第二十四話 1005
風が吹いている。
暖かく明朗な空気がゆったりと流れている。肌を優しく撫でられると、時が経つのもゆっくりに感じて、思わずうつらうつらとしてしまう。
3月3日。今年は例年より、少しばかり季節の変わりが早かったらしい。地方によってはまだ雪も残る時期だが、周辺一帯はすっかり春模様だった。
高木さくらは小さく首を振り、重たい瞼を持ち上げた。
「春に生まれたからさくら。実に安直な名前だな」
眼下に広がる街は時節の区切れに浮足立っている。神原勇気はその光景をのんびり眺めている。隣にいる部下のことなど気にも留めていないと言わんばかりに。
「『賢者』よりはまともなネーミングセンスだと思いますよ。――四条先輩?」
四条先輩と呼ばれた男、神原勇気――四条正義は、ようやく興味を声の主に移す。
「病院内ではその名で呼ぶな、と言ったはずだが?」
「私、今まで屋上は病院の外だと思ってました」
「屋外であると同時に、病院の敷地内でもある。屋上という空間を、『内でもあり外でもある場所』だと定義するならば、『病院内では』という指示は有効だろう?」
「どっちでもいいじゃないですか。どうせ誰も聞いてませんよ」
「事象から逆説的に判断する、実に科学的な物の見方だ。数学者としては失格だが」
「私は数学者ではなく看護師ですから」
四条正義という人間は、昔からこうだった。
妙に理屈っぽく、我が強い。『自分は常に正しい』という絶対的自信と、それを裏付けるINTの高さ、そして実績。自他共に認める、正真正銘の天才だ。
何より特徴的なことは――自分の人生を、心から楽しんでいるということ。
四条正義は今日も、少年のようにおどけて笑う。
「確かに他人に聞かれない為ではあったが、しかし雰囲気は大事だと思わないか? 名は体を表す、と言うだろう」
「あなたのどこが神ですか。せいぜい鬼か悪魔がいいところです」
「俗説では、ステータスの振り方は神が決めるんだろう? ピッタリじゃないか」
「神をも恐れぬ勇気だけは認めましょう」
「全く、上司に対する口の利き方がなってないな」
四条正義は、やれやれとわざとらしく肩をすくめる。機嫌を損ねた様子は一切ない。
高木さくらはどこか冷ややかな目つきで四条正義と相対する。笑顔を繕おうが、お世辞を言おうが、四条正義という人間にはまるで意味を成さないことを知っているからだ。
「彼の事、良かったんですか?」
「ああ」
適当に雑談を済ませたところで、高木さくらは本題を切り出した。
話題は、四条賢者――四条正義の息子のことへ移行する。わざわざ屋上に出たのは、二人きりで話をするためだ。
「賢者は俺の想像以上の動きをした。俺は恋心という物を舐めていたのさ。全く、彼には負けたよ。いや、彼女には、と言うべきかな?」
負けたと言いながら、その顔に悔しさは微塵も出ていない。高木さくらの目には、むしろ嬉しそうに映った。
「どうやら私は、とことん数学者に向いていないようですね」
勝ちと負けを、四条正義がどう定義したのかは知らない。
しかし、高木さくらの目には、どう見ても四条正義は勝ったようにしか見えない。
「最終的には、四条さんも、神原さんも、そして篠宮さんも、誰もが勝者でしょう? 全員が幸せになれる、正真正銘のハッピーエンドですよ」
「俺が勝者ねぇ。結局、俺の目的は果たされなかっただろう?」
「自分の研究を手伝わせること、ですか。四条さんも、それが神原さんの目的だと思い込んでいたようですね。あなたの目的が本当にそれだけなら、確かに果たされていませんが」
高木さくらが賢者の名を呼ばないのは、彼自身が嫌がっていたからだ。
親子で苗字が同じだから、ほんの少し紛らわしいが、四条賢者のことは四条さんと呼ぶことにしている。四条正義のことは偽名の方で呼べばいい。
「四条さんの推理には、一つ大きな穴があります」
――神原さんの目的って、僕に研究の手伝いをさせることですよね?
