壊し屋アモン

イナナキゴロー

壊し屋アモン

第1話アモン

【概要:アモン復活】


男は死にかけていた。


目は虚ろで息も弱く、骨と皮だけになった胸板が僅かに上下し

そのかすかな呼吸が辛うじて彼の命を繋ぎとめていた。


すべては彼に対して行なわれた訓練と称する凄惨な暴行の結果である。


ここは闘技場。


日夜、奴隷たちがその身を賭けて命のやり取りをする場である。

ここで非業の死を遂げた者など星の数ほどいるであろう。


彼もまた数多の奴隷たちと同じようにここで朽ち果てる運命、ただそれだけのことである。

今さら、男の一人や二人の命が散った所で騒ぐ者などいない。


しかし、その日は違った。

たまたま近くに巡業に来ていたあるジプシーの女が彼を目ざとく見つけたのだ。


女は、倒れ伏し死を待つだけの男を不憫に思い

男を抱きかかえ水を飲ませる。


女もこれで男が助かるなどとは思っていない。

ただほんの一時でも喉の渇きを潤し、男が安らぎを得られればと考えたのだ。


だが、この死を看取ってやるための行為が男の体に急激かつ劇的な変化をもたらした。


筋だらけの顔は血色を帯びていった。


骨と皮だけであった体は、見る間に膨らみ肉で満ちた。


それだけではない。

その手足、胸板に至るあらゆる箇所が傍目からも見てわかるほどの

鋼の筋肉で覆われていったのである。


男の劇的な変化を目の前に女は水筒を落として驚く。

無理もないことである。

男の体に起きたこの変化は普通ならばとうていありえない奇跡のようなもの。


だがその奇跡のような復活がもし起こり得たとしたなら

一つだけ現実的にわかることがある。


筋肉は破壊されることでより強固にそしてより強靭になる。

脳が次の破壊を想定し、その部分を強化するためだ。


ならばほぼ死にかけているこの男が復活という奇跡を得たならば?


もしそんな奇跡が起こり得たならば

この男の脳が次の死を免れるために己が肉体を極限まで強化することは

想像に難くなく。


ヘラクレスのごとき肉体にまで変貌したこの男の異形の姿は

至極当然のこととも言えた。


「オオオオオッ!!!!!!!」


男は吼えた。

野獣ごとき声を張り雄たけびを上げた。


そしてひとしきり吼え終わると

男は女を抱く。


自分を助けてくれたジプシーの女を、である。


女は自分の夫に操を立てていた。

ゆえに女が男を自らの意思で受け入れることなどありえなかった。

しかし、無理やりということでもなかった。


言うなればそう、必然。


男の図抜けた獣性が。

男の図抜けた雄度が。


本能で最高の男を望む女に受け入れる以外の選択肢をもたせなかったのだ。


野獣のような男に抱かれ女はほどなくして失神する。

気を失う前に「アモン」といい残して。


朦朧とする意識の中、無意識で死別した子供の名前を呟いたのだ。

そしてそれは、記憶を失っていたこの男の名前ともなった。


数刻後、男を死の淵に立たせた男たちが騒ぎを聞き

駆けつけてくる。


アモンが彼らを物言わぬ肉塊にするのに1分もかからなかったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る