02.

 次の日、約束通りに愛梨は迎えに来てくれた。月理は、いつも通り目覚めの悪い頭と慢性的な疲労にやられた朝を迎える。

「ねえ、アイリ?」

「なに、つぐりん?」

「今日さ、日々野さんをお昼ご飯に誘ってみたいと思うんだけど、どうかな?」

 朝の通学路でのこと。突拍子もなくというか、脈絡なくそんな重大なことを言い出した。

 日々野は、月理にたまに絡んでくる優等生気質の女子生徒で、こないだの数学の時間の後に絡んでき女子生徒がそうだ。

 日々野は、そのきつい性格故か、もっと別の理由からかわからないが、いつも一人で昼食を取っている。でも、月理は、彼女に好感をもっていた。自分を構ってくれること、言いたいことを言う性格、ある意味自己中心的な生き方。

「んー、良いんじゃない?」

 愛梨はこういうところでノーとは言わない。言えないのではなく、言わない。そんなところが月理は大好きだった。

 昼休み。全部の授業できっちり睡眠を取った月理は、上機嫌で足取りも軽く、窓際の席の日々野に近づいた。購買で買った九割引のシールのついた特製ザリガニサンドと、昨日見たテレビの影響で購入した野菜ジュースのパックを抱えている。愛梨は、持参の弁当袋をもって後ろからついてきていた。その表情には少なからず、日々野とのコンタクトに期待を持った部分が見られる。

 日々野は、左腕で頬杖をつき、ぼぅと秋の晴れ渡る空を見ていた。

「ねえ、日々野さん。ここ、いーい?」

 日々野の前の空いてる席を指差して月理は屈託のない表情で聞いた。

 日々野は、一瞬驚いて、逡巡したあと、「勝手にすれば」とそっぽを向きながら言った。月理と愛梨は、椅子と机を寄せ合って陣取る。

 日々野が二人の方に向きなおって、口を開いた。

「あなたたち、なにがしたいの?」

 さも迷惑そうな声色で問い質してきた。だが、月理は他意はないので素直に答える。

「別にないよ。目的かぁ。強いて言えば、日々野さんと友達になりたい、かな」

 音が聞こえそうな勢いで、赤くなる日々野。

「なななにいってるの? 柏音さん。今日だって、わたしは、あなたに真面目にしろと噛み付いたばかりでしょ?」

 やっぱり、全部の授業で寝るといろいろ問題が出てきて、例に漏れず日々野に怒られるのだった。

「まあ、それは不真面目なあたしが悪いってことで、水に流してもらえるとありがたい」

 月理が恥ずかしいそうに言った。

「そういうことじゃなくて!」

「気にしてないよ。そんなの。むしろ、あたしは、ああやって声をかけてくれることを感謝してるよ。言わない方が楽なのに、わざわざあたしの為に言ってくれるんだもん。どんな人か興味が湧いたんだ」

