第9話 VS『クラウ・ソラス』 脅威足り得る欠陥機

 セレーネはクラウ・ソラスが動き出すと同時に、その動きのどこに違和感があるかを探していた。

(ファルシオンをベースに改修された機体だが、外見からも容易に検討がつく。ギガスREXレックスのように改修機材を追加したのとは根本的にアプローチ方法が違うんだ……ファルシオンから必要ないと判断した機能や装甲、将来的な改修や固定武装などの拡張性を削ぎ落としている。さらに、武装を厳選したものに限定することによって、機動力を現行の主力量産機種と台頭に渡り合えるほどに高めてある……だが、犠牲になっているのはか?)

 おそらく、それだけでは済んでいない。重量を削ぎ落とす方向で機動力を確保しているが、クラウ・ソラスは元々近接格闘戦用の武装を使うことを全く想定していないファルシオンを、無理矢理近接格闘重視に変更しているのだ。

 しかも、当時の地球圏連合の技術力不足のせいで、近接格闘用の武装が比較的大型化している。元より、ユミルの爪の構造解析や技術転用についても、地球圏連合は月経済圏よりも出遅れていた。そのため、ユミルの爪の技術転用が中途半端な状態であの剣に行われたため、最低でもあの大きさでないと強度が確保しきれなかったのだろう。あれでは、ファルシオンがベースの機体には関節部への負担が大きいはずだ。

 しかも、それでいてクラウ・ソラスは改修によって関節構造を強化してあるようには見えない。ファルシオンと比べても、関節強度や出力自体はほぼ同等と考えていいだろう。

(つまり、内部構造に特別な改修もなされていない……当時の技術力では、どのみち不可能だっただろうしな) 

 ならば、必ずどこかにしわ寄せが来ているはずだった。




 そしてそれは、セレーネの想定よりも遥かに早く判明することとなった。

 クラウ・ソラスとアルテミスは、お互いに接近しながら戦闘していた。最も、攻撃していたのはクラウ・ソラスの方だけである。アルテミスには、射撃戦を展開出来る武装がないからだ。

(クラウ・ソラスの側は別にこちらを待ち構えていてもいいだろうに……わざわざ接近しながらの射撃戦とは……いや……なんだ?)

 なにか違和感がある。その正体は、セレーネでも一瞬で把握出来るようなものではなかった。クラウ・ソラスから飛翔する弾道は正確で、しかもこちらの回避運動をある程度予見している。

 今までの対戦相手とは違い、最低限の動きで回避するのではなく、スラスターを併用した回避マニューバを駆使しながら接近していた。


 だからこそ、その違和感の正体に思い至らなかったのである。

 クラウ・ソラスが射撃のたびに反動によって不自然なほど揺れ動き、それを姿などと。


(まさか……あの機体が犠牲にした物は、重量バランスと姿勢制御スラスター、双方の不全なのか!?)

「貴様の機体……まさか、全身の重量バランスを全く考慮していない上に、射撃時の姿勢制御スラスターとの連動に不備があるとはな」

「……おや、もうバレましたか」

 セレーネはもはや確信してはいたが、ワイオミングの何でもないことのような返答に対して、驚嘆を隠せなかった。

「色々な意味で、恐るべき欠陥機だな」

 今のやりとりで判明したのは、両腰部にリニアマシンキャノンが移されているのは、単に腕部に近接格闘用の武器を装備しているから、ということだけではないということだ。

 クラウ・ソラスは軽量化のために、あろうことか全身の重量バランスを完全に無視することにしたらしい。普通のギガステスは重量バランスを考慮することで、射撃の反動だけで姿勢が大きく乱れたりしないようになっている。

 だが、クラウ・ソラスはそれを考慮していないせいで、本来なら出来るだけ重心に近いだろう腰部に銃器を設置してさえ、姿勢が大きく乱れるようになってしまっている。

 それだけではない。他の機種とて多少は反動で姿勢が乱れてしまうが、他の機種はその姿勢の乱れを姿勢制御スラスターによって、銃器を使用するたびにある程度補正するように造られている。一方のクラウ・ソラスとて、射撃の反動を補正するための演算は機体のOSで行われているだろう。だが、なせいで、射撃の反動補正が完全には連動出来ていない。

 いくら射撃の反動を演算出来ようが、それを補正するために必要な本体側のスラスター自体に不備があれば、反動の補正をすることは不可能に決っている。

(いや……近接格闘戦を行うことを加味しているなら……姿……?) それならば、確かに姿勢制御には細かな推力調整が難しくなって不備が出る。推進用の高出力スラスターは、姿勢制御用の物ほど細かな推力調整を前提にして造られていないからだ。

