第13話 選抜トーナメント【BUZZ STEP】

 選抜当日。緊張と期待で高揚し、早朝六時に目が覚めた僕は公園で軽く練習をしていた。犬の散歩をするお爺さんを横目に、全ての始まりになったあのバトルを思い出していた。


「『靴は鎧』か......」


 そういえば、あの時も映画のセリフを思い出していたな。つまり、何も持たないダンサーの唯一のパートナー。

 僕は被っていた帽子を外し、白い刺繍を撫でた。


「僕の相棒はキミかな。よろしく。今日は勝とうね」


 この帽子を被っていると勇気が湧く。そろそろ体育館が開く時間なので、帽子を被り直して荷物をまとめた。




 途中、コンビニに寄って菓子パンを食べながらゆっくり歩いてきたら、思っていたより到着に時間がかかった。他の部員はほとんど集まっているみたいだ。

 僕が来たことを確認したニシキ先輩は、体育館に響き渡るほど大きな声でイベントのスタートを切った。


「それでは、これより冬の大学対抗戦【BUZZ STEP】の選抜バトルを行う! みんな!準備はいいかぁ!!」


 体育館の中にいた部員が一斉に声を上げる。全員が来ていないにしても、これだけの人数が揃うと、見ていると思うだけで胃が痛くなった。しかも、隣の卓球部まで見学に来ているから、全体で七十人ほどは集まっているだろう。ちょっとしたお祭りだ。


「例年通り、まずは一回生の中から一人を決定する。エントリーは八人全員。フルトーナメントだ!」

「リク、悪いけど一回生の代表は俺がもらうぜ」

「あら? 私が落ちることは確定してるのかしら? マサやん。ちょっと舐めすぎじゃない?」


 二人とも臨戦態勢に入っていて、どちらも優勝を狙っているようだ。どちらともバトルをしたことが無いので楽しみで仕方がない。いったいどんなダンスをするんだろう。


「二人とも、頑張ろうね!」


 二人はぽかんとした顔をしている。なんだ? 僕は変なことを言ったのか?


「ふふっ、あはは! リクっちは相変わらずね。いまは敵同士なんだよ? 毒気抜かれちゃうじゃない」

「ははっ、本当だよ。まぁそれでいっか! 全員頑張ろうぜ! もちろん、当たったら本気で来いよ?」

「うん! 全力でいくから!」

「まずは一回戦第一バトル! リクvs小西! サークルに入れ!」


 ニシキ先輩に呼ばれ、僕は気合いを入れるため頬を叩いた。


「あれ? あの子ってたしか、タックに弟子入りしたっていうオタクの……?」

「し~……そういう事言わない。でも、雰囲気変わったよね。服だってタックみたいだし」


 周りで先輩たちがざわざわとつぶやき始めた。しっかり聞こえているけども。タックさんみたいか、そりゃタックさんのコーディネートだからね。

 余計なことを考えて集中力をかき消されないように、大声で自分に発破をかける。 


「はい!」




「一人ワンムーブ! ワンムーブ三十秒! 先攻後攻は自由! 準備はいいな! バトルスタートォ!」


ニシキ先輩の合図で、スピーカーから音楽が流れる。テンポのゆるいエレクトロだ。


「落ち着け。大丈夫......いける!」


 練習で散々バトルに出場してきたのが功を奏し、良い緊張感でスタートダッシュが出来た。初戦は先手必勝。駆け引きが出来ない僕がゆっくりなんてしていられない。

 勢いをつけるためトップロックを省いてドロップしながら滑り込む。これはタックさんがニシキ先輩とのバトルで使った戦法だ。新しく覚えたキックアウトとズールースピンを織り交ぜ、フットワークに緩急をつける。最後はチェアの派生型『ハイチェア』で手堅く決めた。


「う、須藤くん......いつの間にこんなに......」


 交代の合図で素早く下がる。ゆっくりと立ち上がりを始めた小西さんは、地面を滑るようなステップで前に出た。

 小西さんは数少ないポップダンサーの女の子。筋肉を弾くことで音を拾うポップダンスの特徴はまさに『人間離れした動き』。アイソレーションを命とした『横のノリ』で戦うジャンルだ。その基礎であるヒットは文字通り筋肉を弾くため、女性で目に見えたヒットをするにはかなりの練習が必要だ。


