操縦席探偵・刑部依歌の撃墜録

ながやん

刑部依歌のシラベ

第1話「真理で創まるウヴェルテュール」

 人が地球という名のゆりかごを出て、千年。

 野蛮な狩猟時代と、弱肉強食の帝国主義を繰り返す中……人類は今も戦い続けていた。生きるため、繁栄のため、科学と経済の発展のため、なにより戦いのため……くなき闘争による、しゅの保存のために。

 人間の愚かさが、ごく自然にして当然な本性だと知るまで、千年。

 征暦せいれき1016年、外宇宙の辺境惑星にラルス・メルブラッドはいた。


『メルブラッド大尉、敵が防衛ラインを突破します! 戦車隊、後退中』

『交戦許可を、大尉! 連中に我ら人類同盟じんるいどうめいの力、思い知らせてやりましょう』


 血気にはやる部下たちの声に、ラルスは小さく溜息ためいきこぼす。

 パイロットスーツと一緒に自分を密閉しているヘルメットの、光を吸い込むバイザーが小さくくもった。シートに座り続けて待機のまま、既に2時間が経過している。

 ラルスたち人類同盟じんるいどうめいが指定した隷属国境線スレイブラインを超えた敵部隊の侵攻。

 宇宙の蛮族ばんぞくとレッテルを貼られた先住民たちとの戦闘は、不可避に想えた。


「ラルス・メルブラッド大尉より全騎ぜんきへ。これよりライブアタックを敢行かんこう、敵性勢力を一掃する。僕がコンサート・マスターだ。各騎は僕のシンガーダインに同調ユニゾンせよ。リードボーカルはもらうよ」


 全面360度視界の球形コクピットの中央で、周囲にの宙に浮かぶ光学ウィンドウを視線でタッチし、全て消す。そうして操縦桿スティックを握れば、愛騎は微動に震え始めた。

 全高30mの巨神、……この宇宙を震撼させる恐怖の代名詞だ。全身を火器と装甲で覆った、天翔あまかける機械神エクスマキナ。人類同盟の切り札にして絶対戦力である。相転移そうてんいエンジンによる通常稼働時でも、圧倒的な火力を発揮する制圧兵器は、もう一つの顔を持っている。

 ラルスは全兵装をオンラインにすると同時に、相棒へと語り掛けた。


「ヴィリア、選曲オートだ。任せるよ」


 視界に滑り込んでくる光学ウィンドウに、あどけない少女の顔が浮かぶ。彼女の名がヴィリアだ。ラルスの相棒であり、戦歴は有に200年を下らぬベテランのシンガーダイン。戦場に勝利の歌を捧げる電子の妖精だ。


了解コピー、マスター! リードボーカルを取ります、全シンガーダイン同調……シンクロナイズド完了。わたしのいとしい姉妹たち、声を合わせて……コーラスパート、権限委譲』

「一気に殲滅せんめつする。セッションレイド、スタンバイ」


 部下たちから次々と『了解』の声が届く。エインヘリアルの搭乗者に選ばれた戦士は皆、シンガーダインと呼ばれる人工歌姫とコンビを組んでいた。それこそが、エインヘリアルをただの戦術機動兵器から、死の破壊神へと変貌させる鍵である。

 あっという間にヴィリアは、ベテランの手腕で手続きを終えた。


『楽曲選択、ライブラリナンバー47817……"風よ運んで、彼方かなたより此方こなたへ"』

「楽曲データ詳細を。……随分と長い歌だね、ヴィリア」

『征暦824年、アレスター会戦時の流行歌ポップナンバーです。演奏時間は8分17秒、原曲唱者サクセサイザーは当時の人気アイドルグループ……"ネメシス"。変更なさいますか?』

「いや、いい。ただ、そんなにはかからないと思ってさ。ま、片付けてしまおう」


 立ち上がるラルスのエインヘリアルは、建造から300年程の名騎だ。名は、【ゼオリアード】。隊長であるラルスが乗るのは、強化型の隊長騎だ。ダークブラウンの四肢は角ばった装甲が頑強さを飾り、関節部や駆動領域では人間の動きを完全再現するマグネイト・ジョイントが光る。