「目的がそれだけなら、わざわざ篠宮さんに会わせるまでもなく、直接言えばいいのです。神原さんの為なら、四条さんは喜んで協力したでしょうから」
高木さくらは、四条賢者、神原勇気、両方の動きが良く見える位置にいる。そして、『神原勇気が四条賢者の父親である』という、四条賢者の知らない情報を持っている。
故に、四条賢者が根本的に間違った推理をしていることも、最初から知っていた。ただし、直接指摘することは叶わなかったが。それは事実を正確に知ることよりも、もっと重要な秘密だから。
「神原さんは確かに、結果として、四条さんに心理学を学ばせるために動きました。でも、根本的な目的は、別の所にあります」
「聞かせてもらおうか。俺の本当の目的とは?」
「四条さんに、神原勇気の為ではなく、四条さん自身の為に行動させること。四条さんに自分の為の人生を歩ませること」
親として、我が子に注ぐ愛情。それが、四条正義の動機だ。
他の家庭とは一線を画す、あまりに非常識な表現方法だ。しかし、この訳あり家族の内情を知っていれば、容易に想像はついた。
「あなたは篠宮さんを通じて、四条さんが一度自ら断ち切った、外の世界との繋がりを取り戻させようとしたのです。2週間もあれば、十分な効果が見込めると思ったのでしょう。しかし、神原さんは予測していなかった。四条さんと篠宮さん、二人が恋に落ちることを」
神原勇気は天才である。
それは驕りでもなんでもなく、ただの客観的な事実だ。
しかし、天才にも分からないことはある。
「二人に芽生えた恋心によって、四条さんは短期間で連続して発作を起こし、私は四条さんと篠宮さんを隔離しました。早々に計画を狂わされた神原さんは、慌てて病院に戻って来たのです」
神原勇気には、恋心が理解できない。
それは、高木さくらのみが予測できたかもしれない事実。
しかし、常人の域を出ない高木さくらがその結論に辿り着いたのは、全てが手遅れになった後だった。
「病院に戻り、精神を病んでいる篠宮さんを見たあなたは、計画を大幅に変更しました。催眠術で篠宮さんをケアするのと同時に、四条さんに、催眠術にかかったままの篠宮さんと会わせ……四条さんが自分の意思で心理学を学ぶように仕向けたのです」
――それまでに、心理学を勉強します。三週間で勉強して、残りの一週間で、僕が篠宮さんに会って、治療します。僕が篠宮さんを元に戻してみせます!
――全く……この結論に至るまでに、どうしてここまで回り道をしなきゃいけないんだろうな。俺には理解出来ないよ。
心理学を勉強しろ、と直接命令したのでは意味がなかった。
あくまで四条賢者に自分で考えさせて、自分で動いて貰わなければいけなかった。多少強引に誘導してでも。
「篠宮さんが何も言わずに立ち去ってくれれば、完璧だったのでしょう。……しかし、最後にまた、あなたの計画は狂ってしまったのです。全ては、あなたが最後まで理解できなかった、恋心によって」
――四条君、今呼吸器を使っ……篠宮君、どうしてここに!?
