track 29-無茶振りじゃないか

意識が次第にハッキリとしてくる、遠くで鳴っていた音が、明確な形を持って鼓膜を揺らす、俺は何をしていたんだっけ、混濁した記憶をゆっくりと掻き回し、自分の状況を思い出す。

気が付くと俺は、見知った商業ビルの屋上に居た、なぜ屋上に居る状態でこのビルがそれなのか分かったかと言うと、戻った意識と共に、全てを思い出したからだ。


「どうした……Neru君……何があった……」


目の前に立っていたトーマさんが息も切れ切れに俺に問いかける、外傷が見られないのに酷いダメージだ。


「おいおい、いい加減にしてくれないかな、何回処刑されれば気が済むんだ」


真っ黒な処刑道具を振り回す少年がうんざりした口調で、なおかつ満面の笑みで言った。

俺の前に立ちはだかるトーマさんが指を鳴らす、あちこちが破れかかった熊の着ぐるみが少年に向けて銃を発砲した。


「無駄だって」


バチンと音を立てて銃弾が真っ二つになりその場に転がる、同時に熊の着ぐるみに強烈な斬撃が入った。


「EZFGと一緒だ、何回処刑してもハッキリと意志を持っている、あー面倒だなぁ」


少年が振りかざす処刑道具の影が一気に膨れ上がる、とんでもない数だ。


「アイツと同じように、お前も処刑しまくって、僕の忠実な、幸福な兵隊にしてあげる」


ダメだ、あんな量の攻撃受けたらトーマさんが危ない、助けなきゃ。

『ロストワンの号哭』を発動しようとするが、刀が出てくる時のあの痺れるような感覚が一瞬走っただけで、猛烈な吐き気と頭痛に全てをかき消された、異能酔いだ。

意識がハッキリした時点では気付かなかったが、視界がクリーンになってる時点で『延命治療』も解けている、きっとまだ苦しんでる人たちもいる。

助けなきゃ、助けなきゃ、そう自分に言い聞かせるが身体が動かない、助けなくては、トーマさんを、この街の人たちを、助けなきゃ、誰か、助けて──


「なるほど、EZFGの洗脳がwowakaの異能で眠っても解けなかったのはお前のせいだったのか」


聞き覚えのある声が、俺の後ろから聞こえた。

ドカンと音がして少年の周りの影が一掃される、何が起きたかはすぐに理解できた。


「パンダ……ヒーロー……!」


彼のひと薙ぎの突風で尻餅をついた少年の顔が、不快そうに歪んだ。


「何故お前がここにいる……」

「ヒーローだからさ、それに、俺だけじゃねえ」


ガンガンと鉄製の階段を登る足音を響き、ワンテンポ遅れて後ろの方で扉が開く音がした。


「Neru君!」


ささくれさんたちの声だ、心強い援軍が2組も来てくれた。


「君の異能が途切れた瞬間から、ハチ君の異能に向けてあちこちから助けを求める声が聞こえてきた、今はれるりりたちが救助活動をしているよ」


身体を支える力すら失って地面に伏した俺の隣にwowakaさんがしゃがみこんで言った。


「君のおかげで助けきれた、あとは任せて」


wowakaさんの言葉が遠ざかり、俺は再び意識を失った。


* * * * *


拠点のすぐ近くの繁華街、その商業ビルの屋上で、既に事件は起きていた。

DECOさんが蹴り壊した屋上の扉の先では、ハチさんとうたたPが対峙していた、その後ろには地面に倒れ伏したNeru少年と既に体力の限界らしきトーマさんとナユタンさんが居た、全力で駆け付けたつもりだったが、かなり遅かったようだ。


「Neru君!」


ささくれさんが叫ぶ、倒れたままのNeru少年がチラリと目線をやった、思わず駆け寄ろうとする俺をピノキオピーが制する。


「彼の異能は厄介だ、無闇に近付くのは危ない」


そう言ってピノキオピーが『からっぽのまにまに』を発動し、足で屋上の床を蹴る、コンクリを蹴った音とは思えないような軽快な音が成り、ピノキオピーはそのまま歩き出した。


「馬鹿め、はい即死」


うたたPが言うが、何も起こらない。 「なるほど、仕込まれてたのはそれか」と言ったハチさんが笑って金属バットを担ぎ直した。


「変なトラップが仕込まれていたら嫌だから僕らの足元をからっぽにさせてもらった、おかげでこんな頑丈そうなコンクリでも中身は薄っぺらだ、派手に暴れたらただじゃ済まないだろうね」


そう淡々と言いながらピノキオピーはNeruさんたちの元へと辿り着く、隣に浮かぶどうしてちゃんが鋭く尖った剃刀を掲げた。


「Neru君たちを頼んだよ」


ささくれさんの言葉を聞き、ピノキオピーが頷いて地面をもう一度蹴った、どうしてちゃんが軽く剃刀を振ると、その周囲が削ぎ落され、ピノキオピーはNeru少年たち諸共下の階へと消えて行った。


