第4話 VSフラガラッハ(次世代型量産機)前編

 セレーネは、正直この状況に退屈さえ感じていた。地球圏連合の次世代量産機種、フラガラッハとの戦いだというのに……だ。

 とはいえ、今回はヘカテーにマリーが乗ってこの戦いを観戦している。マリーがいることもあって、手を抜くことも出来ない。ただ、相手の機体の性能はともかく、搭乗者の力量の方に問題がある。血湧き肉躍るとは、程遠い戦いになりそうだった。

 統合性能的には、地球圏連合の最新式次世代型量産機種・コードネーム『フラガラッハ』は、決して侮れる機体ではない。

 なにせ、アルテミスは純粋な射撃戦闘能力がゼロに近いこともあるが、機械による統合性能評価ではほとんど差がないのだ。

 さらに、今回の模擬演習は長距離射撃戦も行えるほど、十分に距離をとってから始まる。

 アルテミスの側からすれば、遠距離から撃たれ放題の状態からのスタートとなるわけだ……完全に不利な状態からのスタートである。

 にも関わらず、セレーネは、それを全く気にしていない。搭乗者の力量が知れているからだ。

(あの程度の連中が、L1コロニー駐屯艦隊のアグレッサー部隊に所属出来ているとはな……)

 それでも、アルテミスの機材チャックはしっかりと行う。発信前にもチャックしたとはいえ、機体の不備は自分だけでなくそれを整備する人間にも関わることだから、模擬戦だろうと一切手抜はしない。

「アームド・デバイス・センサー・チェッキングプログラム始動……オールグリーン。各部スラスター連動シミュレーション……オールグリーン」

 機体の全てが正常に稼働している。後は自分の腕次第だ。

「こちらアルテミス、準備完了だ」

「こちらも準備完了いたしました、ノイマン中佐」

「……了解した。模擬戦用のモニタリング機能も正常稼働している。では、合図と同時に、戦闘を開始してくれたまえ」

(まあ、一戦目はわざわざ地球圏連合の新型機で、アルテミスの新型スラスターを慣らす手伝いをして貰えるわけだ……そう考えるとありがたいかもな)

「それでは……模擬戦、開始!」

 その言葉と同時に、セレーネは瞬時にアルテミスのスラスターを吹かしつつ、コンバットマニューバを開始するのだった……




 共同模擬演習の具体的な内容に関しては、ハインラインの巡洋艦ヘカテー内にワイオミング・ノイマン中佐以下、L1アグレッサー小隊のアルファ小隊三名が招かれることとなった。

 ワイオミングは、始めはハインラインのヘカテーに乗艦するのを遠慮していたが、いくらトリスタン級巡洋艦が始めた竣工しゅんこうしてからかなりの年月が立っているとはいえ、軍艦に民間軍事会社の人間を入れるのには多少問題があるだろうという、マヌエルからの申し出を受け入れることにした。

 無論、マヌエルがワイオミングに気を使ったことは事実である。だが、ヘカテーへ自ら地球圏連合の軍人を招くことで、ハインラインやヘカテーにやましいことはない、というアピールも兼ねてのことである。

 ワイオミングはその点については、いささか白々しいことをすると思ったものの、アピールは今後の友好関係に必要なことなのだろう。少なくとも部下たちには、多少なりとも効果的に働くかもしれないのだから。


 ワイオミングたちが案内されたのは、彼らにとっては意外なことに、ヘカテーの格納庫だった。ハインラインのフラグシップ機であるアルテミスを始めとする、月経済圏の新型機種がぞろぞろと並んでいるのは壮観だったが。