「あなたが、いいのなら、別に、いいのだけど」

 歯切れ悪く、日々野は引っ込んでしまった。友達になりたかったのは月理だけではないらしい。

 少し照れの入ったような仕草で日々野は弁当を広げた。卵焼きに、ウィンナー、後は煮物が色取り取りに詰まっていた。

「へえ、日々野さんのお弁当綺麗だね」

 愛梨が素直に感想を漏らす。愛梨のいいところは、こういうことを本気で感心することだ。あまりに露骨な感心は時に世辞として映るが、それがない。

「うっ、いや、これは昨日の残りだし……」

「えっ? もしかして、日々野さん、自分で作ってるの?」

 人懐っこい感じで、愛梨が会話を盛り上げていく。

「いや、卵焼き焼いて、煮物詰めてきただけだから」

「へえ、あたし卵焼きそんなに上手に焼けないよ」

 月理も感心する。月理は、手先は決して不器用ではないがそれは悲しいかな錬金術でしか発揮されない特異体質だった。

「よ、よかったら、食べてみる……?」

 恐る恐る、そう提案する日々野。月理は、愛梨に負けない懐っこい笑顔を見せる。

「いいの? でも、あたしお返しできるものないよ?」

 野菜ジュースにサンドウィッチだ。分けられる物がない。

「いいわよ、そんなの。はい、どうぞ」

 差し出される、弁当から月理は素手で卵焼きを取り出す。おもむろに口に含み、よく咀嚼する。

「ん! これは!」

「「これは?」」

 愛梨と日々野がハモる。

「藤崎の卵焼きよりうまい」

「な・ん・だ・とぉ?」

 これまでのやり取りを聞いていたのか、間髪いれずに藤崎が会話に割り込んできた。

「では柏音。この俺の腕をさらに高めた超絶美味な卵焼きを食って今の発言を心から悔やむがいい」

 びしっと差し出される藤崎の弁当箱。後ろに竜が見えるかという気迫で挑戦してきてる。効果音的にはゴゴゴゴゴとなにかが唸りを上げている。

「ふふん、ではその挑戦受けて立とうではないか」

 決して、月理が作った訳ではない。なのに、自信たっぷりに挑戦を受けるとか言っている。当の本人である日々野もその独特で不可思議な空気に押されて、固唾を呑んで見守ってる形だ。

 月理は、藤崎の卵焼きをむんずとつかみ、口に運ぶ。それを、味わうように噛み砕いていく。そして、飲み込んだ。みなの視線が月理へと集まり、緊張で喉がなる。

「藤崎。おまえは確かに良くやっている。だが、それは井の中の蛙だ。過信したな。卵を割るところから出直せ」

 月理は、あたかも自分が打ち負かしたような口調。でも、誰も突っ込まない。

 がくりと膝を突く藤崎。

「お、俺が家庭科で負けるとは……」

 悔しさが滲み出ていた。家庭科と藤崎。外見のイメージと違うこと甚だしい。

「おら、負け犬はとっとと向こうへ行け。ここは女子だけの秘密の庭園なんだからな」

 しっしと、手で退散を促す月理。去っていく藤崎の背中はなんだか煤けているようだった。だが、藤崎は少し行ったところで振り向いた。

「あれ、柏音はこっちじゃねえの?」

「マジで泣かすぞ」

 藤崎は慌てて、相方宇治原のところに逃げてった。

「ったく。あいつらは、あたしの性別を本気で取り違えている気がする」

 月理はわざとらしく腹を立ててるように振舞った。

「ふふふっ」

 日々野が笑った。

「なに? 日々野さんには、あたしが楽しそうに見える?」

「すっごく」

 図星だった。月理は、ぼりぼりと頭をかきながらつぶやく。

「不愉快かって言われると、違う気がするけど」

「でも、すごいね。藤崎君の料理、すごくおいしんだよ」

 愛梨が、心底感心した。

「いや、たまたまよ。たまたま」

「そんなことはないよ。卵焼きはかなり腕が出るからね。日々野さんは家事やりなれてると見た」

「親が忙しいから、必要に迫られて自然にできるようになっただけだから」

 少し俯きながら、寂しそうに日々野は言った。

「必要なことが、十全にできるのってすごくうらやましい。あたしも一人暮らしだけど、卵焼きの一つ作れやしない。本当なら、藤崎にあんな口を利く資格もない。でも、友達だからね。あんなんでも」

