1−5

 僕が全力で突っ込みを入れると、会長は眉根を寄せて僕をにらんでくる。声のトーンをひとつ落として、彼女は僕に言う。

「……ほう。なかなかいい度胸してるじゃん」

「……え?」

「『悪の生徒会』の会長たるあたしを前にして恐怖に打ち震えず、あまつさえあたしの『命令』を断ろうだなんて」

「いや、べつにそんな」

「そして生徒会はこの学園のエリートだ。いくら素行が悪くても、おまえみたいに頭が悪くても、生徒会の強権とか横暴とかそういうなんやかんやで内申点は天を突き抜ける。それに微塵も興味を示さないなんて」

 教育機関としてそれはいかがなものなんだよ。ていうか僕が頭悪いのはいま関係ないだろ!

「その理由はなんだ?」

 会長にそう問われて、僕は逡巡する。そして言う。

「……僕は、ふつうの人間だからです」

「ふつう?」

 会長が訝しみながら僕の言葉を繰り返した。

「そうです。会長とは——会長たちとは、ちがうんです」

 僕は目の前の少女を見た。見た目は小学生だけれど、ほんの短い時間をおなじ部屋で過ごしてみて、面と向かって彼女と話をしてみて、僕はこの柊阿久乃という人物の底知れぬ力というものを垣間見た気がした。自分の見ている世界に揺るぎない自信を持ち、その自信に裏打ちされて放たれる言葉。自分が「これ」と思ったものごとを貫き通す意思。まあ、この巨大学園の生徒会長になるようなひとだ、僕とは人間の出来がちがうんだろう。

 そう、僕なんかとはちがう。きっと彼女たちは、この大きな学園を、大勢の生徒たちを衝き動かして、いずれ社会を変えていくんだろう。僕なんかとはちがうんだ。

「……僕なんか、役に立たないですよ」

 会長たちが僕を見据える。初奈先輩はすこし気に食わないような目を、環先輩は不思議そうな顔を向けてくる。真ん中に立つ柊会長の表情は、どういう感情をはらんでいるのか僕にはわからなかった。三人からの視線を浴びた僕は、ややうろたえながらていねいに言葉を選ぶ。

「僕はみなさんのお役に立てるような人間じゃないです。残念ですが、ほかを当たってください」

 僕はそう言ってお辞儀をし、その場を去ろうとした。これでいいんだ。僕はただ落とし物の校章を届けにこの生徒会室に来ただけで、生徒会に入ろうとしていたわけではないのだ。それに、こんなとくべつなひとたちのなかに入って、自分になにできるんだ? 会長は「奴隷だ」とかおもしろがっているけれど、実際に僕が生徒会の仕事をしはじめたらきっと失望するだろう。この学園の生徒会室は、僕みたいななんの取り柄もない人間がいていい場所じゃない。

「ふうん」

 会長が鼻を鳴らす。彼女は不敵な笑みを浮かべて立っている。

「……おもしろいじゃん」

 会長の声が生徒会室に響いた。

 自分の世界の正しさを信じて疑わない声。遠く未来まで見通すように輝く瞳。すべての欺瞞や虚勢を暴き出してしまうような、鮮やかな極光のように煌めく笑み。吸い込まれるように会長に釘付けになっていた目線をようやく外して、僕は足許のタイル張りの床を見つめる。

「……ほかを当たってください」

「レンくんっ」

 こんどは環先輩が僕を呼び止めた。

「落とし物を拾ってくれたら『遺失物拾得届』を書いてもらわなくちゃならないの。でもごめんなさい、今日は書類を切らしちゃってて。明日までには用意しておくから、また書きに来てくれないかな」

「……わかりました」

 しかたなく僕はうなずく。

「明日また来ます。書類を書くだけです。ほかのことはなにもしませんから」

 僕はそう言って、ふたたびお辞儀をして辞去した。それ以上だれからも呼び止められることはなかった。

 これでいいんだ。僕は自分にそう言い聞かせる。

 去り際にもういちど会長のほうを見ると、彼女はやはり不敵に微笑んでいた。

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