第4話 タムツーン共和国

窓の外に赤茶けた大地が見え始め、ほどなくして飛行機は着陸態勢にはいった。

ガタガタの舗装がされていない滑走路をしばらく走ったあと飛行機は止まった。

ドアが開き、飛行機の外に出た私を熱帯サバナ特有の乾燥した暑さが出迎える。

しばらく歩いて入国手続きのある建物に移動し、入国手続きをすませる。

時期的なものなのか、あまり観光客らしき人は少なかった。空港の小さな建物の中にある公衆電話にクレジットカードで電話がかけられるタイプのものがあったので、私はメモを見ながら考古学者を名乗る“教授”に連絡を取った。

招待しているとはいえ、私が来るのがわかっていたような口調だった。迎えの者を寄こすのでそこで待っているようにということだった。私はスーツケースに腰掛けてハンカチで汗をぬぐうが追いつかない。タオルが何枚も必要なほどの暑さなのだ。まさに巨大なサウナの中にいるような気分だった。

しばらくしてそれほど新しくない型式の四輪駆動車が建物の前に止まり、現地のガイドっぽい黒人の男が出てきた。背は高くないが、がっちりした体格の男だ。

「南条サン、デスカ? オムカエニキマシタ」

迎えに来た男はカタコトの日本語ができるようだ。

私は軽く挨拶をして車に乗り込んだ。車内は、とりあえず冷房は効いているようだ。

「しかし、暑いですね。ここは、一年中こんな暑さなんですか?」

私は取り出したタオルで汗をぬぐいながら聞いた。

「イマハ乾季ネ、朝夕ト昼間ノ温度差が非常にオオキイデス。昼間ハ40℃近クアッテモ朝ハ、10℃グライマデ下ガリマス」

窓の外に目をやるとサバンナと呼ばれる草原が広がり、バオバブという乾燥に強い木が生えているのを時々みるくらいで特に何にもない景色だ。障害物がないせいか、かなり遠くまで見渡せる。はるか向こうに大型の動物が群れをなして移動しているのがわかる。動物園とはさすがに迫力が違う。万が一、あの動物たちがこちらに向かって来たらと思うと恐怖さえ感じる。しばらく呆然とどこまでも続く大地を眺めていたがドライバーの男の声で我にかえった。

「ヨカッタラ水ドウゾ」

運転しながら男はペットボトルの水を手渡してくれた。

「有難う。実はとても喉が渇いていたんです」

私は一気に渡された水を飲んだ。そして口の周りをシャツでぬぐった。

(ふぅ、生き返る~)

土煙を巻き上げて車は走り続ける。しばらくして教授の宿泊しているホテルが見えてきた。

それほど大きくはないが、それなりに設備は整っていそうなホテルだ。

サファリシャツのような服装をした教授がロビーで出迎えてくれた。

「おお南条君、よく来たね。部屋でシャワーでも浴びてくるがいい、それから夕食でも取りながら打ち合わせをするとしよう。」

私はシャワーを浴びたのち、約束の時間までしばらく休んでからホテル1階にあるレストランへ向かった。

教授はすでに来ていて、今日迎えに来た黒人と話している。

夕食に並んだ料理は意外とシンプルなものが多かった。

炭火で焼いた大きな川魚にサラダが添えられたもの、豆を煮て調味料で味をつけたもの、シチューのようなもの等だ。この国の料理は初めて食べるのでどんなものが出てくるか心配だったが、これなら何とか食べられそうだ。

食事をしながらの簡単な打ち合わせが始まる。

「改めて紹介するよ、ガイド兼荷物持ちのマイルズだ」

教授が横に座っている男を紹介し、彼も軽く頭を下げながら私に挨拶した。

「マイルズ言イマス。ヨロシクオネガイシマス」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

私も会釈しながらこたえた。

教授が再び話をはじめる。

「この国にはね、いろんな財宝伝説があるんですよ。ここから北に車で4時間ぐらい行けば広大な砂漠が広がっている。その砂漠の中でいくつかの遺跡が見つかり各国の考古学者たちが調査・発掘を進めている。中でもわれわれ考古学者の間で話題になっている話があってね。聞きたいですか?」

私は当たり前だと言わんばかりに頷いた。教授は話を続ける。

「この国には何種類かの未開の部族がいるんだが、ある考古学者が砂漠で道に迷い倒れていたところ、そのある部族に助けられたそうだ。そして彼らしか知らない幻のオアシスに連れて行かれた。そこは花と緑で溢れ、透明度の高い湖がありまさに楽園のようだったという。驚くべきはそこにはダイヤの原石がゴロゴロしていたそうだ。まあ、ずいぶん前の話でこれは噂話に過ぎないと言われていた。だが最近、その考古学者の白骨化した遺体が砂漠で発見されたのだ。どうやらダイヤを持って逃げ出そうとして、未開の部族の毒矢に射抜かれて息絶えたようだ。衣服のポケットにはそのオアシスのことが詳細に書かれた手帳と一握りのダイヤの原石が入っていたという」

