14 運命の形

 対象ターゲットの動向は、概ね弐蝋の調査通り(途中コンビニに寄ったくらい)で、ほとんど誤差なく駅へ着いた。

 問題が起こったのは、そこで女子大生と別れたあとである。


 いつもならばここから少し離れた場所にある馴染みの店で一杯やるのが恒例となっていたはずなのだが、ここで岡野に近寄る人影があった。岡野は一瞬驚いたようだったが、歩きながら二言三言会話交わすと、そのまま一緒に歩き始めた。


 あれは知り合いだろうか? データにはない接触だ。このあとのパターンが変わるかもしれない。

 そんなことを考えつつ脳内で今後をシミュレートする。これくらいのアクシデントはいくらでも経験している。実際ここから先岡野が一人になる場面はいくらでもあるし、慌てる必要はない。


 しかし、ここで岡野の隣にいる男の顔に奇妙な既視感を抱いているのに気付いた。知らない男のはずだが、そのほんの少し角ばった顔に覚えがあったからだ。

 この岡野とかいう男……どこかで会ったことがある? どこだ?

 記憶を呼び起こそうと頭を叩いたとき、岡野が隣の男の名前を呼んだ。


「見谷くん。その話は――」


 クラスメイトと同じ苗字に片方の眉をあげた。よくよく見ると、以前未希みきの家族を調べたときの家族写真にいた気がする。


「もしかして隣の男、あれ見谷の父親、か?」


 突然闖入してきた関係者――確か見谷おさむ――は少し早口で岡野に話しかけていた。少し離れているので細かい内容までは聞き取れないが、何か問題が起きたことを報告しているようだ。俺はスマホをいじっている素振をしつつ、聞き取りやすい位置に移動する。


「ですが岡野専務。マズいことに例のころ……コーポレートの方にも手が――」

「ばかもん! ここでその名前を出すなと言っているだろう!」


 岡野が、何か言いかけた見谷父をきつめの口調で制した。見谷父の胸を押した手をポケットに入れ、苛立たしげに煙草を取り出し、火をつける。風に乗って流れて来たその匂いが、俺の記憶と岡野を結び付けた。


 ……そうだ。「客」だ。あの施設で何度か見た「客」の顔だ!


 どくんと、鼓動が跳ねる。

 岡野と見谷父。岡野はあの施設の関係者で、もう一人の男は見谷未希の父親。そして話しぶりからして二人は何らかの繋がりを持っている。

 これまで仕事のターゲットにこんな関連性があったことはない。


 これは偶然だろうか?


 いや。弐蝋――あの男に限ってそんなことはない。見谷父がここにくること、俺がそれを知ること、それら全てが織り込み済みだったに違いない。

 もう一度、本能が痛いほどの鼓動となり胸を打った。


 復讐の対象だ。殺せ。どちらも。関係者だ。

                  感情がそう語り掛けてくる。


 いやダメだ。見谷の父親は仕事の対象じゃない。ここで殺すべきじゃない。

      理性がそう語り掛けてくる。


 二人は何かを話しながら歩き続けていた。横を何人もの人影が通り過ぎていく。どうするべきか決めかねているうちに、気が付けば駅から離れ、高速道路が頭上を走る繁華街の出口まで来ている。

 マズい。ここからタクシーに乗られてしまうとこの先殺す機会はなくなる。このイベントは危険だ。多少強引に巻き込んででも岡野を殺すしかない。


            見谷父はどうする?

 見谷の父親を殺す依頼は受けていない。アレは保留するべきだ。


     ならやることは一つだろう。

「ああ。トワリ。見谷の父親の視界から俺だけ外せるか」


 死神の名を呼ぶと、後ろでこくりと頷いたのが空気の揺れで分かった。

 通行人は四人。そのうち一人はあと五秒ほどで通りを抜ける。一人はかかってきた携帯を、残る二人は傘をさすべきか迷いながら談笑に耽っている。見谷俊夫はタクシーを止めるために数歩離れている。岡野の横の車線を猛スピードの車が走り去っていく。岡野を注視する者はいない。


 仕掛けるなら今だ。

 俺は息を止めると、ひっそり後ろから、岡野へと近寄る。

 自然な殺し屋ナチュラルリーパーは誰にも見られず、証拠も残さない。


 しかし、今日は普段と違っていたかもしれない。もしかしたら見谷未希と会っていたこと、昔のことを思い出していたこと、色々あったからかもしれない。


 だからなのか。岡野の背中を押して車線へと押し出したとき、ほんの一瞬、見谷俊夫の目がこちらへ向いたのに、俺は気が付かなかった。

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