track 27-延命

「上塗り」


現れた空間の壁をバットで薙ぎ払う、EZFGが飛び退いた先に居た日向電工が巨大な爪を叩きつけた。

しかしそれを予測されていたのか、orangestarが奴の袖を引っ張り、攻撃から逃れさせる、この朝焼けのような光を発生させている異能の効果だろう。

フワリと身体が浮く感覚に襲われ、上に向かって身体が落ち始める、すぐさま伸びてきた『ラインアート』を掴み、金属バットを力任せに相手に投げつけた、しかし金属バットはスピードを失い俺に向けて落下を始める、スピードの失われ方が明らかに不自然だった。


「無駄だったようね、それにしてもヒーローさん、いつまでその体勢を保っていられるかしら」


身体にかかる重力が次第に強くなってくる、wowakaはEZFGと戦うlumoと日向電工の援護で手一杯のようだ、1人でどうにかするしかない、いや──


「1人での戦いは慣れている……!」


腕に力を込め、身体をグイと引き上げる、ラインに足を掛けた俺は遥か頭上の、地面に立つ女目掛けて跳躍した。


「二度も同じ手には引っかからないわ」


相手の背後から迫っていた少女2人の身体が浮き上がる、ドーム状の壁を伝って作った氷のレールで目一杯にスピードを上げて突入して来るのが、俺には見えていた、しかしそれは相手にも読まれていたようだ。


「あなたたちの「ギルド」の1番は、ヒーローさんでも、そこのメガネのお兄さんでもない、そう以前聞かされたので」


少女2人と俺は勢い良くドーム状の天井へと落ちていく、俺はれるりりの腕を掴み、思いっきり相手の方へと投げた、俺の意図を読み取った彼女は『聖槍爆裂ボーイ』を発動し、槍を構える。