 さながら群れなし立ち上がる【ゼオリアード】は、守護騎士パラディンのようであり、破戒はかい邪神デーモンだ。

 ラルスは【ゼオリアード】の左腕部に装備されたシールドから、ケーブルを右手で引っ張り出す。それを、腰のコネクタへと接続。これでラルスの乗る【ゼオリアード】は、シールドに鉄壁の守りで守護される。続いて右腕で大地から拾い上げた長大なライフルからも同様にケーブルを伸ばして繋げた。

 そして、エインヘリアルが死神へと変わる瞬間がカウントされ始める。


『ライブアタック開始まで30秒』

「諸君、任務ゆえ容赦は無用だ。ライブアタック中は第一種禁忌兵装だいいっしゅきんきへいそうが使用可能になるとはいえ、気を抜かぬように。では……

On Your Markオン・ユア・マーク! 5、4、3、2、1……オープン・ギグ!』

「全騎、呐喊とっかん。敵を殲滅せんめつする……ライブアタック!」


 周囲を見渡す限りの森から、次々と鳥たちが羽撃はばたき飛んでゆく。

 そして、地平の彼方で土煙をあげる敵の大軍へと、ラルスの指揮するエインヘリアル部隊が突撃を開始した。燐光りんこうを振りまき、背に光の翼を広げた死せる勇者の魂、エインヘリアル。その進む先を示すワルキューレの声が導き始める。

 そして、異星の大気に歌が満ちる。


 風よ伝えて 私のおもいを


 彼方あなたから 此方わたし


 はてなく遠く かぎりなく近く


 星海そらを渡る 風よ 風よ


 機械のプログラムがかなでているとは思えぬ美声が、無数の輪唱を引き連れて重なり合う。ヴィリアのんだ歌声が、姉たちや妹たちのコーラスに支えられて主旋律をたゆたう。

 まるで涅槃ニルヴァーナに響くかのような歌声が、この世に地獄を現出させた。

 人類同盟が僅か700騎しか保有せぬエインヘリアルが、この宇宙で最強の絶対戦力たる理由……それが、シンガーダインによって解放される第一種禁忌兵装だ。この30mサイズの機動兵器が、その内に相転移エンジンとは別に持つもう一つの動力源、。それは、特定の音域と周波数を一定順序で与えると、法則に従い膨大なエネルギーを発生させる結晶クォーツだ。過去千年、一部の人間しか知らぬ製造方法で生み出される希少な特殊水晶……それをシンガーダインの歌が共鳴させる時、エインヘリアルは死そのものとなる。


「ちょっと敵の数が多いか……? ええい、ままよ! われに続けっ!」


 雄叫おたけびを張り上げるラルスの気迫が宿ったかのように、光の翼を羽撃かせる【ゼオリアード】が風になる。彼方ちきゅうより舞い降りて、此方うちゅうの全てを焼き尽くす嵐となって吹き荒れる。

 その手に握った、エインヘリアルの全高ほどもあるライフルが火を吹いた。

 そして、射線にいた敵のクリーチャーが

 ディーヴァにケーブルを通じて有線直結した、これが第一種禁忌兵装……一種の熱量兵器だ。圧倒的なディーヴァの出力から繰り出される、戦艦の主砲すら比較対象とならぬ高出力のビームである。それはまさしく、神罰のメギドにも似た威力で全てを消してゆく。

 原生動物の巨大なクリーチャー、害強竜ワイ=ヴァンなどエインヘリアルの前では敵ではない。

 だが、それらは全てこの惑星の原生種族が繰り出す敵意であり、人類同盟の戦士として駆逐すべきものだ。


「全機、抜剣ばっけんっ! 蹴散けちらせっ!」


 隊長機であるラルスの【ゼオリアード】が、手にしたライフルを捨てる。同時にプラグが抜けて、放った銃は既にただの鉄塊てっかい。変わって、行き場を求めて暴れる蛇のようなケーブルを右手でつかんで、盾の中に収納されたつるぎへと接続する。

