第23話 一回生限定合同3on3

 お風呂上がりのプロテインを飲んで、僕とマサヤくんは部屋に戻った。肌寒い気温と、明日のバトルを考えることで、僕の体温は下がり少し震えた。

 横のマサヤくんはじーっと僕を見つめ、それに耐えきれなくなって聞いてみた。


「なに?」

「いや、午後にタックさんにシゴかれたんだよな?」

「うん。そうだよ?」

「それにしては元気だなぁと思ってよ。全くへばってないよな」


 なんだそういうことか。マサヤくんもタックさんのシゴキを受けた身だから元気なのが不思議で仕方ないのか。練習後に毎回グロッキーなのもおかしな話だけど。


「今日は体力強化じゃなかったからね」

「そうなのか? 何やってたんだよ」

「それは.....まだ秘密」

「えぇ〜? 何だよ気になるだろ。教えろよ〜」


 マサヤくんは僕の脇や足裏をくすぐって尋問してきた。くすぐったがりの僕にはかなりキツイ。


「あはっ! あはははは! や、やめてってば!」

「言う気になったかぁ?」

「だ、だから内緒だってば! まだうまく出来るか自信ないんだから!」

「ちぇっ、仕方ねぇなあ」


 やっと諦めてくてたマサヤくんは、ぶすっとして布団に寝転がった。申し訳ないけど、こればっかりは実践で出来るか試す必要ですがあるんだ。

 やっと落ち着いたので、今度はこっちから聞くことにした。


「ふぅ、マサヤくんは何を練習したの?」

「俺か? 俺は自信あるから教えてやるぜ!」


 聞いてくれって顔に書いてたけどね。


「対他ジャンル用の奥義を伝授されたのさ!」

「奥義!」

「そう! 師匠がフリースタイルで戦う時に編み出したダンススタイルだ! 技じゃないんだけどな」

「奥義! かっこいい!」

「これで三倍は強くなったな。お前もいずれタックさんに教えてもらうといい」

「うん!」


 ふふんと答えるマサヤくんが心底羨ましい。奥義.....。なんて格好いい響きなんだ。

 マサヤくんは立ち上がると、自分の鞄に入ったウォークマンを取り出し、動画を流した。


「さて、俺はしばらくイメトレするけどよ。リクはどうする?」

「僕はジュースでも買ってこようかな」

「そっか。いってらー」

「行ってきます」


 マサヤくんがイヤホンを付けて集中し始めたので、僕も財布を持って部屋を出た。一緒にイメトレをした方がいいのだけど、正直落ち着かない。だって、大将なんてやった事がないのだから。

 彼の横顔を見て思う。彼と同じだけの力があれば、もう少し安心出来るのかな?

 やめよう。それは無駄な考えだ。僕にできることをするしかないのだから。

 襖を閉めて、一階のエントランスにある自販機に向かう。今出来ることはあるのかな。


 広いエントランスの端には休憩スペースが設けられており、そこで少し対策でも考えようかと思っていた。しかし、予想外の出会いがそれを阻んだ。


「あ、君はリクくんだね〜」

「こ、こんばんは!」

「こっちこっち。ちょっと話さない?」


 そこには革のソファで体育座りをしているシズクさんがいた。件のビッグベアくんの師匠だ。お風呂上がりの湿った髪をそのままに、まったりとコーヒーを飲む姿は、やっぱり彼の師匠だとは思えない。

 彼女の誘いに応じ、気まずい気持ちもそのままに隣に腰掛けた。じーっと見つめてきて、マサヤくんのそれとは比較にならないくらい居心地が悪い。


「あの、どうして僕の名前を?」

「えっとね〜、私一回聞いた名前忘れないの。あの時誰かがあなたを『リク』って呼んでるのが聞こえたから〜」


 ふにゃふにゃとした笑顔のシズクさんは掴みどころがない。これはミキさんよりやりづらいかも。


「一つ、聞いていいですか?」

「なぁに?」

「あなたがビッグベアくんの師匠って本当何ですか?」

「違うわよ?」

「えぇ!?」


 話が違うじゃないか! 誰だ弟子って言ったのは!