――全く。だから今朝、篠宮君に忠告したんだがな。四条君には会うな、と。
今度こそ、神原勇気は篠宮舞を完璧にコントロールしたと思っていた。
最後の最後、唯一無二のタイミングで、神原勇気の計画は再び阻まれることになった。
全ては、二人の恋心によって。
「あなたはもう一度、計画を修正した。自分を悪役に仕立て、四条さんがあえて反発するように仕向けた。『神原さんの為』という、四条さんにとって最も大きな動機を排除するために」
――もし俺が、本当に君の敵ならば……君は、気付くのが遅すぎた。
――協力、心から感謝するよ。君は実に優秀な
神原勇気は、あえて四条賢者に背を向けた。
自分の失敗を取り戻すために。
最も状況に適した方法だというだけの理由で、息子と築いた信頼関係を無為にした。
高木さくらは、ずっと昔から知っている。
神原勇気は、四条賢者の敵ではない。
「以上が私の推理です。いかがでしたか?」
高木さくらの弁を最後まで聞き終えると、神原勇気は呆れたように笑った。
「だいぶ色眼鏡がかかってるな。流石に買い被りすぎだよ。君のそれも恋心か?」
「素直じゃないですね。……だから奥さんにも逃げられるんですよ」
ぞわり。
穏やかな空気が一変し、急激に気温が下がった。
いや、下がったような気がした、と言うべきか。気温というのは、そこまで急激には変わらない。
数十センチ先から放たれる殺気によって、少し錯覚を起こさせられただけだ。
「あれは母親などではない。人の皮を被ったゴミだ」
――あなたが賢者なんて名前をつけるからよ!
――あれはあなたの子、私の子供じゃない!私はあなたもあの子も大っ嫌い!!
「自分の腹を裂いて産み落とした子を、大嫌いなどとのたまう奴を、俺は人間とは認めん」
四条正義は、飢えた猛禽類のような目と唸りを上げる獣のような声で高木さくらを威嚇する。
滅多に表に出さない、神原勇気ではなく、四条正義としての、一児の父の顔。
しかし、険しい顔をすればするほど、愛情の深さが微笑ましい。
「否定するなら、少しは隠そうとしたらどうです?」
「お前があれの話をするからだ」
神原勇気は恋心を理解できない。
何故なら、初めから理解するつもりがないからだ。
四条賢者は13歳。四条正義は32歳。正義が賢者を生んだのは、今から13年前、四条正義が19歳の時。離婚はその4年後、つまり四条正義は23歳。
別れ際に何があったか、四条正義は話そうとしない。が、高木さくらは一部始終を息子の方から聞いている。
いくらINTが高くても、相当思い悩んだだろう。
その失敗故に、神原勇気は恋愛感情から目を背けてきたのだろうと、高木さくらは勝手に推測している。直接尋ねたところで、躱されることはよく分かっている。
神原勇気はふっ、と短く息を吐いた。それをスイッチに、眉間に皺の寄った剣呑な顔つきから、元通りの砕けた顔に切り替わった。
「で? 高木君は逃げないのか?」
「ええ。神原さんは自分勝手な人ですが、悪人ではないので」
「全く、今日の君は可笑しなことばかり言う」
「私は誰よりも、あなたの事を理解していますよ」
四条賢者を観察し、研究をしていた事は、嘘ではない。
そもそも息子に『賢者』という名前を付けたのも、四条正義なのだから。
四条賢者は、四条正義にとって、『
四条正義とは、そういう人間だ。
1つの事に、2つ以上の理由を同時に求める。篠宮舞への催眠術が、篠宮舞へのケアと、四条賢者の誘導の2つの意味を兼ね備えていたように。
どちらも嘘ではなく、どちらも真の理由だ。
高木さくらは、それを誰よりも理解している。
「そろそろ、君のレベルアップだな」
唐突に、ブランド物の腕時計を眺めながら、神原勇気はぽつりと呟いた。
話題を変えたいというのが一つ目の理由。この話ができるリミットが限られていることが二つ目の理由だ。
「そうだ、誕生日プレゼントください。毎年忙しくて忘れてました」
「たまにはいいだろう。何が欲しい?」
「そうですね。お花見デートがいいです」
「断る」
「神原さんってケチですよね」
「時間は有限だからな」
