第25話 一矢報いよ

《Strange Ace!! 一本先取!!》


 ミナミさん対ビッグベアくん。早々に勝ちを引いたのはミナミさんだった。

 ミナミさんのワックには持ってこいの速いジャズが流れ、無けなしの体力を振り絞った猛攻を続けた。一切失速を見せず踊り終え、ジャッジ全員から票をもらったことは見事の一言だった。


「ミナミさん! あと一本!」

「このままもぎ取れ!!」


 しかし、彼女は喜ぶ素振りも見せずに息を整えるだけ。ラストバトルのプレッシャーが襲ってきたのだろう。

 ビッグベアくんは完全に曲に乗り切れておらず、所々遅取りとなってしまっていた。速い曲が苦手なのか、身体がついていっていなかった。


「やっぱずっと見てたから身体が堅ぇな。おい! ポップの曲が流してくれよ遅めのヤツ!」


 DJに注文を付ける偉そうな態度にブーイングが起こった。


「曲のせいにしてんじゃねぇよ!」

「負け惜しみよ!」

「DJ! 聞く必要ないからな!」


 ミナミさんが先制していることで、負けの見え始めたビッグベアくんへの不満が溢れ出している。彼もそれがわかっていたのか何も言い返さない。

 ミナミさんとビッグベアくんは見つめ合う。お互いに思うことがあるのか、会話はせずにすぐに次のバトルへ準備を始めた。


《これがラストバトルになるのか! いきます! バトルスタート!》


 流れた曲は有名な交響曲のイントロ。おそらくアレンジだろう。それが、どのタイプかによって有利不利が決まる。


 だんだん小さく萎むように小さくなるバイオリン。そして、音が消える.....。



ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!



「トランスミックスだ!」


 ミナミさんの身体が爆発するように飛び出す。

それは先ほどのジャズより速いトランス。ミナミさんの領域だ。リクエストを出したことが裏目に出たのか、どうやらビッグベアくんはDJからも嫌われていたらしい。


「いけミナミ!」


 マサヤくんの声と共に、ミナミさんは飛び出す。ステップでメロディを掴み、空を裂くような腕でビートを刻んだ。


 彼女は笑っている。この曲なら、全てを吐き出せると。


 唸るような電子音に合わせ、細やかで力強い足運び。腕は止めず、惜しげも無く体力を消費する。

 彼女の動きは余りにもオーバーワーク。誰もが気付いている。ロウソクが最後に見せる許容以上のエネルギー。もちろん本人は承知の上だろう。わかっていても、止まる理由にはならないのだ。


「ミナミさん!!」

「ミナミ!!」


 全力で応援する僕らも汗を握る。

 あと10秒。何よりも長い10秒。

 もってくれ...。


 カウントが聞こえ、ミナミさんがセットムーブに入る。

 右腕を横回転させポイント。ネックムーブを合わせて、腰を落として二回のターン。ビッグベアくんの目の前に飛び出し、その身体を全力で固定させる。腰の入った艶めかしいポージングでスクラッチを掴みきった。


 歓声がさらに高まる。


《交代!!!!》


 そのあまりの熱量に感化されたMCは声を荒らげた。完璧だ。これ以上のムーブはない。

 終わってないのに拍手が巻き起こり、ミナミさんは帰ってきた。


「はぁ、はぁ.....」

「ミナミ! 捕まれ!」


 マサヤくんが倒れそうなミナミさんを抱きかかえ、立っていられない彼女に肩を貸す。ミナミさんの服は汗で変色し、今にも崩れ落ちそうに震える足で立ち続ける。その背中は、とても大きく感じた。


「やばい.....」

「よくやった! 勝ちは目前だ!」

「違う。はぁ.....っ、や、やられた.....」


 疲労とは別の震えを見せるミナミさんが捉えたのは、不敵な笑みを浮かべる男だった。

 いつの間にか目の前に飛び出していた彼は、腕関節を90度に曲げる事で。カチカチと一定の速度で生み出される大小様々な箱が彼の周囲に広がる。


「キングタット.....」


 細かく速い音に対応するための秘策なのか、 その速度に順応したムーブは確実に辺りの度肝を抜いた。正確な動きは言わずもがな、何が凄いってバトルでタットを使えてしまう事だ。

