track 18-なりすまし

今まで何度か体験したナユタン星人さんの「ハウトゥワープ」だったが、いつまで経ってもこの感覚は慣れなかった。


「大丈夫かい、バックフジくん」


40mPがこちらに手を差し伸べる、彼の手を借りて立ち上がると、目の前に大量の瓦礫がある事に気がついた。


「ナユタン星人くんだっけ、彼、向こう側の人じゃなかったっけ」


ささくれさんがDECOさんの側に燃える結晶の鳥のようなモノを止まらせながら言う、DECOさんは髪やら服やらに霜のようなものを付けた状態で震えていた。


「ボクは最善の方法を選んだだけです」

「最善?」

「そこの男はあなたたちの協力者だ、ボクが逃げるにはあなた方の側に着く必要があった」


ナユタン星人さんが俺の隣で吐いている男を指差す、異能を持たない人間にはナユタン星人さんのワープはすごく酔うと聞いていたが本当だったようだ。


「まさかワープにまで巻き込まれるとは思って無かったぜ」


どうにも聞き覚えのある声だ、いや、聴きなれすぎて目の前にいる男の存在が信じられないでいる。


「桐島……?」


よく俺の楽曲に動画をつけてくれていた友人だ、ここ数ヶ月で異能対策部隊にまで入ったというのだろうか。


『奴らは異能者を探知する面倒な機械を持ってるからな、異能を持ってない協力者が必要だったんだよ』


『てのひらセカンドワールド』という文字が頭に流れ込むと同時に桐島が持っていた端末から声が聞こえる、ノイズの混じった、機械的な声だ。


「Kulfiさん、声がなんかおかしいですよ」

『ごめんトーマくん、あー、あー、あ、おっコレで大丈夫かな』


声が快活な女性の声が聴こえてくる、キュインという音と共に何度か声が聴こえる端末が切り替わったりしたが、何故か通信端末じゃない機器からも声が聞こえたりしている。


『ナユタンさんだっけ、君、異能でワープしてきたでしょ、そこで縛られてるEZFGさんの偽物をアンカーにして』


ささくれさんを始めとしたここに最初からいた6人が瓦礫の方を一斉に向く、その中央に縛られていたEZFGさんとみやけさんとorangestarさんの身体が風に吹かれてドサリと崩れた。


「みやけさんの異能です、確か『もぬけのからだ』とか言ってました」

『そ、ナユタンさんは分かっててワープしてきた、敵地に飛び込むようなもんだよ、彼がバカじゃないなら信じても大丈夫だよ』


「気付いてたでしょ」とピノキオピーに言われてまぁねと答えるささくれさんの足元に例のカフェオレのような生物が駆け寄る、手には何か持っているようだ。


『センサーかな、ヤバいね、私じゃ撹乱しきれないや』


今度は桐島の無線からあの声が聴こえる、カフェオレのような生物から何かを受け取ったささくれさんはため息をついてそれを踏み壊した。


『とっておきの助っ人呼んだから早く逃げよう』


無線の声が告げると音も無く車が目の前に停まる、窓から顔を出したのはかなりマイペースそうな女性だ。


「おまたせしましたー」

「俺は乗らねえぞ、人数無理だろ」


DECOさんが彼女の顔を見るなり言い放つ、しかしトーマさんが車に触れて『九龍レトロ』を使い「乗れますよ」と言うと愕然とした表情を見せた。


「その異能の『建造物』の判断基準結構緩いよね」


そう言いながらささくれさんが諦めたような顔で車に乗り込む、俺も続くが、どうも彼らの反応が気になってしょうがなかった。


「あなたがバックフジさんですか、他の人がどんな異能を使ってるか知る事ができるっていう、今私が使ってる異能分かります?」


運転席からこちらを振り向いて話しかけて来た女性が言う、目を輝かせてという表現が当てはまるかのような期待の眼差しだ。


「えーっと……使ってませんよね……?」


馬鹿やめろと小声でDECOさんが言う、運転席の彼女は満面の笑みを浮かべた。


「はい、でも全員乗ったみたいなんで今から使いますね」


最初から乗っていたメガネの青年を筆頭にささくれさんやDECOさんたちがサッと手近な場所を掴む、とてつもなく嫌な予感がした瞬間、俺の頭に文字が流れ込んだ。


『シジョウノコエ』


このタイトル、知っている、という事はこの人は──


「れっつごー!!!!」


俺の思考は運転席の女性、OSTERprojectさんの掛け声にかき消される、いや、車とは思えないスピードによって発生したGで身体をシートに押さえつけられた衝撃で思考を捩じ伏せられたのだった。