 月理はにかっと、笑ってみせる。

「さらに、生来ものぐさな性格がたたって、今日のお昼はこれ。美味しいとは、思うんだけどね」

 ザリガニサンドを指さす。愛梨と日々野は、微妙な表情を浮かべる。九割引シールの効果は伊達ではない。

「なんだよ、二人とも。このザリガニは、地元の湖を救う為に捕獲されたザリガニを処理する目的で作られたエコな商品なんだよ?」

「いくらエコでも、ザリガニはちょっと」

 日々野の笑顔が引きつっている。

「大丈夫だよ。野生のをそのまま食べると泥臭いらしいけど、泥抜きをすればフランスとかでは人気食材なんだから」

 月理は、包装を開け、なんの躊躇もなくかぶりついた。

「うらやましい」

 日々野が、幸せそうにザリガニサンドをぱくついている月理を見ながらそう言った。

「おっ、ザリガニサンドに興味湧いた?」

「違うわ。柏音さんにとって、藤崎君はいい友達なんだなって。わたし、そういう友達いないから」

「ああ、そのこと。これからは遠慮なく、おまえの味覚は壊滅してる。わたしの料理で修正されなさい! とか、あたしに言ってくれていいんだよ?」

「つぐりん。修正とかは言わないんじゃない?」

「ああ、アイリ。相変わらず、突っ込みのポイントがずれててエキセントリックだよ」

「褒めてないでしょ、それ」

 愛梨が、ぷーっと頬を膨らませて抗議する。

「うん、褒めてないわね」

 日々野が早速、愛梨に味方する。

「そんなことないよ。エキセントリックは奇抜じゃなかったけ? 奇抜には、優れているっていう意味もあるんだから」

「そうかもしれないけど、つぐりんに言われるとそう聞こえない」

「なに? それはあたしがアイリをそういう目で見てると思ってるってこと?」

「そうじゃないよ。ただね、つぐりんの英語の成績を知ってると、一番有名なイメージで言ってそうで」

 今度は月理が、ぷぅとなる。

「わかるわ」

 日々野は、もうすでに愛梨側に立ち位置が決まったようだ。

「なんて失礼な。あたし、この前頑張って赤点は回避したんだから、進歩はしてるんだ」

 あはは、と愛梨は誤魔化したような笑いを浮かべている。

「へえ、何点だったの?」

 事実を知らない日々野は、興味深そうにたずねてしまった。

「三十二点」

 なけなしの胸を張り、月理は明らかな褒めを期待した子供のように報告した。月理の学校の赤点は変動制であり、赤点は平均点の三分の一である。

「この前は、平均が七十八点だったから、回避はしてるわね」

「でしょ」

 どこまでも満足そうな月理。

「ちなみに、アイリはね八十四点だった」

「わあああ、つぐりんなんでそういうこと言うかな?」

 慌てるが後の祭り。軽く落ち込んでいる。

「えっ? いいじゃん。あたしより多いし、平均も超えてるんだから」

「でも、日々野さんの前じゃ恥ずかしいよ」

「ちなみに、日々野さんは何点?」

「わたし? き、九十五点……」

 点数が一番高いのに、一番自信のない口調の日々野。

「あはは、すげえ。雲上人だ」

「でも」

 日々野が悔しそうに歯噛みしている。

「また、今回も宇治原君に負けたわ」

 宇治原は、一問間違えの九十七点だった。

「あはー、もうなんかラグナロクって感じ?」

「そ、そんなことないわ。別に神様って訳じゃないもの」

 愛梨は、ラグナロクという単語を知らないだろうと月理は思っている。日々野はなおさらである。だから、この例えに二人からの反応はないと思い込んでいたので、月理は不意をつかれた。