 代わりに、機体自体の推進力で近接格闘武器に機体の運動エネルギーを上乗せすることで、関節を無理に高出力で稼働させずとも十分な威力を出すことが可能となる。


 可能となるだろうが、結果として射撃の弾道修正などや機体の姿勢制御は、ほぼ完全にワイオミングの技量頼みになってしまっている。

 特に姿勢制御に関しては、腕部や脚部を駆使した慣性運動と、推力の細かな制御が難しいスラスターの組み合わせによって、それを行う必要が生じる。


 控えめにいって、マトモな設計思想で造られた代物ではない。機械やロボットは本来人間の補助のために存在するのだ。それを逆に、機械側の不備を搭乗する人間の技量によって解決しようなどというのは、到底正常な設計思想とは言い難いだろう。

(大体、それ以前に通常のマニューバの段階でさえ、マトモに動かせるような人間がほぼいないんじゃないか……あの男、ワイオミング=ノイマンほどの技量がなければ)

「整備士たちや技師にもそう言われましたよ……到底マトモな代物じゃない。せめてもう少し扱いやすい改修で済ませてみては、とね」

「私なら、連中の意見に賛成するがな」

「だが、それでは近接格闘戦でユミルに対抗出来るほどの性能は、到底得られなかったでしょうね」

「……」

 それについては、セレーネとしても認めざるを得ない。大体、どう考えても欠陥機としか思えないクラウ・ソラスを手足のように扱い、今日の模擬戦で戦ったアグレッサー部隊の誰よりも巧みに、高速機動戦闘を行っている。

 射撃の精度も、とても重量バランスや姿勢制御の推力バランスを無視した機体とは思えない。おそらく機体の揺れ方や、それに対する不完全な機体の姿勢補正を考慮にいれて、マシンキャノンの銃身の角度までをも細かく制御しているのだろう。

「貴様、本当に人間か?」

「貴女もね。一方的に撃たれているはずなのに、こちらの動きから機体特性などを分析しつつ、もう距離を詰めてきている……恐るべき観察眼と、マニューバセンスですよ」

 マヌエル辺りなら、『お前ら両方とも十分バケモノの領域だよ』とでも言いそうだ。それほど、両者の技量はそれぞれ卓越している。あるいは、何かを超越していると言えるだろう。

(クラウ・ソラスがマトモな射撃を行える機体だったら、もう被弾していたかもしれんな……だが、本番はこれからか)

 ようやく、アルテミスとクラウ・ソラスの距離が近接戦と言える距離に近くなってきた。クラウ・ソラスの方も、ここからが本領発揮の距離と言える。


 一方のノイマンからしても、一概に射撃能力が高い機体に乗っていたら勝っていたかと言えば、そうではないかもしれないと思っていた。なにせ、あれほどの回避マニューバを行える機体と搭乗者だ。

 射撃を当てることは可能かもしれない。だが、セレーネなら駆動系に支障が出にくい部分を咄嗟とっさに盾にする芸当さえ、軽々とこなしそうだ。射撃だけで戦闘不能判定にする自信は、ノイマンにさえなかった。

 それに、彼が機体を近接格闘重視にしたのは、なにもユミルの群れの中で近接格闘戦重視の特性を活かし、長時間囮を行えるという戦術的なことを考慮しただけではない。

 彼は中から遠距離の射撃戦よりも、高機動による近接戦を得意としていたからなのだ。格闘戦は、彼にとっても本分といえる分野なのである。

 だから、あえて一方的に射撃できる状態でアルテミスを待ち構えることをしなかった。あくまで最期は、自身の一番得意な近接格闘戦において、雌雄を決したかったのである。

 損傷を与えるどころか、射撃がカスリ判定すら出ないほど回避されるというのは、彼にとっても誤算ではあったが。ただ、射撃によって少しでもセレーネとアルテミスにプレッシャーをかけることは出来たかもしれない。その程度の駆け引きはしないと、流石に元の機体スペックに差があり過ぎる、とノイマンは考えてもいた。

 その駆け引きが、果たしてどこまで通用したか。もうすぐそれが分かる。

 


 両者の序章たる駆け引きは終わり、ようやく本分たる戦闘領域に突入しようとしている。

 本番はまさしくこれからだった。

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