「オスター君はかなりのスピード狂でね、拠点にナユタン君のワープのアンカーが無い今の状態なら最速は彼女の車になるんだよ」


これだけのスピードが出てるのに揺れは一切無いのが逆に怖い、ドリフト時の遠心力と加速時のG以外の衝撃が一切無いのはまるでこの車まるごとが幽霊のようになってしまったかのようだ。


『トーマさんもJunkyさんもさすがだね! 言われなくても車隠しちゃうんだもん、探すの苦労したよ』


カーラジオから例の声が聞こえる、キュインと音がして俺の隣でビビり上がってる桐島の無線に声が移った。


『バックフジ君には詳しい事情は後で説明するから、オスターちゃんの車乗るのが初めての人たちは舌噛まないようにね!』


そう聞くとこのスピードの中で説明してくれたささくれさんがどれだけ凄い事をしてみせたのか、妙に実感する事ができた。


* * * * *


新しい拠点とされる建物は、前回のアパートのようなものとは違って、今回は小さな一軒家のような見た目だった。


「久々の長時間のヒーロー仕事でハチ君疲れたみたいだから、ちょっとソファー借りるね」


wowakaと呼ばれていたメガネの青年がれるりりさんと一緒にハチさんに肩を貸して彼を引きずっていく、当のハチさんはあの猛スピードの車の中で既に寝ていた。


『リビングに着くまでにバックフジ君が知りたいであろう事を説明しておくね! 私の名前はKulfiQ、あなたには異能の名前が見えてるとは思うけど今使っている異能は簡単に言うといろんな電子機器を通信端末に変えてしまう異能で、あなたのお友達が上手い事異能対策部隊に入れたのは私の異能の『なりすましゲンガー』のおかげってとこ、異能者が潜入しても異能探知にすぐ引っかかっちゃうから本物の一般人しか潜入できなかったのよ』

「クルフィさんの協力が得られたのも、バックフジ君が拐われて、それを知った君のお友達が申し出てきたからなんだ」


いつの間にか後ろにいたささくれさんが補足をする、お前拐われすぎだろと桐島が笑った。


「ところで、君らはこれからはどうするつもりなのかな」

『情報の横流しはするけど、私は私で動くよ、K君はまだ潜入続けてくれるの?』

「それでコイツや他のボカロPさんたちが安全でいられるなら是非」

「それだとお前が危険だろ」

「クルフィさんの異能は完璧だから、絶対にバレないよ、にしてもココやべぇな! 建物に入る前からハチさんだとかDECO*27さんだとかささくれさんだとか超有名Pばかりで既に俺のキャパが一杯一杯だよ!」


確かにここ数ヶ月ですっかり慣れきってしまって現実味が湧かなかったが、俺のいるこの環境は世の中がこうならない限りありえないよなとぼんやり考える、異能を弾圧するこの国の政府とささくれさんたちが和解する、もしくはEZFGさんたちが潰すなどしたあとからは、この国はどうなるのだろうか、こうしていろんなボカロPたちが一堂に会することもなくなるのだろうか。


「とりあえず、疲れたでしょ、今日は休みなよ」


ささくれさんの一言で、俺の、いや、俺とささくれさんたちの長い長い一夜はこうして幕を閉じたのだった。


────────────────────────

KulfiQ

異能を使い情報収集やサポートを行うオペレーター的立ち位置の人物、異能を使って通信する際に声を変える事もできるらしく、性別は不明。

異能

1-てのひらセカンドワールド:電子機器や様々な端末を独自の回線を介した通信端末にしてしまう異能。 通信端末に変える事ができる対象となる端末は「異能で通信端末化した端末から半径100m」で、それを何度も繰り返すことにより広大なネットワークを形成することが可能。 また、送信する自身の声は自在に変える事が可能で、情報操作や撹乱などにこの異能を使用する事が多々ある。また、他者からは一切検知できない回線なので他の異能で発信位置が特定されることも無い。


2-なりすましゲンガー:自分または対象の人物を特定の組織の人員や特定の人物になりすまさせる事ができる異能。 異能等までは再現する事はできないが、なりすますのに必要な技術や身体能力、知識や記憶も再現できるため、完璧な潜入を可能とする。


OSTER project

白くてふわふわした生き物(色白のフワフワ系マイペースな人)、様々なジャンルの曲を扱う女性P。

異能

1-シジョウノコエ:操縦する乗り物の全ての揺れを取り除く異能。 操縦さえできれば飛行機でも船でも一切揺れなくなる。 ただし運転技術による揺れ以外の力は別で、急加速や急カーブによるGや遠心力等は打ち消されない。

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