track 16-潜入

先導するJunkyさんの肩に手を乗せながら、もう片方の手で片目を覆う。

通路の奥まで見渡すが、その視界は変わらず通路しか見えない。


「危険は迫っていないみたいだね」


僕がそう言うとJunkyさんはホッとため息を漏らし歩き出した。


「迫ってくる危険を避ける方向を検知する異能で危険自体を検知してるんですか、なるほど」


トーマさんが隣で感心する、姿を眩ませる異能と音を立てない異能の合わせ技で、僕らは完全なステルス状態となっている、この通路で誰かに遭遇しても、唯一Junkyさんに触れていないトーマさんの黒猫しか相手には見えない状態だ。


「避けられない危険は小さ過ぎて見えないんですけどね」


目を凝らしながら進む、DECOくんたちの先行部隊として乗り込んだ僕たちだが、既に隔離施設の入り口は破壊されていて、こうして容易に乗り込めていたのだが……


「にしても、静かすぎますね」


不気味に静まり返った通路を見渡しながら、トーマさんが呟く。

確かに、既に誰かが侵入した後だというのに静かすぎる。


「先に来ている協力者の話じゃ、そろそろ一騒動あるはずなんですけど……」


ふと、通路の先に1つの環が浮かび上がるのが見える、大きめの、よく見えるやつだ。

しかしいつも見ているモノと明らかに違う特徴が、僕に一瞬の迷いを生んだ。


「切れ目が……無い……!?」


いつもなら迫り来る危険を避けるための方向がランドルト環の切れ目で示されるはずなのだが、目の前に浮かんでいるのはただの円、避けるべき方向が見えない、どうしても避けられない危険だった。


辺りが途端に蒸し暑くなる、通路の先の風景が熱気で揺らぐ、屋内なのに陽炎が出ている。


「下がって!」


トーマさんが叫び、目の前に出る。

彼の背中から機械のような何かが飛び出す、その「何か」は彼の前方に腕を回すように彼を包み込み、次の瞬間に大きな鉄の塊がひしゃげる音がした。


「トラック……! じんさんか!」


パラパラと崩れていく「亡霊」とその向こうで動きを止めたトラックの様子を見たJunkyさんがポケットから手を出さずに一歩下がる、姿を見られたのはトーマさんだけだ、相手の人数も把握せずに姿を現わすのは得策ではないと判断したのだろう。


「……来る……!」


通路の先にいくつものランドルト環が現れる、ダメだ、とんでもない量だ、避けれる量じゃない。


「多過ぎる! Junkyさん!」

「わかった!」


彼はポケットから手を出し、空に手をかざす、今彼に覆い被さっているであろう憂鬱感からか、彼の額にはジットリとした汗が滲み始めた。


Junkyさんの頭上にジャックオランタンが現れると同時に、迫っていた危険の正体が発覚する、いくつものペットボトル、それが宙を切り裂きこちらに飛来する、数メートル、そこまで接近したペットボトルを無数の影が貫き、その場で大爆発を引き起こした。


最初の襲撃を受けた瞬間から発動していた異能が「トップスピード」に至ったのを確認し、僕はトーマさんの前に飛び出した。


「見つけた」


自らが出せる極限の速度を保ちながら通路の先まで一気に距離を詰める、こちらにペットボトルロケットを飛ばしていた張本人の目の前で『恋愛裁判』を発動し、木槌を召喚した。


有罪ギルティ


ズドンと音を立てて木槌が振り下ろされる、しかしそこに相手の姿は無い、ワープされたようだ。


フワリと風が吹き抜け、トラックのような影が先ほどまで僕が居た位置に走っていくのが見える、まずいと感じ、トラックの影を追い越し、トーマさんたちの元へと戻り再び木槌を振るった。


有罪ギルティ!」


片目を手で覆いながらトラックの突撃を阻止する、まだ危険は去っていない、通路の天井を見るといくつものランドルト環が現れるのが見える、予想通りだ。


「上です!」


異能が切れて襲って来る眠気に耐えつつ注意を促す、僕とJunkyさんの間に割って入ったトーマさんが異能を使って頭上を覆う、ワンテンポ遅れて鈍い音と共に異能に弾かれた鉄パイプが周囲の地面に突き刺さる、いくつかの鉄パイプは彼の異能を突き破って僕らの側を掠めたほどだ。