 それ以上に、そもそも機密を守ろうという気があるのかどうか、疑わざるを得ない状況だった。

「あー……ハインラインのCEOをしている、マヌエル=マイクロフトだ。このようなにお越し頂いて、申し訳ない」

「私が、ワイオミング=ノイマン中佐です。にお招き頂き、むしろ光栄ですよ」

「はは、うまいことをおっしゃる。ですよ。近代化改修が、こちらにとっても予想外にうまくいったようで、なによりでした」

 これを聞いていたセレーネは、まるで狸と狐の化かしあいだな、と胸中で独白した。

 両者ともに表情は穏やかだが、ワイオミングはこのヘカテーが『月経済圏の新型戦闘艦』の擬装改修品であることは察しているのだろうし、マヌエルの方もそれを知っていてはぐらかしているのだろう。食えない連中だ。

「おや……その紅蓮の髪と瞳の、美麗な女性……彼女が噂の鋼の女皇ですか?」

「セレーネ。セレーネだ」

 敢えて二度名を口にしたのは、その二つ名で呼ばれたくないことを、言外に表現するためだ。実はマリーがそばにいるので、これでも若干友好的な口調をこころがけている。

「私は、セレーネが女皇って呼ばれるの好きだけどな」

「私も、彼女にはその二つ名がよく似合っていると思いますよ。こうしてお会いして、さらにその思いが強まりました。ところで、彼女は……?」

 そらきた。マヌエルはなぜかヘカテーにマリーが搭乗するのを許し、セレーネの模擬戦を観戦してもいいと言っていたが、それを彼らにどう説明するのか。彼女はもちろん、完全な非戦闘要員である。

「ああ、この子はマリーという。セレーネの応援係だな。いないとすぐ必要十分以上のことはやろうとしないだけだ……気にしないでくれ」

「……はあ……まあ、そういうことなら。それにしても、ここには月経済圏の新型ギガステスが収容されているようですが、我々に見せてしまって構わないのですか?」

 ワイオミングは、このマヌエルの言葉だけは流石に理解出来なかったようだが、あまり重要事ではなさそうだと判断したのか、より重要なことを聞くことにしたようだ。

「まあ、どうせアルテミスやアストラエアはあんたらに見せる予定だったし、大体アルテミス以外は月経済圏の正式な主力量産機種だからな。秘密にしておく必要はないだろうよ」

「いえ……我々はアストラエアという機種の情報は持っていません。これは、貴方がたが月経済圏との交渉で正式な販売前に入手した機体では?」

 ワイオミングが言っていることは事実である。アストラエアはアストライアーという、次世代型量産機種候補だったギガステスの派生機種……の予定だった機体のことだ。

 公にはされていないが、アストライアーは性能も高いがコストも高いことが問題視されていた。そこで、基本構造を同じくした派生機種にコストパフォーマンスに優れた機体、アストラエアを新しく開発したのだが……

 そちらの統合性能が予想より高かったなどの理由によって、アストライアーは正式採用の大量生産機種から外された。アストライアーはハイエンドのエース向け量産機種へと変更され、アストラエアが代わりに制式採用の量産機種となった。この話は、まだ公表されていない。

「べつに、大したことじゃないだろう。そちらも最新機種を用意しているという話は聞いている。フラガラッハ……だったか? そのデータがある以上、こちらも既に正式採用が決まった機体くらい見せないとな」

「……ほう……? 地球圏連合がと?」

 ワイオミングの表情が、わずかだが威圧的な者へと変化する。当然だろう。地球圏連合の新型機の情報は、完全に秘匿されているはずだった。なぜそれを、一介の民間企業が知っているのか。

「俺たちは別に、主に月経済圏で活動しているだけであって、月経済圏で開発された機体しか使わないなんてルールはないんだぜ? 地球圏連合謹製の機体だろうと、総合的に有用な方を購入して使う。所詮は、そのための情報網さ」

 ワイオミングは納得しかねるという表情だったが、まだ異論は挟まない。

「心配しなくても、開発コードネームが『フラガラッハ』だということ。そして、地球圏連合謹製の凡作ファルシオンを徹底的に改善した後継機種、らしいってことくらいしか、こちらは知らんさ。具体的な性能までは、さっぱりだしな」

