないな。


「ヴェルクのことは今はいいです。それより話を続けましょう」

『お前がいいなら構わないが……』

「ありがとうございます」


 微笑みと小さな会釈。

 落ち着きを取り戻すように深呼吸を続ければ、それで切り替えたらしいヴェルカが、私とレオンを一瞥いちべつし、口を開く。


「〝王刃の谷〟へ向かいます」


 聞かない名だった。

 この国の地図は頭に入れているつもりだったが、どうやら私もまだ甘い。


「ご存知ないのは無理もありません。これは王の直系にしか知らされない名称ですので」

『そうなのか』

「まあ、わたくしたちも先日聞いたばかりなもので詳しくは分からないんですけど。位置も曖昧ですし」

『……何?』

「前途多難です。ふふん」


 何故ちょっと誇らしげなのか。


「いえ、これが困った話でして。スランドールを北上した先に荒野が広がっているのをご存知ですか?」

『〝不毛陣地〟のことか?』

「そうです。何をやっても草木の生えない敬遠されし魔境。そこが私たちの正確な目的地になります」


 ……〝不毛陣地〟ならば合点は行く。

 敬遠されし、とヴェルカは他人事のように言ってはいるが、初代シャノワーレ王にこそ不毛の地となった原因がある、とされているからだ。


 今は昔。まだシャノワーレという国が確立されていなかった頃、大規模な戦があった。

 当時敵対していた二国によって戦いの火蓋が切られ、多大なる犠牲を出しながら、しかし、最短での決着は付かなかったと聞く。

 そして、長きに渡る戦いの末、二国が最終的に陣を敷いた場所、その地こそが現在の〝不毛陣地〟だ。

 何度目になるかも知れぬ激突。

 その争いに終止符を打ったとされるのが、アルフベル・シャノワーレ。

 後の初代シャノワーレ王である。

 彼は戦後、疲弊した二国を纏め上げ、王として君臨したという。


『それはおかしいだろう』


 文面に不自然な点はない。

 ここで問題となるのは、内容だ。

 アルフベルが、勝利したのかが不明なのだ。

 現在まで語り継がれる伝承を総括すれば、大地が不毛となるほどの何かを彼が行ったことは疑いようがない。

 だからこそ、ヴェルカたちの目的地が〝不毛陣地〟であることに私は違和感を覚えない。違和感は、別のところだ。


『あそこに〝谷〟はないはずだが?』

「前途多難です。ふふん」


 だから何故ちょっと誇らしげなのか。

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