私は驚いて尋ねた。

「では、今回その幻のオアシスを探しに?」

教授は笑いながら否定した。

「いやいや、これはただの噂話だよ。今回は別の遺跡の調査に行く」

私は教授の意図がわからず聞き返した。

「えっ?さっきの話はなんだったんですか」

教授は意地悪い笑顔を見せる。

「こういう話がある方が冒険心も高まるだろ? では、ここから本題にはいる。

明日行く場所はすでにたくさんの考古学者が調査をしている遺跡だ」

私は無言で聞いていた。というか、どうリアクションしていいか、わからなかっただけだが。

「その遺跡にはまだ謎があり、どこかに隠れた縦穴があり、そこに宝が隠されていると古文書に記されているのだ。明日はその縦穴―われわれの間では『トレジャー・ピット』と呼んでいるその穴に通ずるヒントを探しに行こうというわけだ」

ちょっとロマンのある話に私の気持ちはくすぐられたが、わざと意地悪な質問をしてみた。

「教授、よく本とかである話ですが遺跡に宝が隠されてるということで見つけてみたら、金銀財宝ではなく、植物の種だった―当時の人々にとって食べ物ができる植物は財宝と同じくらい価値があるものだったから“宝”と古文書には記されていた……みたいなことはないんですか?」

教授には意外な質問だったのか驚いた表情をみせた。

「え? いや、まぁ、そういう事例もあるにはあるが……全てがそういうわけではない。考古学というものはそんな単純なものではない」

素人がつまらない質問をしたためか、少し教授が不機嫌になったような気がしたので、この話はそれ以上しないようにした。

それからいくつか教授が注意事項を話して解散となった。


打ち合わせを終えて部屋に戻った私はベッドに倒れこんだ。慣れない気候のせいかちょっと疲れていた。すぐに熟睡してしまうかと思いきやなかなか寝つけない。

初めての冒険にワクワクしていたのもある。それよりもどこからともなく聞こえる動物の鳴き声が妙に近くて不気味に思えて、気になって眠れなかった。結局、熟睡できないまま、朝を迎えた。

簡単に朝食を済ませ、身支度を整えて出発する。

曇っているわけでもないのに砂埃がひどく空気が常に霞んでる感じがする。

ホテルの外には昨日の男が立っていた。

「あれ? 他のメンバーはどこですか」

私は辺りを見回しながら聞いた。

「ん? メンバーはこれだけだよ。私と君とマイルズの3人だ」

教授はさも当然のごとく言った。

「いや、でも、そのなんていうか、調査とかはもっとたくさんのチームで行うものだと思っていたもので……」

私は自分の抱いたイメージとのギャップに戸惑いながら言った。

「あはは、今回は事前調査なのだよ。大きな発掘調査を行うときには少人数であらかじめ下見調査を行ってから本調査に移行するものなんだよ」

教授はそんなことも知らないのかと言いたげな表情で説明した。

「そんなものなんですかねぇ……でも私は素人だし、戦力にならんでしょうしいいのかな」

私が納得してない表情で言うと、教授はニャリと笑いながら言った。

「今回は、君じゃないとダメなんだよ」

(えっ? ……どういうことなんだろう)

私はそれ以上何も言わなかった。ともあれ今回の調査は私の冒険の第一歩になるのだと思うとテンションがどんどん上がって細かいことはどうでも良くなっていた。

途中休憩を挟んで私たちは目的の遺跡に到着した。

いたるところに足場や補強金具が見られ、かなり調査行われている遺跡のようだ。

遺跡の地図を広げながら教授が話し始めた。

「昨日も言ったとおり今回は手がかりになるようなものを発見するのが目的だ。もう一度言っておくがくれぐれも遺跡の壁や地面をむやみに削ったり掘ったりしないこと。何か気になるものを発見したら触らずに私に報告すること。とにかく床面(地面)を注意深く探すこと。これらを必ず守るように。それでは作業を開始しよう。」

私は指示どおり、地面を注意深く見ながら少しづつ進んでいった。

遺跡の構造は単純で、地下に降りると、通路でいくつかの部屋がつながっていて別れ道はない。ひたすら進んで行き止まりの部屋まで行ったら戻ってくるだけだ。ただ内部は薄暗く規模が大きな遺跡なので全部見てまわるにはかなりの時間がかかりそうだった。