「くっ……」


 まだヒットが出来ない小西さんはウェーブやスライドウォークを駆使して音を拾っていた。しかし、これなら。


「終了!!」

「ふぅ……」

「すぐ回すぜぇ。スリー、ツー、ワン、ジャッジ!」


 ニシキ先輩は早々にジャッジコールを叫ぶ。ジャッジである堂守部長、藤巻先輩、江川先輩が左手を挙げた。そちら側に立っていたのは僕だ。


「勝者リク!」

「やった!」


 思わずガッツポーズをした僕の元に、マサヤくんが走ってきた。


「やったな!」

「うん!」

「続いて第二バトル! ミナミvs倉敷! サークルに!」


 ミナミさんはゆっくり僕の場所まで歩いてきて、肩を叩いて交代をした。


「リクっち。私のダンスあんまり見たことないよね?」


 僕は頷く。ミナミさんがミキ先輩の下についたことは知っているが、そのダンスをほとんど見たことがないのだ。一緒に練習しているときも基礎の反復ばかりで、彼女が通して踊ったことは一度もない。


「見てなさい。バトル強いのはあなた達だけじゃないの」

「いくぜ! バトルスタート!」


 スタートを告げられたが、どちらも出ようとしない。相手の倉敷さんもバトルでは後攻が有利なのを知っているのか。逆に、ミナミさんが知っているとは思えないのだけれど。


「どっちも出ないな。ボトル回るぞ」


 マサヤくんの心配通り、ミキ先輩がボトルを手に中央へ向かう。ボトルが回転を始めると同時にミナミさんが歩き出し、回転中のそれを手に取った。肩をすくめ、相手を一瞥した瞬間。今度は倉敷さんがサークルに飛び出した。


「あれ? いまミナミさんが出てたのに、相手が出ちゃった」


 ミナミさんは何事もなかったかのように自陣に帰り、ミキ先輩にボトルを渡す。その顔は、悪魔のようなしてやったり顔だった。


「ミナミ。上手いな」

「タックさん」


 タックさんが近くに座り、今の一連の流れを説明してくれた。


「上手く相手を煽って先攻を取らせたな。見た目はただ煽ってるだけだが、煽りのタイミング、回ってるボトルを拾ったり先手を取るフリなんて、初心者がなかなか出来ることじゃないぞ」

「な、なるほど」


 ニュージャックスイングに特化した倉敷さんだったが、スタートを操られたせいで上手く音にノれなかった。悔しそうに下がる倉敷さんを払うように前に出たミナミさんは自信満々な表情で、軽やかなステップにボディラインを強調したポージングで確実に音ハメを決めた。


「終了! そしてぇ、スリー、ツー、ワン、ジャッジ!」


 またも、全員が左手を上げる。ミナミさんの勝利だ。

 圧倒的と言っていいだろう。見事完封したミナミさんは、後を濁さぬモデル歩きでこちらに戻ってきた。


「簡単に勝っちゃった......」

「どうかしら? リクっち。次はよろしくね」

「あ、本当だ」


 そうか。二人が続けて勝ってしまえば、次に当たることは必然だった。

 順調に第三バトルが終わり、一回戦最後のバトルは、マサヤくんだ。


「よし! 俺の番だな! 行ってくる!」

「うん! マサヤくん頑張って!」


 相手は一回生の中でもかなり上手いと評判の千丈さん。高速の足技。ハウスダンスを使いこなす女の子で、優勝候補の一人だ。なのだけれど......。


「はっや」

「ま、余裕だな」


 マサヤくんは、ニシキ先輩直伝の怒涛のラッシュであっさり勝利をもぎ取ってしまった。それもそうか。ダントツ優勝候補は彼なのだから。

 これで、一回戦は三人ともクリアした。マサヤくんとミナミさんは当然として、僕が完勝で駒を進められたのは大きい。しっかりと修行の成果が出ているようだ。


「よし、五分休憩したら準決勝だ! しっかり水分補給するんだぞ!」

「リクっち。私あっちで休憩するね」

「う、うん」


 ミナミさんはミキ先輩の所へ走っていった。真剣な表情でミキ先輩の話を聞いているその姿に、背筋がぞくっとした。


「リク。ミナミは本気みたいだぞ。気を引き締めてやらねぇとあっさり負けるかもよ?」

「僕は、負けないよ」


 ミナミさんは強い。僕やマサヤくんのようにバトルに強い人に教えてもらっている訳ではないはずなのに、駆け引きまでしてくる。温存出来る相手ではない。


「よく言った! さぁ、飲み物買いに行こうぜ!」


 僕たちは体育館から出た。

 次の相手はミナミさん。彼女はまだなにか隠しているだろう。

 手は抜けない。まだ不完全だけど、僕も新技を使うしかないだろう。

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