「普通はお金も有限なんですけどね。散財するより稼ぐ方が多いとか、意味が分からないです」
「最大の使い道も、一つ失ったことだしな」
最大の使い道。
即ち、四条賢者の入院費用だ。
102号室は、現在空室になっている。
「君がどれだけ歳を重ねても、INTが1000を超えることはないがな。四条君がINTしか伸びなかったのは、12年間蓄え続けた先入観……プラシーボ効果が理由だった。だから上手くいった。だが、君の場合は違う。俺に勝てないという君の負の感情は未だに払拭されず、深層心理に根付いている」
「もし超えたらどうしますか?」
「万が一にもありえないが、そうだな。お花見デートでも、何でもしてやるさ。――あと5秒。4、3……」
高木さくらは、ナース服のポケットから自分のプレートを取り出した。
「2、1、0。さて、どうかな?まあ、見なくても分かり切っている……が…………」
高木さくらは、プレートを神原勇気の方に向けた。
「ふふふっ。お花見デート、約束ですよ」
「ば……馬鹿な…………!?」
作った笑顔ではない、心の底から、楽しそうな笑顔を浮かべながら。
7年間、部下を務めてきて、初めて高木さくらは神原勇気に優越感を感じた。
「神原さんのそんな顔、初めて見ました。まずは1勝、ですね」
心からの笑みで、改めて、高木さくらは自分のプレートに目を落とす。
「1005、ですか。彼と同じですね。……去年の今頃は、正直に言って不安でした。いざドキュメンタリーが放送されても、篠宮さんからは音沙汰無かったですから。今思えば、あの時、私は一人で勝手に諦めていたのかもしれません」
予想外の出来事に、神原勇気は珍しく狼狽える。それを横目に、高木さくらは懐かしむように分析する。
「しかし、四条さんは違いました。めげずにテレビに出続ける道を選び、今日まで成し遂げてきました。その背中に、私は勇気を貰ったのかもしれません」
「それも……恋心の為せる業、とでも言うつもりか?」
「かもしれませんね」
「…………く……くくくっ……くはははははっ!!」
神原勇気はまるで無邪気な少年のように、高らかな声を上げる。
「全く! これだから人生というものは面白い!! どうやら次の研究対象が決まったようだ!」
自分の予想が外れたことなど、まるで悔しがる様子もない。
神原勇気は、本当に、全力で人生を楽しんでいる。
今回の計画は幾度となく頓挫した。その瞬間に修正できたのは、神原勇気のINTが高いから……だけではない。
神原勇気は、人並み外れて前向きなのだ。くよくよしている時間があったら、頭を回して次の一手を打つ。神原勇気の辞書に、『挫ける』という文字は無い。
確かに勝ったはずなのに、ここまで喜ばれると、なんだか負けたような気分になる。一生敵わないな、と、高木さくらはひとりごちた。
「時に高木君。二人目が欲しくなったのだが、一緒にどうかね?」
だから、こんな無茶も平気で言う。
断っても、別段気にすることもなく、また即座に別の策を考えることだろう。
「愛する我が子としてですか? それとも、
「決まってるじゃないか。両方、だよ」
わざわざ確認するまでもなく、その言葉が嘘ではないことを、高木さくらはよく知っている。
無意味な問答をしてしまったのは、向こうの問いに答えたくなかったからだ。
フェンスの奥を眺め、ビルの合間を飛ぶ鳥の一羽を目で追いながら、高木さくらはぶっきらぼうに吐き捨てる。
「分かりました。どのみち私に断る権利はありませんから」
「ジョークだよ。そんな顔をするな」
これは嘘だ。
こちらの反応を見て、即座に切り替えた。それくらいのことは、高木さくらにはお見通しだ。
「賢者の命を危険に晒したことか?」
――以前から、釣り合わないとは思っていました。少しでも近づけるようにと、努力してきたつもりです。……ですが、今回の件は、決定的です。私は、取り返しのつかないミスをした。私は……神原さんの信頼を、踏みにじってしまった。
――私には、もう……神原さんと、顔を合わせる権利もありません。
「……はい」