「あああ、あの.....」

「でも、みんなそう言うのよね。確かに初心者だった頃に教えたことはあるけど、ほんのちょっぴりよ? クマちゃんは才能の塊だから勝手に上手くなっちゃって、もう私より強いもの」

「そうだったんですか.....」


 すでに師匠より強いなんて反則だ。今の言い方だと、彼がダンスを始めたのは大学からか。上には上がいるものだ。

 シズクさんは少し伏せ目がちに語り出した。


「でもね、クマちゃんがね、悪い子になっちゃったのは私のせいなの」

「.....どういうことですか?」

「あの子がウチのダンスサークル『舞力』に入った時、私の踊りを尊敬してずっとくっ付いてきたの。それが可愛くてねぇ。ほんと、弟が出来たみたいで嬉しかった」

「はぁ.....」

「ただね、私ってバトル弱いの。戦うのって好きじゃなくて、みんなで楽しく、ショーケースなんかが好きなのよ」

「.....」

「あの子に誘われてバトルにチャレンジしたけど、結果は一回戦落ちばかり。レートは1000止まり。自分が慕ってた人がそんな体たらくだけらあの子も怒っちゃって」


 なんだそれ。どれだけ自分勝手なんだ。


「酷いですね」

「だからね、私が本当は強いんだって証明するなんて言い出して、意固地だから周りがみんな敵に見えちゃったのよ。それからかな。あの子が悪ぶるようになったのは」


ん?


「私を負かした人、馬鹿にした人に片っ端からバトルを申し込んでやっつけちゃったのよ。すごいのよあの子。ダンスにすごく真剣で、誰よりも誰よりも練習して.....なんでこうなっちゃったのかな?」


 シズクさんは落ち込んで膝に顔を埋めた。

 今の話を聞いて、僕は一つの可能性を見出していた。たぶん、それは当たっている。

 彼女は顔を上げると、僕に頭を下げた。


「お願いしてもいいかな。迷惑はかけちゃったけど、クマちゃんを倒してあげて。今は周りが見えていないだけ。私の真似事はやめて、自分のダンスを見つけて欲しいの。馬鹿な事言ってるとは思う。でも、あの子には仲間がいないの」


 一滴の涙が頬をつたい、それを隠そうともしないシズクさんはとても真っ直ぐな瞳をしていた。

 僕の気持ちは固まり、これで決心がついた。


「わかりました。僕たちが彼を止めます」

「.....ありがとうね」


 彼女は涙を拭って、軽く微笑んだ。そっか。こういう人だったのか。

 ビッグベアくん。君は勘違いをしている。僕たちがそれを教えてあげられれば.....。

 タックさんに教えてもらったことを思い返す。あれなら、上手くいけば倒せる可能性がある。そう師匠が言ったのだから。

 僕は立ち上がって、部屋に帰ろうとした。だが、シズクさんが袖を掴んで引き止めた。


「ね〜。私のダンス見てみる?」

「え?」

「さっきも言ったけど、クマちゃんの踊り。私の真似事なの。スタイルも技も全部。参考にならないかな?」


 そうか、彼女の踊りを見れば対策が思いつくかもしれない。こんかチャンスはないだろう。


「お、お願いします!」

「うん!」


 シズクさんはパッと立ち上がると、ポケットに入れていた携帯から音楽を流した。どうやらこの場で踊るらしい。服も寝巻きだけど大丈夫なのだろうか。

 僕は再びソファに腰掛けると、彼女の準備を待った。


「あの、ジャンルは?」

「ん〜? ポップだよ」


 そうか、彼はポップだったっけ。それにしても、女性のポッパーで彼を虜にしてしまうなんて、凄いんじゃないか?

