第二章

第16話 ダンサーレート


 長期の休みが明け、相変わらず三人で行動していた僕とマサヤくん、ミナミさんは食堂で昼食を食べようとしていた。トレーを手に席を探して歩き回っていると、珍しく食堂に来ていたタックさんとニシキ先輩の二人と目が合った。今日は部活がない日なので、二人ともカジュアルな服装に眼鏡をかけていた。タックさんは帽子すら被っておらず、ダンサー要素が一切見られない。


「おぉ一年坊主共! ここ空いてるぞ!!」


 ニシキ先輩は大声で僕たちを呼んだ。僕たち三人は他の学生から注目され、恥ずかしくて隠れるように彼らの隣に腰掛けた。こうなるのは目に見えていたので、出来れば手招きだけにして欲しかった。

 席に着いた僕たちは新しくチームを組んだこと、日本一を目指すことを二人に説明すると、ニシキ先輩は面白そうに大笑いして僕の肩をバンバン叩いた。


「日本一か! そりゃあいい! 目指せ目指せ若者ども!!」

「エピックを倒すか......」

 

 テンションの高いニシキ先輩に、直轄の弟子であるマサヤくんも苦笑いである。

 打倒エピックがツボに入ったのか、タックさんまで口元を隠して笑っている。彼が人前でこうして笑うのは本当に稀で、僕は嬉しく感じたが少し複雑だ。

 確かにダンス始めたばかりの初心者だけど、そこまで笑わなくても......。


「いや、最終的にですよ? まだ具体的に何をすればいいのかわからなくて」


 タックさんは僕の顔を見ると、もう笑っておらず、本気で受け入れてくれたような真剣な表情をしていた。彼は携帯を取り出すと、手早くいじってから僕たちの前に滑らせる。そこにはあるサイトのトップページが映っていた。大きく『ストリートダンス協会』と書かれている


「そうだな。バトンに出場したいなら、まずは地区予選。そこの上位三チームが関東、関西の予選で戦い、各八チームまで絞られる。十六チームが出揃ったところで全国の本戦だ」

「タックさんは出たことあるんですか?」


 僕の質問に、タックさんは腕を組んではぐらかす。


「どうだかな。それよりまず、地区予選に出場するには資格がいる」

「資格?」

「ダンサーレート2000以上だ」


 初めて聞いた言葉に、僕ら三人は顔を見合わせる。もちろん誰もがはてなマークを出している。


「だんさーれーと? マサヤくん......」

「すまん。俺も知らない」

「ダンサーレートって言うのは、公式戦に出てストリートダンス協会に付けてもらうレベルみたいなもんだ。学生主催のような小さなバトルでは評価されないけど、お前らはまず、初期レートの評定をしてもらわないとな」


 ニシキ先輩が指を立てて自信あり気に説明を重ねる。タックさんの携帯を指でスクロールしていくと、確かにレートがどうという内容が書いていた。

 頭の弱い僕は、質問が整理できずにそのまま思ったことを口にしてしまった。


「んん? つまりどうすれば......」

「はぁ、少しは自分で考えていいんだぞリク。今週末。一つ公式戦があるから連れて行ってやる。三人とも予定空けとけ」


 苦い顔のタックさんは、それでも優しい。どうやらわかりやすく次にやる事だけを教えてくれるようだ。僕はそんな師匠が好きだ。

 すぐに予定をチェックした僕たちは、みんな空いていることをタックさんに伝えた。彼はそのままダンス協会のサイトからエントリーをすると、会場と集合時刻を教えてくれた。


「タックさん......。よろしくお願いします!」

「公式戦だってよ! 腕が鳴るよな!」

「晴れてデビュー戦ね!」


 僕たちは『公式戦』という響きに興奮を隠せず、どんな相手がいるのか、どんなところでやるのかと予想しながら話し合った。

 舞い上がる後輩の様子を見つめる先輩二人は、僕たちに反して心配そうな顔をしていた。


「タック。大丈夫かコイツら?」

「駄目、かもな」






 日曜日。快晴の中、隣の県まで足を運んだ初心者三人とタックさんは、ダンス学校の別館で開催される会場に到着していた。

 この学校は日本でも一つしかないダンサー育成用の学校。テレビでも度々特集されている変わり種の学校だ。白く縦に長い建物は、学校というよりビルだった。


「うわぁ、おっきい建物だね!」

「ダンサーっぽいのが多いわね。みんな出場者なのかしら」


 僕とミナミさんは都会に来たばかりのオノボリサンのように辺りをキョロキョロしていた。駅を出てから学校に着くまでも、ダンサーがたくさんいた。おそらくみんな、今回の公式戦に出場するダンサーだろう。僕たちも正装(選抜戦の衣装)で来ているのだけど、他の人にダンサーとして見てもらえているのだろうか。

 エントリーを済ませたマサヤくんとタックさんが小さな紙を持って帰ってきた。


「おーい! 俺たちBグループだってよ!」


 マサヤくんが差し出した紙には『B-5』とだけ書かれていた。チーム戦でエントリー出来るのは32チーム限定らしいので、五回勝てれば優勝だ。


「ここに来てるのはお前達と同じレートを持たない初心者ばかりだ。簡単に負けるなよ」

「はい! 勝ってきます!」


 【Strange Ace】のデビュー戦。絶対に華々しく飾るぞ。そう意気込む三人は、各々気合いを入れて校舎に入った。二階の教室の一つで、すでに廊下はアップを始めているダンサーで埋まっていた。それに混じってアップを終えた僕たちは、Bグループの部屋の前で円陣を組み、辺りを気にしつつ抑え目に声を上げた。