「まだ気にしているのか。高木君は俺の完璧な誘導に従っただけだ。君の責任じゃない」
「それが、あなたの協力者であるはずの私にも、一切計画を教えてくれなかった理由ですか。万が一のことがあった時、全責任を自分で負う為。……神原さんって、本当に身勝手ですよね」
「さっきも言ったが、色眼鏡が強すぎるな」
「例え神原さんの計画通りであったとしても、私は自分の頭で考え、自らの意思で動きました。結果、二人の身を危険に晒してしまった。その過去は、変わりません」
高木さくらの頑なな態度を見て、神原勇気は即座に切り口を変える。
「高木君。さっきの問いに正直な気持ちで答えろ。断る権利はないんだろう?」
「…………」
今度は逃げ道もあらかじめ潰しておく周到さ。
天才はこれを前準備無しで平然とやるから困る。
高木さくらはきゅっと口元を結んだ。
「……愛のない行為は、嫌です」
神原勇気は、恋心を理解できない。
高木さくらに好意を寄せられていることを、神原勇気は知っている。その上で、今までこの上下関係を続けて来たのだ。次の子供を作る相手に自分を選んだことと、恋愛感情とは何の因果もない。それは誰よりもよく分かっている。
どうせ誰にも心を開かないのなら、せめて身体だけでも交われたら。
そんな邪なことを一瞬でも考えてしまう自分を、高木さくらは嫌悪した。
「なら、問題ないな」
神原勇気は、同じく外の景色を見つつ、高木さくらにそう告げた。
「…………え?……問題、ない……って…………?」
『愛のない行為は嫌』に対し、『問題ない』ということは、何を意味するのか。
言葉を咀嚼するのに、数秒を要し。
答えが出た途端に、高木さくらの頬が、かあっと桜色に染まる。
「も、問題ないって言いましたよね?そっ、それじゃ、神原さんは、私のことを……!?」
神原勇気は、意地悪く、楽しそうに笑いながら、高木さくらの肩をぽんと叩いた。
「お花見デートの段取り、すべて任せる。なんなら服装まで指定してくれてもいい。どんな手段を使ってくれても構わないから、俺をお前に惚れさせてみろ。お前がこのチャンスをものにすれば、万事問題ない。そうだろう?」
きょとんと目を丸くした高木さくらを、神原勇気は面白がってからかう。
「全く、滑稽だな。どこまで自分に自信があるんだ?」
高木さくらの頬が、今度は恥じらいで真っ赤に上気する。
「か、勘違いさせるようなことを言ったのは神原さんの方でしょう! そこまで全部計算ずくの癖に……!」
「俺の事を誰よりも理解してるんじゃなかったのか? こんな簡単に引っ掛かるとは思わなかったよ」
「この……っ! デートの日、首を洗って待ってなさい! 私抜きでは生きられない身体にしてあげます!!」
「やれるものならやってみろ。無事に2勝目を挙げられるといいな?」
「望むところです! 今日はこれで失礼します!!」
高木さくらは怒ってその場を立ち去る。
ガチャリ、とドアノブを捻り、壊れそうなほど勢いよくドアを開けたその背中に、神原勇気は声をかけた。
「高木君」
「まだ何か?」
「楽しみにしているぞ」
「……ええ。私もです」
バタン、と、ドアは普通の速さで閉じられた。
「惚れさせてみろ、か。我ながら、白々しいことを言ったものだ」
一人残された神原勇気は、瞼の裏に残った高木さくらの影を見つめている。
「高木君、残念だが、君は最初から勝負に負けているんだよ。既に惚れている者を、もう一度惚れさせるなど不可能だからな」
――最終的には、四条さんも、神原さんも、そして篠宮さんも、誰もが勝者でしょう?全員が幸せになれる、正真正銘のハッピーエンドですよ。
「高木君の言うように、科学的な見地に立ち、事象から逆説的に判断するならば……確かに、俺も君も、双方の勝ちだと言えるかもしれんがな」
神原勇気には、恋心が理解できない。
自分の胸に渦巻く感情を、理論的に説明することができない。
研究のし甲斐がありそうだ。神原勇気は楽しげに目を細めた。
「恋心というものは、本当に厄介だ」
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