外伝2 アズールとリーノの戦闘力

 島田先輩はニヤニヤするばかりで、ルベールさん?のことは全く説明してくれない。俺の反応を見て楽しんでいるようだが、こんな人だっただろうか。何かあったのかもしれないなあ。


「島田先輩。どうしたんですか?先輩らしくないですよ。その変なテンションとか特に」


 そうだ。島田先輩はもう少しだけ冷静で慎重な人だったはずだ。浮いた話も無く黙々と仕事に打ち込むような人だったはず。


「え?俺はいつもどおりだよ。和田君。はっはっは」


 明らかにおかしい。なんだろうこれは、壊れてる?


「和田。島田は衝撃映像で今トリップしてるのよ」


 妖精さんが島田先輩の頭をポンポン叩いて微笑んでいる。


「そうだ。シルフ、ルベール。和田君にもあれを見せてあげてくれたまえ」


 口調がおかしいって!と突っ込みを入れようとした時だった。つま先から頭まで、何かピリっとしたものが駆け抜け意識が遠くなっていく......



 目覚めるとそこは戦場だった。俺は空中の高い位置から戦場全体を見下ろしていた。何がどうなってるのか全く分からない。

 自衛隊の皆さん一個小隊50名が整然と整列している。余り詳しくはないが、体を覆うパワードスーツに、迫撃砲、大きな砲身を見せる対戦車砲に5台のトラック。それに対するは一人の異形の少女。

 体型的には10歳くらいの少女に見えるが、明らかに人間ではない。着込んでいる玉虫色の硬質なスーツはともかく、顔が人間のそれではない。

 蝋を薄く塗ったような、薄い青色の肌。アーモンド型の二つの瞳は瑠璃色で、薄い瑠璃色のまつ毛に、頭髪。眉毛はなく、眉の位置には平安貴族のような黒い斑点があった。口の形は人間そっくりで、歯らしきものも見える。

 何より特徴的なのが、頭部上部からはえる触覚だろう。触覚は左右に二つあり、青と黒のストライプで長さも20センチほどある。この青と黒のコントラストは日本の昆虫ルリボシカミキリを想起させる。


 舞台は平原で、視界を遮るものは一つとして無い。

 自衛隊の指揮官らしき人物が片手を上げると、小隊全員が一斉に銃を構えただ一人の少女に狙いを定める。


 しかし、少女は視界から消える。


 と、不意に指揮官の頭が落ちる。


 困惑する小隊は次々に首が落ちていくのだ。何が起こっているのか全く分からないが、少女が何かやっていることだけは分かる。

 目に捉えられないほどの速度で疾駆し、自衛隊の皆さんをバッタバッタと切っているのだ。


 やがて動くものがなくなった戦場の中央に佇む少女。返り血で染まった玉虫色のスーツが生々しい。手から何かブレード状の鞭が出ている。あれで切り裂いたのだろうか。



「どうかね?和田君。素晴らしい映像だっただろう。心配しなくても全てシュミレーション映像だ。誰も死んでいないから安心してくれたまえ」


 急に視界が切り替わり、クラクラする頭で島田先輩の言葉を聞く俺であったが、先ほどの少女については聞かなければならない。


「あの少女風の生命体は何者なんですか?」


「実はね。和田君。ホープの生命体なのだよ」


 ホープの生命体?あれは明らかに知的生命体じゃないか!そんな大発見を秘密にしている?何故だ。


「島田先輩。あの少女って明らかに知的生命体ですよね?」


「この事実は極秘事項だ。口外しないように」


 ブルブルと震える島田先輩。島田先輩は何かを思い出しながら語り始めた。彼の表情は何かに怯えてるようで落ち着かない。



――少し前のことでした


「島田?アズールとリーノの身体能力を知りたいって?」


「一応ね。俺が弱い弱いと言われているからさ。あの二人がどれほどのものか見てみたいんだよ」


 俺だって全く上達しないが、第二エネルギーを少しは使えるのだから普通の人間よりちょっとはましなはずだ。先日アズールとリーノはシルフ協力の元身体能力測定に協力してくれたのだ。