 一つ前のバトルが終わり、中にいるジャッジとは別の審査員に呼ばれる。

 そして、とうとう一回戦が始まった。






「おい、なんだったんだアレは」


 夕方。全てのバトルが終了した頃、学校の中庭に呼び出された【Strange Ace】の名で出場した三人は、タックさんの前に正座していた。

 バトル中横で観戦していたタックさんは、いま険しい顔でベンチに腰掛けている。


「いや〜......なんと言うかですね......」

「曲、燃えなかったね......」

「何あの単調な曲。いや曲じゃないわ。もうただの音よ。どこの素人が作ったらあんなつまんない曲になるのよ!」


ミナミさんは僕とマサヤくんが思っていることを全部言ってくれた。少し言い過ぎだけど。

 一回戦を問題なく勝ち進んだ僕たちは、二回戦であっさり負けてしまった。相手が強かったわけでもなく、体調が悪かったわけでもない。完全に曲の善し悪しでノリ切れなかったとしか言えなかった。

 負けた時のタックさんの唖然とした顔を、僕はしばらく忘れられないだろう。

 感情を隠すようにキャップを深く被るタックさんは、ちゃんと顔が見えない分余計に怖かった。


「知ってるやつが有利になるような曲は流さないんだよ。ここで見られるのは技術と基礎力だ。曲のせいにしてるんじゃない」

「す、すみません......」


 ミナミさんはビクッと震えて黙った。どうやらミナミさんはタックさんが苦手のようで、ツッコまれるとすぐ借りてきた猫のようになる。


「で、お前らレートは?」

「俺は1000でした」

「わたしは900」

「僕は......」


 マサヤくんとミナミさんが即答する。しかし、僕は言葉に詰まった。出来れば言いたくない。

 タックさんが睨み、僕は慌ててレートを口にした。


「500です......」


 事前の説明で聞いていた。500は最低レート。どんなに下手くそであっても500からスタートするのだ。

 タックさんは責めるでもなく順番に個人の評価をする。


「マサヤ。お前は優勝してもおかしくないレベルだったな。例年、優勝するチームには1000から1500くらいのレートが与えられている。ただ、ステップが甘い。腕の動きがメインのロックの初心者が陥りがちだが、足を自由に動かせるなるとまた一つ上に行けるぞ」

「はい!」


 マサヤくんは嬉しそうに拳を握る。さすが一回生一位。優勝してもおかしくないのは僕でもわかる。実際、それほど上手い人は今回どのチームにもいなかった。


「ミナミ。900は『見ていてなにか物足りない』という数字だ。お前は音の予測能力が高いせいか早取りが目立つ。聞こえてから動くくらいで丁度いいだろう。ネックモーションは綺麗だが、他の動きが雑だ。丁寧に動け」

「基礎練はしてるし......」


 ミナミさんは納得してなさそうだった。確かに、基礎練はずっとしているイメージがあるが、その意識の仕方を変えろと言われているのだ。自信家の彼女は不満そうな顔をしているが、根っこは正直者なのできっと明日からでも変わっているだろう。


「リク」

「......」


 返事が出来ない。情けない結果なのは実感していた。

 タックさんはため息をついて、少し悩むように口を開いた。


「今回はお前が二人の足を引っ張ったな。お前は波が激しすぎるんだ。いつでも最大の力が出せるように、しっかりコントロールしろ。技術的なことはそれからだ」

「......はい」


 たぶん、僕が傷つき過ぎないように考えたのだろう。オブラートというオブラートも無かったが、心の中でわかっていたことを口にされると、どうしても落ち込んでしまう。

 そう、紛れもなく足を引っ張ったのだ。全力を出して何も出来なかったのではない。そもそも全力が出なかった。やり切れない気持ちがいまも僕の中でグルグルしている。


「リク。落ち込むなよ。たまたまだって」

「そうよ。私に勝ったあなたと倍近い差があるなんて有り得ないわ」

「ぐっ......」


 ミナミさん。勘弁して......。


「ちょっとミナミ......」

「あ......」


 癖で煽っちゃったという顔をするミナミさんは、やってしまったと明後日の方を見て自分の髪を手でといた。

 タックさんが立ち上がると、僕たちにも立ち上がる許可をくれた。荷物を背負った彼は、一人、駅に向かって歩き出した。


「俺はもう帰るぞ」

「タックさん。ありがとうございました!」


 なんだかんだと、最初から最後まで一緒にいて評価までくれた偉大な先輩へ、僕たちは頭を下げる。振り返るタックさんは、片手をあげて応援の言葉を残した。


「あぁ。頑張れよ」


 タックさんが帰り、残された三人は近くの牛丼屋でエネルギーを補給しながら、今回の反省と次のバトルについて話し合った。

 デビュー戦は惨敗だったが、僕たちにはまだ時間がある。もっと強くなって、いつかタックさんを見返すのだと心に決めて家に帰ることにした。




 ちなみに、帰りに見つけたゲームセンターでまたマサヤくんとミナミさんが喧嘩を始める騒動があったが、元気のない僕は止めることが出来ず、二人が警備員に連れていかれたのは余談である。

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