 キングタットとはショーケースで本領発揮するポップの派生ジャンルだ。それは何故か。予め音に合わせて振付けるセットムーブだからだ。超高速で複雑な組み合わせをフリームーブで使いこなすには主力ジャンル以上に時間を掛ける必要がある。

 なのに彼は、ダンスを始めて僕と同じくらいの彼は、主力を捨てずにタットをここまで使いこなしている。

 見えないボックスが足を弾き、緩やかなターンに入る。

 そして見せたのは.....。


「ブガルー.....」


 ビッグベアくんの動きが変わる。膝から下が別の生き物のようにしなり、ステップを刻み出した。


「アイツ.....ハードヒッターじゃなかったのか.....」


 マサヤくんが思わず呟いた。そう、ビッグベアくんの師匠であるシズクさんは全身の筋肉を弾く事を武器としたハードヒッター。つまり、真似をしてきた彼も同じスタイルのはずだ。なのに、対称的なスタイルであるブガルーまで使えるなんて聞いていない。

 ブガルーも速い曲に強いスタイル。膝下のステップメインのポップだ。さっきのバトルで早い曲が苦手だと周りに植え付け、トランスのような速度の曲を引き出した。会場が騙されたのだ。

 鞭のようにしなるミナミさんのワックをブガルーで上塗りされる。それによって、空気がコントロールされてしまった。

 なんて狡猾なんだ。


 その衝撃を残したまま、バトルは終了した。


《それではいってみましょう! ジャッジ!!》


 三本の旗は、あまりにも呆気なくビッグベアくんの勝利を告げた。

 歓声はなく。出し抜かれた驚きに全員が息を飲む。

 ここにいるダンサーとは、桁が違うと。


「いやー惜しかったなぁ! もう少しで勝てたのにな!」

「.........」


 余裕のあるビッグベアくんの煽りにも反応出来ず、ミナミさんは膝をついた。そんな彼女に近付き、彼は耳元で呟く。


「14連勝おめでとう。この伝説は語り継がれるだろうな。ついでに、14勝目はってな」


 途端、マサヤくんがビッグベアくんを突き飛ばした。


「テメェいい加減にしやがれ!!」

「なんだやんのかドチビがコラ!!」


 一触即発。胸倉を掴み合った二人は拳を振り上げていた。マサヤくんの拳が彼の顔に向かって放たれた。


「やめて!!」


 ミナミさんの声が掴み合う二人を凍らせた。顔を伏せていた彼女はまっすぐにマサヤくんを見つめる。怒り、悲しみ、呆れ、どれともつかない表情。しかし、圧倒的な意思の強さがこもったそれにこちらまで震えた。