数時間が経った。私たちはいったん地上に出て報告を兼ねた休憩を取ることにした。

私は持ってきた携帯用の食料をほうばりながら、教授の話を聞いていた。

「―ということだ。ところで南条君の方は何か見つかったかな?」

教授に聞かれたものの、まだそれらしきものは見てない。

「すいません教授、まだこれといったものは発見していません。あったものと言えば前回の調査隊の誰かが落とした思われるスマホぐらいなもので……」

まだ言い終わらないうちに教授が口をはさんだ。

「それはどこにある? どの辺だ?」

私はその反応に驚きながらも答える。

「ていうか、今の時代の携帯電話ですよ? 誰かの落としものですよ。場所は3つ目の部屋の……」

話してる途中で教授は立ち上がり言った。

「君も来なさい。その場所に案内してくれ」

そして私たちはスマホが落ちていた部屋に行き、教授は落ちていたスマホを手に取った。

しばらく何やら操作していたみたいだが、私たちの方に向かって言った。

「これで今回の調査は終了する。撤収準備をしよう」

意味がわからず教授の方をみる私、マイルズはただ黙って撤収の準備をしている。

「教授、どいういうことですか? これは一体……。それって教授のスマホですか?」

教授は大きな発見をしたかのような笑顔で答える。

「いや、違う。ここには初めて来た。詳しくは帰りの車の中で話そう。よくやった」

私はますます意味がわからなくなりながらも、出口に急ぐ教授のあとを追った。


ホテルへ帰る車の中、教授は今回の経緯について語り始めた。

「このスマホは私の知り合いのものだ。彼は世界的にも有名な考古学者で、前回あの遺跡の調査である重要な発見をしたんだよ。彼はよほど嬉しかったのか、お祝いと称して近所の歓楽街から水商売の女性をたくさん集めて乱痴気騒ぎをはじめてしまった。もともと有能な考古学者だが、唯一の欠点が酒乱であること。それでその時に女たちが彼のスマホを使って撮った不適切な写真が多数収められており、これが万が一、他の調査隊に発見されて公になるようなことがあれが、彼の実績も今の立場も全てパァになってしまう。

彼は私に、自分は他の調査があって探しに行けないから、代わりに行って他の誰よりも先にスマホを回収してきと欲しいと依頼した」

黙って聞いていた私は頭に浮かんだ疑問を口にした。

「でも教授が裏切ってマスコミに公表してしまったら、意味がないですよね。そのような 不安はなかったんでしょうか?」

教授は得意そうな顔になって答える。

「そういう部分では私は他の考古学者から信頼されているんでねぇ」

私は納得がいかず更に質問する。

「でもそれなりのスキャンダルならマスコミに売ったら大きな金額になるんじゃないですか? お金に目がくらまないとは限らないし、それをネタに今後も脅される心配だってあるし…」

教授が少し顔を曇らせ答える。

「本人を目の前にして失礼なことを普通に言ってのけるなぁ、君は。彼が私に払うと言った報酬金額はいくらかわかるかね?」

私は想像がつかずしばらく考えをめぐらせていると、教授が耳打ちした。

「えつ? まさかそんな額を! 本当ですか。」

私は驚いて聞いた。

教授は意地悪い笑みを浮かべて言った。

「彼にとってそれだけの価値がある情報だということだ。そういう意味ではこのスマホは“お宝”ということだな」

(やられた)

私はこみ上げる悔しさを堪えながら、つとめて冷静を装って教授に抗議した。

「こんな国に呼びつけておいて、また私を騙したんですね?」

教授は悪びれる様子もなく普通に答えた。

「ちゃんとそれなりの報酬を払うさ。われわれにとって今回の調査はトレジャー・ピット発見に匹敵するぐらい重要なことだったんだよ、ある意味では」

私はその教授の態度が癇に障り、声を上げてしまった。

「そういう問題じゃないでしょうが!」

教授は今度はなだめるように言った。

「こういう形なってしまったことは謝る。でも少しは楽しめたんじゃないかな?」

(確かに……)

私は心の中を読まれないように真顔で言う。

「もう二度とごめんですからね」

教授はその言葉が聞こえないかのように笑いながら返事をした。

「まぁ、そう言わないで。また手伝って欲しい時は連絡する。」

私は少し食い気味に返す。

「お断りします」

教授は黙って微笑んでいた。


私は報酬の振込先を教授に伝え、帰国の途についた。

またいつものありきたりの日常が始まった。

数日後、教授からの振込みがあった。

それは想像していたよりもはるかに高額だった。

(……ギャラ次第では、また手伝ってやってもいいかな)


次に教授から連絡が来たのはその3ヶ月後のことだった。



<第5話につづく>


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