 そして、抜剣……ビームのきらめきが形成する刃を、無数のエインヘリアルが掲げた。

 何千倍もの数に対して、そのままラルスは突撃してゆく。

 その姿はまさしく、御伽噺おとぎばなしか神話のよう。

 鋼鉄の騎士が振るう光の剣が、邪悪なる竜を次々と血祭りにあげてゆく。

 そして、歌は鳴り響く。


 風よ伝えて 私の望みを


 彼方そちらから 此方こちら


 いつも祈る いつまでも願う


 悠久ゆうきゅう流離さすらう 風よ 風よ


 原住民の歩兵たちが、絶叫と共に死んでゆく。

 足元に死を広げて、この世に煉獄れんごくを生み続けるエインヘリアルの進軍。その先で巨大な竜が真っ二つになり、巨獣が引き千切られる。

 数だけは多いが、今回の敵は文明レベルC-シーマイナスの下等種族だ。だが、ラルスが外部から拾う声と音とが、そうした認識に疑問符を添えてくる。自動で翻訳される阿鼻叫喚あびきょうかんの悲鳴と絶叫は、呪いの言葉となってラルスの胸に突き刺さった。


『悪魔め! 星の神、我らがしゅが伝え警告した……滅びの御使みつかい!』

『遠く宇宙の片隅かたすみ、水の星より来る侵略者! なんじらに死を!』

『人類同盟よ、この宇宙をむしばむ闘争の権化ごんげよ! 我ら死すとも同胞が、同志が……。天罰の日を待つがいい、呪われし水の星の民よ!』


 この、惑星中の知的生命を根絶やしにする作戦すら、過去に何万回と行われた真征コンクエストの中の、小さな小さな局地戦でしかない。時には機械文明の金属生命体と戦い、時には高次元の精神体をも滅ぼした。勝ち取った星々は次々と開発され、資源の全てを搾取さくしゅされ、そしてれていった。かろうじて生き残った生命体は全て、食料か奴隷、そして愛玩動物ペットだ。

 これが、宇宙に出て千年で真理を得た地球人類の姿だ。

 愚かな戦争状態を演じてることこそが、最も人間らしいと開き直った者たちの姿だった。

 それを自覚するのが何度目か、ラルスはもう覚えてはいない。

 ただ、人類同盟のエース、栄えある星騎士クライヤーの称号を持つパイロット……一つの戦術単位でしかない。そして、彼が最強である時間が終わりを迎えようとしていた。

 広がる全ての生命を虐殺し、鏖殺おうさつした歌が終わる。

 静かになると同時に、全てのエインヘリアルが天へと凱歌がいかを吠えて剣を掲げる。

 その剣の光の刃も、歌の終わりと同時にディーヴァが停止して消えていった。

 そして、飛んできた光学ウィンドウが急停止に歪むや、その中で可憐な少女が前のめりに顔を突き出してきた。3D表示になって浮かび上がるのは、相棒のヴィリアだ。


「作戦終了、損害なし。各騎のディーヴァ停止を確認。ヴィリア、お疲れ様」

『いえ、マスター! ……あの』

「ん? なんだい?」

『死んでいった魂に……歌ってあげても、いいですか? エインヘリアルに乗る戦士たちは、この宇宙で最強の力。でも……敵も味方も、外の人は大勢死にました。だから』


 ラルスが小さく頷くと、ヴィリアは寂しそうに笑って、そして歌い出した。それはディーヴァを鳴動させ、神にも似た力を引き出す周波数ではない。その音域はただただ素朴なメロディで、したたるように響いてゆく。やがて、部下たちのエインヘリアルからも、シンガーダインの歌声が連なり立ち上った。