「でもさ、点数的には凡人だよ、あたし。戦いに参加する英雄候補ですらない」

 月理は、内心うきうきしていた。

「そんなこと。それこそ、数学か、化学か、物理で戦争が起こったら、あなたは間違いなくヴィーダルになれるわ。望むならスルトにもなれるわ」

 ヴィーダル。世界を征服していた神の王の息子である。父、オーディンを殺した狼フェンリルを口から裂き、ラグナロクを生き残り、新たなる世界の神となったもの。

 スルト。世界を滅ぼす終末の炎を放ったもの。

「世界を滅ぼして欲しい?」

 なんの思慮も意図もなく、月理はポロリと漏らした。

「柏音さんにならいいかもね」

 日々野はそう、寂しそうな笑顔で答えた。

 愛梨は、なんの話をしているか的を得ずクエスチョンマークが浮かんでる。

 黙々と三人は、自分の食事を口に運んだ。月理と日々野は浮かない顔で。愛梨はマイペースに。お弁当がある程度片付いたところで愛梨があることを思いついた。

「ねえねえ、つぐりん。つぐりん。土曜のライブに日々野さんも招待したら?」

「はえ?」

 月理は、最初なにを言われたかわからなかった。だが、すぐに思い至り、日々野に聞いてみる。

「日々野さん、ロックとか好き?」

「えっ、好きも嫌いも関心持ったことないわ」

「じゃあさ、ここらで体験してみない?」

 日々野は、意味がわからないという顔をしている。

「カラオケのお誘い? だけど、わたしあんまり行ったことないから……」

「ううん。聞くだけ」

 話の途中で愛梨が、そう答えた。

「誰の歌?」

「クイーンとか、オリジナルとか。って、ああ。歌うのはあたしだよ」

 月理は自分を指さした。

「柏音さんが歌うの?」

「そう」

 月理は自慢げに頷いた。

「へえ、聞いてみたい」

 日々野も興味深げに答えた。

「んじゃね、場所と時間は……」

「うん。わかったわ」

 チャイムが彼女達の憩いの時間の終焉を告げた。



 夜、また一人、売人を追い詰めていた。対象は珍しく女だ。女は、追い詰められ涙目になりながら、助命嘆願をする。

 聞く耳持たず。人の人生を散々乱してきたのだ、それで許される訳がない。本人は、お小遣い稼ぎでやっているのかも知れない。だが、自分のしたことの重さを知るべきだ。

「お、お願い、見逃して。この薬がどんな薬かも知らないの……」

 声が震えている。月理は、その言葉に苛立ちを覚えた。

 どんな薬か知らないでは、済まされない。それは、どんなことでもそうだ。知らなかったらうっかり人を廃人にしてしまったり、殺してしまったりしても許されるだろうか?

 断じて、否。月理はそう考えている。

 相手は怯えきった女だ。薬をかじらずに済みそうだと思った。だが、実際追い込まれたときに強いのは、女だ。それは、自分が一番知っていたのではなかったのか。

 女は、手に持っていた薬を一粒飲んだ。二粒目を飲もうとして、動きが止まった。「待て」と抑止する隙もなかった。

「馬鹿が!」

 代わりに出てきた言葉はそんな罵倒。

 この薬は、出来損ないであるが故に、人に究極の快楽をもたらす。だけど、一部の人間に取ってはまったく違う効能を持った薬となる。本来は、そっちの方が主な目的なのだが未だ研究は途上であり、麻薬や覚醒剤と同様の効果があるようにしか扱われていない。

 その効果が、人間の「吸血鬼化」と呼ばれる作用だ。服用者に、人間とは思えない力と、回復力を与え、その代償に人間の血を欲するようになる。

 その症状が出るものは、「適合者セレクテッド」と呼ばれた。女は、動きがない。「適合者」だったのかと、月理も慌てて薬を用意した。もし、「適合者」だった場合、殺し合いが始まる。しかも、超人的な。

 だが、女は一分過ぎても動きがない。さすがに怪しんだ月理は、近寄ってみる。

『ミシェル。策かも知れぬ。迂闊な行動は慎んだ方が良い』

「いや、『適合者』の場合、こんなに行動を抑制していられる訳がないんだ」

 失敗薬故に、一番吸血性が強く出る。我慢ができずに飛びかかってくるはずだ。

 近寄ってみると、女は完全にトリップしていた。思わず、安堵する。

 月理は、薬の売買に関する罪だけを決済して、警察に連絡。この状態なら、警察が来たときも飛んだままだろう。

 ぱんぱんと、手を叩く音が無機質に路地裏に響いた。気配がしなかったので驚いたが、表面には出さずに済んだ。

 月理は、怪訝な視線を向ける。

「誰だ、あんた?」

 誰と問われたのは、一人の女性。背中の半ばまである金髪を二つにわけ、結っている。顔は、逆光で全貌は見えないが、きれいに見えた。外国人に特有の目鼻立ちのはっきりした彫りの深いタイプだ。青い目が印象的である。さぞかし、太陽の光に苦労してるのではないだろうか。それに、胸の話ならは実に気が合いそうである。

 服装は、スカートタイプのスーツ姿。そのシルエットは実に仕事ができそうだ。

「あなたが、タランダの残した種でいいの?」

 実にできた日本語で話しかけてくる。

「質問に答えろよ。本当に日本語通じてるならな」

「……訃報通知テラーオブデス。シア・エルベルト・カーソン。魔法使い」

「そうか、あんたたちが、あれか」

 月理は、くるくると人差し指を虚空で回す。それに合わせて記憶の糸がたぐり寄せられているようだ。

「あの人でなしで有名な元・錬金術師の集団だろ?」

薔薇十字団ローゼンクロイツを代表して、あなたをスカウトしに来た」

 月理の言葉はスルー。月理は、その実力を測るようにシアを睥睨する。

「薔薇十字団は、魔法使いが主になりつつあるが元は、錬金術師の集まりだ。タランダの跡を継いだとなれば、参加する権利がある。どうかな若き、ベイルノート?」

「あんたら、研究のためなら必要悪を犯すっていうじゃないか。あたしは、正義の味方になりたいんだ」

 体の内でアンドロマリウスが喜悦に酔っているのがはっきり感じとれた。言葉にしたのはこれが初めてだ。いくら、巨悪にならねば世界を守れないと言っても、結局なりたいのは正しきものの味方なのである。