「そんな事しても、全部「無駄」にされちゃう!」


さつき が てんこもりが叫ぶ、落下先の天井が迫る、もう受け身を取る余裕すら無い。


「そういうの、全部超えてこそのヒーローだろ」

「『なんてね』」


俺の言葉に対して少女がニヤリと笑って異能を発動する、全てを「無駄」にする異能を発動できると信じきっていた相手の女が絶望の表情を見せるのが、遠くに見えた。

槍が爆裂する音と共に、俺たちを天井に落とそうとしていた重力が消えて、天井スレスレで俺たちの身体は落下を止めた。


「エターナルフォースブリザード!」


異能の重力から解放され、地球の重力に従い始めた俺たちの身体を、れるりりが作った氷柱が受け止めた。


まだやれる、ヒーローの休息は、まだ先だ。

* * * * *

此の奇跡を呼ぶのは久々だった、ジベタ様の声が聞こえる、人に解する事は不可能に等しい言語だが、俺にはその言葉が理解できた。

──我々を、もっと楽しませろ。


敵の攻撃を受け、後ずさりする。

巷で出回っている飲み物の容器の様な形をしたその攻撃は、何かに触れると炸裂してその場で爆発と電気を撒き散らす仕組みに成っているらしい。


「日向電工さんでしたっけ、援護しますよ」


先程あの敵に囚われていたlumoという男が軽快に俺の背後に回った。


「援護など要らない」

「またまたぁ、少し押され気味でしたよ、それに──」


周囲にパステルカラーの時計が幾つも現れる、辺りの時間の流れが、一気に遅く成った様に感じられた、あの時俺が単騎で此の男に近付いた瞬間と逆の感覚だ。


「君、それが全力じゃないんでしょ?」


時計と同じ様な色をした光の粒子が辺りに舞う、俺は眼を閉じ、覚悟を決めた。


「ジベタ様、もう少しお力を」


ジベタ様の意志が流れ込む、世界の各地の情景が、ジベタ様の記憶が流れ込む、呑まれて仕舞いそうな意識の中で、腕から全身に力が這って行く感覚を掴んだ。

──敵は彼らのみでは無い。

──倒せ。

──力はくれてやる。

──目の前の障害を打破し、更なる脅威を。

──砕け。


頭の中を駆け巡る声が揃い始める、ジベタ様と俺の脳が同期を始めたようだ、此れ以上神に近付くのは許されない、接続を切らなくては。


「すげぇ、まるでバケモノだ」


lumoの声が背後から聞こえた、姿が異形のモノに成って仕舞うのは承知の上だ。

地面から離した手を眺める、ジベタ様の声は離れて行った。


「少し、お借りします」


さぁ、此処からが俺の全力だ。

* * * * *


周囲で上がった火の手が、ジリジリと気温を上げていく。

肺を焦がすような空気の中で、刀を握り直した俺は相手を見据えた、次の攻撃が来る、あの数々の処刑道具に触れればただじゃ済まないのは見ればすぐにわかることだ。


「処刑されて楽になればいいんだ、僕の望む幸福の世界を特等席で見せてやるぞ」


攻撃を避け続ける俺たちに少年が語りかける、耳を貸せば洗脳されてしまいそうな狂気だ。


「『ロケットサイダー』」


ドカンと音を立ててボトルが炸裂する、隣に降り立ったナユタンさんが攻撃を仕掛けたようだ。


「避難が間に合わない、大元を叩いた方が早そうだ」

「間に合わない? じゃああのビルに居る人達はどうなるんですか!?」

「しばらく耐えてもらうしかない」


耐える? 何も身を守る手段を持たないひとたちが? どうやって?

俺の頭にいくつもの疑問が駆け巡る、見かねたトーマさんが俺の襟を引っ張り自らの身体の背後に隠れさせた。


「動揺するな、幸福ではないと思われたら奴の思う壺だ」


刀を消し、俺はその場に座り込んだ、以前は俺のせいでDECOさんを危険な目に遭わせ、今回は俺の力不足で何も関係ない一般人が危険な目に遭っている、俺がこの場でできる事は何だ、俺は何をすれば──


ふと、あの曲の事を思い出した、使えるかもしれない、使えなきゃ困る、思った通りの異能になっていてくれ、俺は願うような気持ちで両手を地面に付け、目を閉じた。


視界の左側が黄色く染まる、目の周辺が何かで覆われるのを感じ取る、そうだ、その調子だ。


「Neru君、その顔まさか……!」


この辺り一帯だけでもいい、全ての人達の致命傷を、治療さえできればいい、俺の事なんて後回しだ、全員を助ける。


「少し無防備になります、うたたPの事は任せます」


ビリビリとした感覚の後、全身の感覚がジワリと溶けて消えていく、まるで全身に麻酔を打ったかのように、ゆっくりと、自分の身体が消えるような感覚に襲われる。


「『延命治療』」


消えた感覚を乗せるように、街の隅々に意識を飛ばす、黄色く染まった左側の視界が少し歪み始めた、意識を途切れさせないように、俺は体勢を立て直す。


「無茶は止めろ! 君の身体が危なくなるぞ!」


トーマさんの声が次第に遠くなる、だがもう止めるワケにはいかない、全てを救うにはこの手しか無いんだ。


「俺は、平気です、トーマさんも、ナユタンさんも、戦いに、集中、して、ください」


息が途切れ途切れになる、癒えた人々の身体のダメージを丸ごと背負うかのように、身体が軋み始めた。


「どうした、今度こそ死ぬのか」


少年の高笑いが遠くで聞こえる、黙れ、俺は死なない。


「殺させないさ、お前にも、彼自身にも」


トーマさんの髪が白く染まる、隣に現れた熊のような着ぐるみは、俺にも見覚えがあった。


「任されたんだから、俺なりの幸福も見せてやるさ」


ガチャンという、着ぐるみがうたたPに向けて拳銃を構える音を最後に、俺の感覚は、異能の向こう側に完全に閉ざされてしまった。


─────────────────────

さつき が てんこもり

異能

5-なんてね:直前の発言と逆の事象を引き起こす異能。 発動の意思を持って「なんてね」と言えば発動する。


Neru

異能

5-延命治療:指定した対象の致命傷を治癒する異能、その傷で死に至る可能性があるもの全てが致命傷と判定される。 治癒した際に消えたダメージのうちの一定量は異能者本人が肩代わりすることになる。


トーマ

異能

5-魔法少女幸福論:ちょっとした魔法を使えるようになる異能、発動と同時に熊のような着ぐるみを着た生物を召喚する、着ぐるみは異能者を護る事に尽力するが、使いすぎると激しく依存してしまう。

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