 それは、電子の妖精たちが捧げる鎮魂歌レクイエム

 戦いを求める自分たちこそが正常なあるがままだと、後ろ向きにさとった人類の生み出した兵器人形シンガーダインとむらいを歌う。皮肉なことだとラルスは思った。こうしてエインヘリアルを駆る自分たちより、その力の起動キィとして歌うシンガーダインの方が……情緒と感情にあふれ、情け深いのだ。


「やれやれ、全くもってむなしいものだね。……でも、僕はこっちの歌の方が好きだな」

『なにかおっしゃいましたか? マスター』

「いいや、なにも。もっと歌って、ヴィリア。せめてもの慰め、と言う資格もない僕だけどね。でも、こうまでして発展と成長、拡大を維持して存続しなければいけないのかな、人類は……ん? 通信だ、なんだ?」


 その時、電子音が鳴って別の光学ウィンドウが目の前に浮かんだ。

 そして、『SOUND ONLYサウンド・オンリー』の無機質な文字を移す中で、女の声が響いた。


『作戦御苦労、メルブラッド大尉。流石は"白閃の星騎士クライヤー・オブ・ノヴァ"と呼ばれたエース中のエースだな』

「はあ……失礼ですが貴官きかんは――」

『ラルス・メルブラッド大尉、23歳。公式撃墜数スコア32,487……これは人類同盟創設以来、7番目に高い数値だ。名門メルブラッド家の長子だが、家督かとく相続権を放棄……ふむ』


 若い娘の声、ともすれば少女とさえ言える声音だった。

 自分の質問に全く答えず、声だけの存在は経歴を読み上げる。それはラルスにとっては面白くない文字列の音読だったが、どうやら有無を言わさぬ相手は上官らしい。

 気遣きづかうように歌をやめたヴィリアを別のウィンドウに見ながら、肩をすくめてラルスは苦笑した。


『メルブラッド大尉……ん、この家名ファミリーネームは響きが悪いな。字面みためもよくない』

「同感であります。で、貴官は」

『私の名は刑部依歌オサカベヨリカ、階級は中佐だ。憲兵艦隊M.P.F.特務分室とくむぶんしつを取り仕切っている。単刀直入に言おう、ラルス』

「なっ……ラルス!? 呼び捨てたぞ、名前で!」

『お前は私のに転属だ、以後は現星系の攻略艦隊を離れてもらう。直ちに憲兵艦隊に合流、特務分室で私を手伝え。以上だ!』


 一方的に通達して、通信は切れた。

 呆れるほどに見事な上意下達じょういげだつ、全くもって反論する余地もない。ラルスは自分を忠実な軍人として定義しているので、辞令に関しては文句はなかった。

 だが、殺伐とした戦場での殲滅直後に、若い娘の声を聞いたのだ。

 歌を聴きながら殺し尽くしたラルスの胸に、聞こえた声が妙な感覚を生む。


『マスター、回収艦が降下中です。部隊の指揮は以後、艦隊本部で一時引き継ぐとのこと。因みに憲兵艦隊は現在別星系のため、次元転移ディストーション・リープで合流せよとの通達が……マスター?』

「いや、なんだろ……僕、クビだってさ。慣れない部隊長も僕なりに上手くやってたんだけどなあ。憲兵艦隊……兵隊狩りをする兵隊だよ、連中は。しかも、女の子が上官ときてる」

『でも、わたしは嬉しいです。……もう、こういう歌は歌いたくないから』


 光学ウィンドウの中ではにかむ相棒のヴィリアに、ラルスも曖昧な笑みを零す。

 こうして、ラルスの数百光年もの長距離異動が始まった。新たな転属先は、憲兵艦隊……人類同盟軍の中にあって、虐殺も占領も略奪もせず、ただただ同胞を見張って監視し、必要とあらば狩り出し処刑する悪名高き艦隊である。

 だが、不思議とラルスの胸には刑部依歌という名前が印象に残った。

 それは、彼の運命を変える少女の名だとは、今は気付かない中で歌声は響く……無数のシンガーダインが歌う哀切の念は、血に濡れた大地に満ち満ちて響き渡った。

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