「…………」

 ワイオミングは悩んでいたが、ここでハインラインと軋轢あつれきを生むデメリットの方が勝りそうだと判断して、追求はしないことにした。第一、今回フラガラッハを秘密裏に持ち込んで、演習で実戦での性能をある程度見定めようとしていたことも、また事実である。

 その模擬演習相手であるハインラインには、どうせある程度の情報は伝わる予定だったのだ。そのことを相手が先に知っていたからといって、L1駐留艦隊自体には、なにかデメリットが生じるわけではあるまい。

 ただ、ワイオミングが警戒すると理解していて、あえてその情報を流してこちらの出方を伺うあたり、マヌエルという人物はつくづく食えない輩だとは思ったが。ただ、敵対するならともかく協力するのなら、この程度の方がむしろ頼りがいがあるというものだろう。

「分かりました。必要なら、簡略化はしますがフラガラッハの情報は提供しましょう。代わりに、次期量産機種となったアストラエアに関する情報を、提示していただきたいのですが」

「構わんさ。元よりそのつもりだ。なんだったら、具体的にどうアストライアーと違うのか、模擬演習の詳細を決めながら、説明しようか?」

「……そうですね。では、部下たちは演習の詳細が決まるまで我々の艦で待機ささせます」

 ここでの水面下での鍔迫つばぜり合いは、一応表面上は穏やかに推移したと言えるだろう。



 だが、穏やかに進んだのはここまでだった。ハインラインが提示した模擬演習のルールに対し、ワイオミングが驚愕する。

「アルテミスは、近接戦特化型と聞いていますが……この距離から開始するとなれば、どれほど高機動の機体が相手だろうと、遠距離狙撃さえ可能な距離なのですが?」

「だから?」

 セレーネは至極当然といった雰囲気であり、冗談でいっているわけでもなければ、挑発する意図があるわけでさえないらしい。

「わざわざ時代遅れもはなはだしい、近接特化型に乗っているんだ。射撃戦の距離では、一方的に撃たれる程度のことは想定済だ」

 乗っている本人がいうセリフではない、とワイオミングは思ったが。だが、続けられた言葉には流石に驚愕きょうがくした。

「貴様はともかく、部下の連中は心中で明らかにこちらを見下していたな。言葉にはしなかったが、その程度のことは見れば分かる。連中に分からせてやるには、このくらいのハンデを与えてやるべきだ……そうでないと、実力差を理解できないかもしれんからな」

「……それは頼もしい。ですが……」

 確かに、実力差を分からせるにはある程度のハンデが必要かもしれなかった。しかし、これはいくらなんでもハンデを盛りすぎてはいないだろうか。そう思ったのは、束の間だった。

「フラガラッハの性能は見せて貰った……ファルシオンから比べれば相当マシな機体だ。だが、使うのがあの連中程度なら、むしろこのくらいしないと、遊びにすらならない」

 セレーネの気迫が伝わってくる。彼女は今まで、意図的に気を抜いていたらしい。政治的な話は基本的にマヌエルの担当だから、セレーネからすれば当然のことだったが。ワイオミングには、彼女の実力の片鱗が伺えた気がした。

「望みどおり、連中は全力で叩き潰す……あの程度の連中が精鋭扱いのままなら、今後のユミルとの戦いの被害は想定以上の物になるだろうからな」

 それに、とセレーネは続けた。

「あわよくば私とアルテミスを、対ユミル用の仮想シミュレーション向けの仮想敵として登録したいんだろう? ならば、射撃の回避行動もユミル以上の物を入手させてやるさ」

 セレーネはワイオミングたちの思惑を知っていたのだと分かって、彼女の二つ名の意味をようやくワイオミングは真に理解出来た気がした。

 同時に、むしろワイオミングたちの方が『鋼の女皇』を舐めていたのかもしれないと知って、部下たちが想像以上に精神的な打撃を受けないか、そちらの方が心配になってきたのだった。

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