 どのような測定が行われたのかについて俺は把握していないが、シルフのことだからきっと完璧に測定したのだろう。

 測定結果を聞こうとすると、シルフは誤魔化し続けていたのでしつこく聞いていたのだ。ついにシルフが折れて、あるシミュレーション画像を見せてくれることになった。


 その映像は、対戦車部隊用の小隊とアズールの戦闘シミュレーションだった。

 バッタバッタと倒れる自衛隊の皆さんに、俺は開いた口が塞がらなかった。何よりアズールの動きが早すぎて視界に捉えることができない。

 ものの10分ほどで小隊は全滅し、戦闘は終了した......


 小隊の歩兵はパワードスーツという身体能力を強化する厚さ2センチほどの鎧を装備している。パワードスーツを装備することによって、人間の身体能力はおよそ1.5倍まで向上する。

 同じ映像をスローモーションで見せてもらった際には軍事用ゴーグルのおかげか、なんとかアズールを視界に捉えてはいるようだったが、超接近戦用の構えをしていなかったので為すすべもなくやられてしまったようだ。


 アズールは手のひらからブレード状の鞭を出して戦っていた様子で、カミキリムシに例えるならあれが葉を切る刃なのだろう。

 切れ味は凄まじく、パワードスーツで守られた首ごと切り裂いていた。切れ味を見る限り、単分子ワイヤーと呼ばれる武器で切ったときのような切り口だった。

 単分子ワイヤーについては、詳しく分からないが目視できないほどの細い糸状の武器で、切れ味が凄まじく見えないほどの細さの糸であるにも関わらず鉄板を容易に真っ二つにするほどの威力だ。


 正直、ここまでものすごいとは思ってもいなかった。


「島田。唖然としてるところ悪いんだけど。アズールは草食よ」


 アズールは草食。そうだ、そうだった。アズールは草食なので、戦闘能力はホープ基準で言うと大したことは無いはずだ。

 今は知的生命体として道具を使用できるので、大概の猛獣にはやられないだろうが食性的に戦闘に向いているとは思えない。

 それでこのパフォーマンスなのである。


「こんなのに襲われたら、一瞬であの世だな」


 俺の正直な感想だ。敵対した瞬間にあの世直行だろう。


「リーノのも見る?リーノ達も肉食寄りの雑食とは言え、家畜を育てるくらい大人しい種族よ」


 見たくないが、見るしかないだろ。ああ、映せ映すがいいさ。


 次に映ったのは戦車小隊だった。戦車が三両に、対人ヘリが二機。歩兵も全てパワードスーツに包まれている。対するリーノは無手だ。シルフ曰く普通にやると全く勝負にならないらしいので、歩兵にはサバイバルナイフと紫外線スコープを持たせたとのこと。

 戦闘が始まると、リーノの姿が消失する。また超スピードなのか?と思っていると俺の視界が赤外線スコープを介したものに変更される。


 なんとリーノは一歩も動いていなかった。赤外線を通して見る限り、熱源は一切動いていない。

 俺の推測ではあるが、リーノのモデルとなっている生物はヒョウモンダコとフリソデエビだ。ヒョウモンダコには擬態という機能がある。リーノは周囲の風景に溶け込むよう擬態でもしたのだろうか。俺の目には一切見えない。


 その後は筆舌に尽くしがたいものだった......手が変形して鋏となり戦車の砲塔まで真っ二つにしていたのだった......


「一応、自衛隊の名誉のために言っておくけど、何の対策もしてないから一方的にやられるだけで、アズール達のことを研究すればここまで簡単にやられはしないわよ」


シルフの慰めの言葉も一切俺の耳には入ってこない。

俺の友好的な対応は結果的に大成功だったことを、改めて知ることができたのだけは収穫だった.......



――というわけなのだよ、和田君


「何がというわけか分かりませんが、この映像を僕に見せる必要あったんですか?」


「いや、必要はないけど。俺だけが味わうのは嫌だったんだ」


 機密漏洩するかも知れない危険を冒してまで、見せて来るとは島田先輩よっぽどこの映像で心が折れたんだろうなあ。

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