軽くストレッチを終えたシズクさんは、ぴょんぴょんと跳ねて頷いた。


「いい? いくよ?」


 音楽が切り替わり、ハードビートなヒップホップが流れた。その音に滑り込むように彼女の身体が躍動する。


 こ、これは.....。


 薄く目を細めた彼女はまるで別人だった。

 女性の線の細さからは考えられないほど、彼女は力強いハードヒッターだ。

 筋肉を弾いて全身をブレさせるヒットは学生とは思えないほど強く、所々で切り替わるロボットは正確で、ウェーブの質も恐ろしく高い。アイソレーションの可動域は見ていて意味がわからない。

 音を掴むタイミングも全てジャストで、空気を自在に操り、それぞれの楽器を表現している。身体から音が出ているみたいだ。


 彼女がレート1000なんて嘘だ。確実に4000以上の技術がある。この人も、とんだバケモノだ。


 ひとしきり踊り終えた彼女は、汗を拭ってソファに座った。あつ〜っといってパタパタと手で扇ぐ姿はやっぱり別人なのではないかと錯覚させられる。


「どう? 参考になったかな」

「か、かなり.....」


 ダメかもしれない.....。


「あの子は私ほど技術はないけど、バトルは上手いからね。いい感じに立ち回ってね?」

「はい.....ありがとうございました」


 笑顔が引きつる。どうしよう。どうしよう。勝てるビジョンが限りなく薄くなったぞ。

 シズクさんはコーヒーを手に持つと、手を振って部屋に戻っていった。残された僕は敗北感にまみれ、しばらく立つことも出来なかった。




 翌日の朝、バトルのトーナメントが組まれた。一回生がかなりの人数となり、3on3にも関わらず16チームでのトーナメントとなった。

 気になるのはビッグベアくんのチーム。彼も僕らと同じくサークルのメンバーで組んでおり、別ブロックのため決勝まで当たらない。


「おいヘボチーム! 俺をガッカリさせんなよ!」


 遠くからいきなりの挑発。本当にどうしようもない人だ。

 マサヤくんとミナミさんも見るからに不機嫌で、彼には無視を通すつもりらしい。それがいい。ペースを乱されると実力は発揮できない。

スタートを告げる声と共に、会場である体育館は爆音で埋め尽くされた。一回戦は二つのサークルで行われ、二回戦から一つの大きなサークルで戦う。踊っている六人以外は全員がオーディエンスだ。

 Aブロック第二試合。僕たちの出番だ。

 僕は大きく声を出し、クルーの二人に発破をかける。


「よし、行こう!」


 三人の掛け声と共にバトルはスタート。みんなのモチベーションは高い。簡単には負けることはないだろう。

 予定通り、先鋒のミナミさんが前に出て、先手を取って踊り始めた。駆け引きを得意とする彼女にしては珍しい。

もしかして、勝ち急いでいるのかも。そう思っていた。



 でも、それは違った。



 一回戦。先鋒であったミナミさんは、あっさりと三連勝をもぎ取ったのだ。

 それはもう、圧倒的な実力差で。


「あれ.....ミナミだよな」

「.......たぶん」


 そう、僕とマサヤくんは息を飲んだ。彼女の踊りは、僕たちの知らないレベルまで引き上げられていたのだ。

 いつ、どうやって? 彼女の師であるミキさんはここにはいない。にも関わらず、たった二日で雰囲気がガラリと変わっていた。

 右コブシを掲げて戻ってきたミナミさんは、僕の目を見て呟いた。


「足りない」


 目の光は尋常ではない。

 それだけを言って観客の中に入っていく彼女は、刺さりそうなほど鋭い闘志をむき出しにして、まだ臨戦態勢のままだった。

 これは予想だけど、ミナミさんは今までミキさんにマンツーマンで教わっていた。あまり動画も見ずに基礎を積んできた彼女は、ここに来て持ち前の吸収力が飛躍的に高まったのだ。初めての合同練習。今は、吸収した力が多すぎて暴発寸前なのだ。

 僕らはミナミさんの背をおってサークルから退場する。観客はミナミさんの力に唖然としていて、みんなが彼女を見ていた。


「アイツ、ミナミが倒しちゃうかもな」

「そうだね」


 言わずにはいられなかった。もしかしたら...有り得るかもしれない。


 三人で壁側に腰掛けると、次のバトルが始まった。

 二回戦の出番がくるまで、ミナミさんは俯いたまま話すことはなかった。

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