「止めきれないです、Junkyくん!」


トーマさんに声をかけられたJunkyさんがジャックオランタンを消して僕らの方に駆け寄った。

グワンと視界が歪み、Junkyさんの異能が僕らの姿を眩ませる、同時にガラスが割れるような音がし、ガラスなんて周囲に無いのに大量のガラス片が目の前に現れた。


「この異能はどうしても僕らを殺すつもりらしい」

「死ななければループに囚われることはありません」


飛んでくるガラス片を異能で弾きながら通路を走る、あらかじめ聞いていた時間はとっくに過ぎている、作戦失敗か──

僕は咄嗟に片目を覆っていた手を前に伸ばし、宙に四角形を描いた。

ピシと音を立てて空間に切り込みが入る、僕は走りながら他の2人を引っ張り、切り込み目掛けて思いっきり飛び込んだ。

蒸し暑かった空気は取り払われ、最初にこの通路に来た時のヒンヤリした空気が押し寄せる、どうやら脱出に成功したようだ。


3人で足をもつれさせて地面に思いっきり倒れる、同時に僕は嫌な予感を感じ取り、そっと顔を上げた。


「EZFGさんたちが迎撃に向かったはずだけど、なるほど、ステルス部隊を構築していたワケか、固有結界を破る要員も組み込んでおいたのは懸命な判断だね」


目の前に立つ2人とその隣で後ろ手に縛られているバックフジ君の周囲に浮かぶサイダーのボトル、僕らが少しでも動けば、そのミサイルのようなサイダーの弾幕が僕らに降り注ぐことは明白であった。


* * * * *


「硬えぞコイツ……!」


金属バットで思いっきり冷蔵庫を殴りつけたハチさんが言う、冷蔵庫は僅かに凹んだだけで、すぐに修復されてしまう、先ほどの規格外極まる破壊力を見せていたバットが普通のバット同様に見えてしまうほどの堅牢さを誇る冷蔵庫ということは、僕の異能で作った刃物でも突破は不可能だろう。

目の前の3人に募らせた不信感を右手に集めて駆け出す、寒さで悴んだ手に一振りの太刀が現れ、僕はそれを持ち彼らが立っているビルの非常階段を駆け上がり始めた。


「Neru君!」


ピノキオピーの叫び声で危険を察知した僕はそのまま跳躍し、非常階段の手すりからビルの壁面のパイプへと足場を移した。

ドガンと音を立てて冷蔵庫が非常階段を潰す、冷蔵庫の隣に浮遊する少女が恨めしそうにこちらを睨んだ。


「動きを遅くしても『シンクロナイザー』で元通りにされるみたいだ! Neru君、気を付けて!」


冷蔵庫に下層を壊されて不安定になった非常階段を登る彼らに視線を移す、遠距離攻撃に分があるEZFGさんとの距離をこれ以上離すのは危険だ、僕はいくつか刃物を作り、壁に突き刺して即席の階段を作り上げた。


「Neru君、よく派手に立ち回ってくれたよ」


EZFGさんたちの目の前に姿を現したささくれさんが言う、彼らの後ろからはナブナさんが姿を現し、無数の透明な破片を回転させていた。

半々でオレンジと水色に染まっていた空に加えて、ヒンヤリとした感覚に包まれている事に気付く、ナブナさんの異能だろうか。

ささくれPが振り抜いた柄杓はorangestarさんの脇腹に直撃、その瞬間にささくれPの足元に居たカフェオレのような生物が光り、空を覆っていた色が消え去り元通りの夜が訪れた。


「DECO君もバックフジ君も、返してもらうよ」


階段の上下から挟まれた3人は、顔色一つ変えずに、ささくれPを睨みつけた。


──────────────────────


トーマ

異能

4-アザレアの亡霊:自己防御の異能、意識の範疇にある危険を迎撃する『亡霊』を使役する。あくまでも迎撃のため、自分からの攻撃、他人に迫る危険等への対処はできないため、他者を護りたい場合はその前に出る必要がある。 亡霊は一定のダメージを受けると崩壊するため作り直す必要がある。


じん

異能

2-カゲロウデイズ:相手を特殊な固有結界に閉じ込める異能。 固有結界内では対象を常に様々な『死因』が付き纏い、固有結界内で死と同等のダメージを受けると対象はループに閉じ込められ、何度も死の瞬間を繰り返す事になる。


Junky

異能

2-Happy Halloween:周囲数メートル内の異形または怪物を使役する異能の威力を底上げする異能、使用中に出現するジャックオランタンを破壊されると異能が止まる。


40mP

異能

5-だんだん早くなる:自身の動きのスピードを高める異能、発動するとスピードの上限が少しずつ上がっていき、1分半ほどで最大スピードに達するが、異能の効力が切れると数十秒間強烈な眠気に襲われる。


6-キリトリセン:あらゆるものに切り込みを入れる異能、固有結界内で使えば出口になる切り込みを作れるし、普通の空間に使えば距離を切り取ることも可能。

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