 正義の味方。口にすればとっても陳腐な言葉。もっとも忌避すべき立場。悪を倒すには悪にならねばならない。わかってはいるのだ。真の正義の味方は役に立たない、と。でも、だからなんだというのが月理の言い分。

 品行方正なんて、クソ食らえ。そんなものでこの世は守れやしない。この世なんて大きなものじゃなくて良い。自分の大切な人。自分の大切なもの。自分という存在そのもの。それらを守るのにきれいごとを言ってなんかいられない。

 だけど、この前のアンドロマリウスの勧めもあって、あえて口にすることにした。正義の味方。憧れてはいるのだ。自分の世界を守れるなら正義の味方になりたい。でも、叶わないから、あえて「悪」と言っていた。

 ある意味での逃げだ。月理は、自分に立ち向かった。

 結果。いわゆる巨悪の力を持った正義の味方になりたい。限りなく矛盾している。それが柏音月理の正義観。要は、力のある、手段を問わない正義の味方ということになる。

「答えはノーでいいのかい?」

 連中のやり方は、元錬金術師の集まりと言うこともあって合理的と聞く。そこには、善悪を超越した規範、常識があるだろう。それは、きっと月理にはプラスに働くに違いない。だけど、気にくわない。

 今、目の前で広がっている薬の元を辿ると連中の「愚か者の知恵」に行き着く。この街を侵している吸血鬼化薬の元はこいつらなのだ。

「おまえらが自分たちをどう思っているかによる」

「じゃあ、イエスだね。ようこそ、若き錬金術師よ」

 絵に描いたような作った笑顔。

「ふざけろよ。そんなところが既に対象外だっての」

 薔薇十字団は、きっと月理の役に立つだろう。だが、目の前の惨状に手を貸さないなら今は手を結ぶべきではない。こういうところが、アンドロマリウスに甘いと言われる所以。

「ふうん? ずいぶん反抗的ね。ここで殺しちゃっても構わないのよ?」

「やってみろ」

 月理は睨みつける。

「いい目だ。ここで殺すのには、惜しいなぁ。でも、私は嬉しいけどね」

 シアは、こきりと左の指を鳴らした。シアの目に浮かぶのはなんだろう、どす黒い感情。多分、憎悪。

 お互い、踏み込んだ。ノーガードの殴り合い。月理は顔を、シアは腹を。

 そして二人とも怯むことなく、もう一撃を振りかぶる。シアは顔を、月理は腹を。

 上から打ち下ろされる形になった月理が若干ひるんだ。

 それを見たシアは、月理に首に手を回し膝を打ち込む。

「げ、あ」

 完全に崩れる月理。

った」

 シアは、左手で月理の顔を掴む。

「告死!」

 左手に魔力が走るが、月理はなんともない。その手を振り払うと、距離を取った。

「どういうこと、アズライール?」

 シアは自身の左手に話しかける。

 こっちの会話が聞こえないのと同じように向こうの会話も聞こえない。

「ちっ、あんたが効かない相手なんて初めてだ」

「アズライール? そうか告死天使があんたの能力か。危なかったわけだ。サンキュウ、アンディ」

 月理が自身の相棒にそういった。

『なに、造作もないこと』

「三流悪魔のクセして!」

「アンディは、三流じゃないぜ。なんせ七十二柱の一柱だからな」

「知ってる!」

 爪をかんでいる。見た目ほど育ちは良くないようだ。

「くぅ、悔しいぃ! 悔しいけど、あんたに能力が効かない以上撤退する。覚えてなさい」

「どこの三下だよ?」

 シアは走って消えていった。魔法使いなのに、消えたり飛んだりしないで。

 遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

「ヤバ、あたしも消えなきゃ」

 月理も慌ててその場から去った。


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