第31話 蒼い雪 ( 1 )

 彼女の居ない白い部屋は、殺風景で前より広く感じられて、そこは静けさだけが支配していた。


 ——土曜日には、特にそう感じる......


 今はもう此処にいない彼女だが、あの頃のベッドの上でのおしゃべりが、いつの間にかBGMのようにJの耳元に🎶 流れてくるのだった......



 トーク 1 :


 生まれたのはねぇ、長野の山奥なんだ....

 新潟に近いところ。

 キレイな川が流れていて、自給自足みたいな生活。

 両親は東京生まれなんだけど、田舎暮らしに憧れて来たみたいだね。

 私、色が白いでしょ?

 だから、遠くの学校まで山から🏔降りて通ってると、『雪女』なんて言われて、からかわれたりした......


 いや、イジメなんてなかったよ。

 ただ、田舎すぎてちょっと浮いていただけ.....



 振り返ってこちらを見つめる美樹の瞳の中に、Jは深い雪に覆われた山あいの家の赤い屋根を見たような気がした。


 ——ん?......気のせいだろう。


 そして何故だかはわからなかったが、いつかJは自分もそこに行くのではないかという予感がした。


 美樹の肌はたしかに透き通るように白く、粉雪を触るようにサラサラとしている。

 だからJはそこに頬を当ててヒンヤリとした感触を楽しむのが好きだった。

 化粧もローションもほとんどつけない美樹の肌は、まるで少年のようだったが、Jはそれが好きだった。彼女の自然な肌の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、清涼な空気の綺麗な雪山🏔が脳裏に浮かんでくるのだった。


 ——雪女、か。

 たしかに、そうかも知れない.....


 Jは美樹と出会ってからずっと、彼女がどこか世間とかけ離れた存在であるような気がしていた。

 不条理なことの多い汚れた世界に居ても、彼女はいつも明るく前向きに物事をとらえて、Jの悩みなど笑い飛ばしてしまうのだった。

 彼はそんな彼女に惹かれていて、心の底では尊敬していた。


 だが美樹は、ときおり遠くを見つめてから顔を伏せることがあり、Jはそれが気になっていた。


 ——彼女は何を悩んでいるんだろう?


 その姿はまるで、宇宙からやって来たかぐや姫が、再び月に帰らなければならない日までを、カウントダウンしているかのような、曇り顔だった。


 不安を打ち消すように、Jは美樹を抱きしめた。


 宇宙の果てからやって来たばかりのように、美樹の身体は冷たかった。



 トーク 2 :


 あなたのいいところはねぇ.....つまらない権威をかざしてオンナを縛ろうとしないところかな?人としての魅力も実力もないのに、やたらと支配しようとするヤツが多すぎる。

 はじめて、フェアにつき合えるオトコに出会えて、ホッとしたんだ。

 私たちって、なんかこう、もっと深いところで繋がってるよね。

 まだお互いに全部を理解したわけじゃないけど.....

 大事な事は、これからも相手を理解していこうと努力することだよ!



 美樹はJの顔を疑い深そうな眼でのぞきこんでから、笑った。


 夜が明けてきて、白い部屋と美樹の身体がしだいに蒼く染まっていく。

 美樹はもうひと眠りするつもりなのか、寝返りをうって背中を向けた。

 Jは彼女を後ろから抱くと、いつしか一緒に眠りについてしまった......



 トーク 3 :


 ひとりに、ひとりにしないでっ......


 夢の中で美樹の声が聞こえて、Jは目を覚ました。

 すると、となりにいる美樹も起きて言った。


 あっ.....いたんだ、ね。

 もう、私から離れないでね。

 それから......

 もし、私が急に居なくなったら、必ず長野の実家にいるから、迎えに来てね。

 必ずだよ!


 彼女はJがうなづくのを見て安心したのか、微笑みながらまた眼を閉じた。



 Jはさっき見た不思議な夢を思い出していた。


 泣いている美樹がJをみつけると、すぐに笑顔になって彼の手を引いて歩き出す。

 そこは色とりどりの花々が咲き乱れる美しい野原で、いつまでも離れたくないような心地よい場所だった。


 遠くには、雪を被った山々を背にして、あの赤い屋根の家が見える。

 美樹は少女の顔で、そこに向かって歩いていった......



 トーク 4 :


 不思議ね......

 こうして歩いていると、街の中にはこんなにたくさんの人たちがいるのに、私たち2人が巡り合えたなんて......


 あなたは運命って、信じる?

 そう......私も今は信じてるよ!



 彼女は通りの角にCafeのグリーンの屋根を見つけると、Jの腕を引っ張ってそこへと向かった。


 土曜日の昼下がりには、こうして2人でお茶をしているだけで幸せな気持ちになれる。

 美樹はお気に入りの携帯電話📱のゲームに興じ、Jはいつものように SNS の画面を開いた。


 彼はふとした思いつきで、美樹の名前で検索をかけてみることにした。

 だが、不思議なことに、先日まで見ることができた彼女のアカウントの画面はでてこなかった。

 Jは、いま目の前に美樹がいることに満足していたので、そのことはさほど気にならなかった。



 2人が食事を外で済ませて家に着く頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。

 Jがカーテンを閉めようと窓辺にいくと、夜空に明るい月が輝いているのが見えた。

 満月🌕 だった。


 振り返ると、美樹が後ろ向きで立っている。


 彼女はスルスルと手際よく服を脱ぎ、ブラを外した。

 月に照らされた彼女が、蒼白く光っている。


 彼女の背中が、今夜、Jと結ばれたいと語っている....... ( 続く)






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