 ビッグベアくんも同じものを感じたのか、顔を引き攣らせ頬から冷や汗が流れた。


「マサやん。あんたダンサーでしょ」

「あ、あぁ.....」

「ちゃんと、ダンスで戦ってよ」

「.....悪かった」


 二人は手を離し、お互いに戸惑いながら立ち位置に戻った。ミナミさんは何とか立ち上がると、マサヤくんの耳元で一言だけ呟いた。


「彼、まだ隠してるわよ」

「.....ありがとう。負けねぇよ」


 短いやり取り。だけど、今のマサヤくんにはそれだけで十分だった。バンダナを上げ、腕を回して気合いを溜めている。


《だ、大丈夫ですか? それでは! 引き続き決勝戦! Strange Ace二人目! ここで止められるのか!? バトルスタート!!》


 MCの困惑を吹き飛ばすように爆音のビートが鳴り響く。先ほどとは打って変わってローテンションのハードビート。ポップの曲だ。

 これは、明らかにマサヤくんが不利。彼も超スピードを好むロッカーだ。加えて相手はハードヒッター。相性は最悪だろう。


《先に出たのは舞力突撃隊ビッグベア!》


 一歩前に出た彼は、マサヤくんを煽るでもなく、ノリノリで踊り出すでもなく、深呼吸でもするようにゆっくりと両腕を天に向ける。

 取りたくて堪らないであろう強いビートを我慢して目を細め、曲の中へと深く深く入り込んでいく。

 左手が動き、止まった瞬間右手が動く。首が回り、各関節を順番に起動させる。この動きを知らない人はいない。ロボットダンスだ。

 ロボットダンスはタットと同じくショーケースでよく見るスタイル。だけど、決定的に違うものがある。


 それは、ロボットはバトルでも圧倒的な技術として評価されるのだ。


 表情を殺し、自分は作られた存在であると思い込んでいる。感情的な彼がそれをしてしまうことは、そのギャップの分が全て技術として見られる。

 強かだ.....。完全に潰しに来ている。

 ストップで余韻を残し、驚いたことにフロアムーブまで組み込んでいる。完成度の高いロボットは、ジャッジすら引き込んでいった。歩くだけで、音を表現する。色んなスタイルをここまで高める時間がいったいどこにあったのだろう。

 相性の良いタットを織り交ぜ、独特の世界が広がる。


《交代!》


 その声に我に返った僕は、すぐにマサヤくんに目を移す。どうするのだ。こんなレベルのムーブ返せるのか。不安はないのか。心配の念しか出てこない。

 それもすぐに、マサヤくんは晴らしてくれた。

 珍しくボディウェーブから入り、ゆったりとした動きで前進する。その動きは流麗で、突撃思考の彼のスタイルとは相反していた。

 前に出るたったそれだけの動きで気付かされた。一度だって使ったことのないそれを、ここで出したというのか。

 『ソウル』。アイソレーションを最大の武器としたのダンス。ロックでは使う人は珍しくないのだけど、マサヤくんには合わないと思っていた。本人でさえ好まないダンスだ。

 官能的に、時にお洒落に。自信に溢れた表情で曲に入り込む。こんな強いビートの曲で合わせるだなんて、人知れず練習を重ねていたのだろう。


「なんて好戦的なんだ.....」


 するっと口にしてしまった。ロボットと同じく世界を広げるダンス。別の世界になんて逃がさない。自分の最大の武器を捨ててまで同じ土俵で仕留めるつもりだ。


 後半に入り、ようやくトゥエルを使い出した。じわじわとロックと配合していく緻密な流れに、息が止まる。上手い。今のタイミングを逃すとロックが薄れてしまう。完璧だ。

 グッと伸ばすようにロックをして、ポイントは強過ぎずピタッと止める。雰囲気を壊さず、緩急を付けて音を表現してしまう。

 目の前のナチュラルボーンダンサーに、ビッグベアくんは驚きを隠せない。気付いたのだ。引き離せないことに。

 カウントが始まり、この分だと終了と同時に強いビートがくる。ここの処理で勝敗が分かれるのは目に見えている。

 最後.....決めてくれ。

 大きく首をロールさせ、その方向に片足クラブステップで進む。徐々に速度を緩め、ロックの態勢に入る。

 次の瞬間、ビートに合わせてマサヤくんの全身がドンッ! っと振動して固まった。

鳥肌が立つ。有り得ない。これは、ポップの技術の一つ『ダイムストップ』だ。


《終〜〜了~〜〜〜!!》


 一斉に歓声が湧く。自分の世界を構築することで戦っていたはずなのに、最後に挑発するようなダイムストップ。ビッグベアくんと明らかな差別化を図ったのだ。

 これはわからない。レートが格上の相手に全く引けを取っていない。

 お互いに顔には出ないように睨み合う。ここで一方がやられた顔をしてしまうとジャッジにも支障をきたすからだ。


《判定に入ります! ジャッジ!》


 即決の判定だった。二対一。マサヤくんの勝利だ。

 またも歓声の渦が巻き起こる。先ほどとは違う。完全に実力で勝利をもぎ取ったのだ。


「マサヤくん!」

「まずは一本。ここからだ」


 気を緩めることはしない。そんな彼に心が痺れる。やっぱりマサヤくんは強い。彼と同じレベルにまで達していたのだ。

 ビッグベアくんは変わらず睨んでいる。初めて同じキャリアで対等なダンサーの出現に焦りを感じているのだろうか。


《それでは! 第二戦! 熱い試合は確実! いってみましょう.....バトルスタート!!》


 これが最後かもしれない。会場の空気は最大まで高まり、後半戦はスタートした。



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