第4話

 …それにしても。

 まったくどんな文献や情報を当たれば、これほどまで己に似合うものを見つくろってこられるものなのか。

 中世的なものを設定したつもりだったが、世界中からヒビキ自身が集めた叡智えいちは自らを青年の姿へと成長させた。その顔の作りは変わることはないが、身に着けるものに関しては、本人の意思次第でどんな形にも変化させられる。

 正装のつもりか、あるいは人ではないことを強調するつもりなのか、今日は古代ローマのキトンや、ギリシアのトーガに似た時代錯誤な衣服を纏い、まるでファンタジー世界から飛び出してきた吟遊詩人のようだった。


 対して俺は長身の痩せぎす、父親譲りの硬く黒い髪。

 多分に形式的ではあるものの、さすがに普段着では…という周囲の言葉を渋々飲み、へたったジーンズとシャツの上に普段は着ることもない白衣を羽織っていたが、慣れぬものを身に着けているこちらの方がよほど、不本意なコスプレでもしている気分だ。

「駆動走査、オールクリア」

 呼びかけに頷く火狩博士。

「…もうすぐだ。これで世界の苦難の時は終わる。晴香はるかが望んだかたちに」

 火狩博士はとうに亡くした妻の名前を呟いた。

 口中に苦いものを覚えながら、俺はその言葉を沈黙で受け止める。


 そうではない。

 エネルギーシステムの実現は火狩博士が次世代へと願い、託した思いだ。

さとるも喜ぶに違いない。あの子は幼いながらに私の研究を理解している。いずれ私をも超える者となるだろう」

 この思いに敢えて言葉を伴わせるならば…寂寥せきりょう、あるいは寂莫せきばくだろうか。

 プログラムや化学式は容易たやすく解けても、まったくもって人の心というものばかりは、うまく表せる言葉に出会えたためしがない。

 だが、もしかしたら…全知全能を求めることも可能であるヒビキならば、心に対しいつかは答えを導き出せるものだろうか。

 巡る思考を振り切るため、そんな必要もないというのに俺はさももっともらしくわかりやすい、これみよがしの音を立てて実行コマンドを叩き込んだ。

 わずかな振動音が生じる。

 ふ、と場の空気が変わった。

 透き通るヒビキの体が色を取り戻し、瞼をゆっくりと開いた。

「やったぞ!」

 こちらの会話は外にいる者たちにも拾えるようにしていたが、気が散るからと遮断していた外部音声を、この瞬間だけは解放した。

 けれど歓喜に沸き立つ声など意にも介さず、火狩ひがり博士はヒビキだけを見つめていた。覚醒を確かめ、内部情報を整理するために瞬きを繰り返していたヒビキは、博士の視線に気づき微笑みかける。

「おはようございます、火狩博士」

 天を突くよう高くそびえ、宇宙より地上へとエネルギーをもたらす塔は、ガラスにも似た美しい外部構造を有している。

 その中枢神経や頭脳とも呼ぶべき存在――青年の姿を持つ知能システム、ヒビキ誕生の瞬間だった。

 ヒビキの方から差し出された手を、博士は握り返す。

「おはよう。気分はどうかね」

「とてもクリアです」

「お前は希望だ。これからの世界を頼む」

「はい」

 人ならば発狂するほどの重責も、ヒビキはあっさりとその身に負った。

「本日皆さまにお披露目できるのは以上となります。三日後、今後システムを共に支えてゆく技術者を交え、改めて会見の時間を設けさせていただきます。また、他のゾーンにおります技術者へのインタビューにつきましては、現地時間でのスケジュールをリリースしますので、もうしばらくお待ちください」

 滞りなくエネルギー供給が始まったのを、すべて確認し終えてから会見を行うのはあらかじめ決められていた。見学者たちは名残り惜しげに振り返りながら、無骨なガードシステムに追い立てられるよう塔の前を離れて行った。

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