「何しやがんだ、アイツらは僕の幸福安心委員会で死ぬまで幸福で居続けてもらうつもりだったんだぞ」

「君にそうされなくても、彼らは自分なりの幸福を見つけるはずさ」


40mPの言葉と共に、うたたPの頭上に切り取られた空間の穴が開く、そこから落ちて来たDECOさんが雄叫びを挙げながらバールのようなものを振りかぶった。

ドガンと音がしてDECOさんが弾き飛ばされる、キラキラと光る線と点の集合体は、以前にも見た事があるものだった。


「僕が1人でこんなことするはずが無いだろ」


kzさんが姿を現す、自らの周囲に展開していた『Tell your world』の線でできた壁をうたたPの周りにも形成し始めていた。


「もういいや、一旦やりなおそう」


少年の手にゲーム機のコントローラが現れた。


『幸せになれる隠しコマンドがあるらしい』


とてつもなく嫌な予感が、冷水のように背中を伝った。


「クソ! 何するつもりだ!」


ハチさんが線の壁を殴りつける、しかし以前とは違って壁はびくともしなかった。


「世界はもう修正できない、異能者の時代を作りたかったのに、当の異能者たちがこのザマだ、もうこれしかない」


少年の指先が、コントローラに何かを入力し始めた。


「ナユタン君」


ささくれさんが呼びかけると、先程Neru少年たちと一緒に下の階に落ちていったはずのナユタンさんが『ハウトゥワープ』で現れる、左手に大量に持ったマカロンを見て、ATOLSさんに回復してもらったのだろうということが分かった。


「メールで言った通りで頼むよ」

「はい」


ナユタンさんがささくれさんの隣に居たじんさんの腕を掴んで再びワープする、ワープ先は目の前の光る線の壁の内側だった。


『想像フォレスト』


kzさんの身体が硬直し、異能の壁が消える、少年が処刑道具を召喚し襲いかかろうとするが、ささくれさんが呼び出した『ウタカタ永焔鳥』の焔の鳥が間に入る、焔の鳥が金属を擦るような鳴き声を大きく挙げると、焔の鳥の目の前に巨大な火柱が上がった。

思わず飛び退く少年、手元が狂ったのか、彼のゲームコントローラの上の空間に「ERROR」の表示が現れた。


「邪魔しやがって……」


少年の背後からDECOさんが迫る、大きく振りかぶったバールを数々の処刑道具で受け止め、そちらを睨みつけた。


「無駄だよ」


少年の手元が、再びコントローラに何かを入力しはじめる、先程とは比べ物にならないスピードだ。


「こんな世界、僕がリセットして作り直してやる」

「させねーよ」


ハチさんが金属バットで殴りかかる、辺りのコンクリが一斉に吹き飛ぶが、うたたP以外誰も落ちる事はなかった。


「やってみるもんだね」


40mPが筆のようなものを手に笑った、ハチさんが飛び出す直前に『妄想スケッチ』を発動してDECOさんやナユタンさんたちの足元に足場を作っていたのだ。


「ざまあみろ、お前らはもう終わりだ」


少年の声が抜けた床の下から聞こえる、至って冷静な、なおかつ狂気を含んだ声だ。


「コマンドはもうじき完成する、リセットされた後の世界では、真っ先にお前らを消す」


ハチさんがもう一度とびかかろうとするが、処刑道具に阻まれる。


「リセット」


少年の言葉と共に、空が一気に真っ赤に染まって行く、黒煙がたちこめる先の空が一瞬で真っ赤になる様子はまるで、世界の終末のようだった。


「やりやがった……」


DECOさんが眉間に皺を寄せて呟く、少年の高笑いが下から響く。


「まだ気付いてないようだね」


ささくれさんが静かに言った、真っ赤な空に巨大な飛行物体が現れる、俺はアレの正体が何かを知っていた、いや、どこで見たものかを知っていた。


「世界は終わる、だからリセットなんて効かないんだよ」


リセットの直前、俺の目に映ったある異能の発動を示す文字列のおかげで、俺はこの状況をよく理解できていた。


「君の好き勝手にやり直された世界ディストピアなんかより、僕は終わった後の世界に芽吹く命に全てを託す」


隕石やら何やらが降り注ぎ始めているのに、不思議と辺りは静かだった。


「実は、終わった後の世界がちょっとだけ視えたんだ、そこに居たのはハチ君、君だったんだよ」


何かを喚く少年をよそに、ささくれさんがハチさんの元へと歩み寄った。


「世界を、頼んだよ」


こうして世界は、終わりを迎えた。


『しゅうまつがやってくる!』

─────────────────────

うたたP

異能

4-幸せになれる隠しコマンドがあるらしい:異能を発動すると出現するコントローラーで指定のコマンドを間違えずに入力すると、最後に何でも好きなものをリセットすることができる。


40mP

異能

8-妄想スケッチ:異能を発動すると出現する絵筆で描いた妄想を具現化することができる。

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