track 08-バールのようなもの

何日目だろうか、小さな窓から差し込む陽光をぼんやりと眺める。

元気にしてるだろうか、自分がここに居れば安全が保障されている家族へと思いを馳せた。


ああ、家族に一目でいいから会いたい。

愛する、家族に─


* * * * *


「ああ、ここは異能者の家族も保護したりしてるんだよ、少々不便な思いをするかもしれないけど、放っておいたら彼らを人質に好き勝手するからね、政府の連中は」


ある日の朝、新たな異能者の奪還作戦に向けて、今回のメンバーを直接呼び出すためにささくれPと廊下を歩いている時の事だった。

俺はたまにこの建物内で見かける親子や学生服を着た少年について気になって質問をしてみたのだ、もっとも、今迎えに行っている相手も普段から学生服を着ている少年なのだが……


「今日助けに行く相手も実は所帯持ちなんだよね、その人の家族は普通に暮らしているけど、常に政府の監視下にある、だから彼が逃げようとしたりすると家族の身に危険が及ぶんだ」

「それってつまり……」

「そう、人質ってやつだよ」


やはり、この国の政府は異能者を過剰に排除したがる傾向にあるようだ。


Neruくんの部屋の前まで着く、ささくれPがノックをするが、反応が無い。

まだ寝てるのかなとささくれPが言う。


「Neruくん、入るよー」


ささくれPがそう言ってドアノブを回す、何の抵抗もなく回った、鍵はかかっていないようだ。

ゆっくりドアを開ける、部屋の中を覗き込むと─


「あー……まぁ、うちは去る者追わず、来る者拒まずだから」


誰も居ない、荷物すらも置いてない部屋を見て黙る俺にささくれPが残念そうに言った。

そのまま部屋を去ろうとする俺たちの後ろから、襖が開く音がした。


「あ、おはようございます」


Neruくんである、何故か押入れから出てきた、しかも押入れの中がチラッと見えるが、物凄く生活感が出ている。


「……部屋は、使わないの…?」

「すみません、狭いと落ち着くんです」


照れたように笑う少年に、ささくれPが何とも言えない顔をしてみせた。


* * * * *


「対象は第3隔離施設の4階に収容されている、同時保護目標の彼のご家族はここだ」


DECO*27と名乗った男がマップを指差しながら説明した。


「政府の監視がキツいから、こっちにはささくれ君単体で行ってくれるかな、隠密は得意だろ?」


ささくれPは無言で頷いた、机の上に座るカフェオレ生物も腕を組んで同じ動きをする。


「収容施設の方は過激派の異能者とカチ合う可能性がある、僕とNeru君、ジュン君に、バックフジ君で行く事になる」


ジュンって言うなとJunkyさんが抗議するが、完全に無視された。

DECOさんが俺の目を覗き込み、興味深そうに笑った。


「相手の異能自体に干渉する異能だっけ? 本当に面白そうな異能だね」

「使われた側としては気味悪いったらありゃしないけどな」


ソファに寝転がって雑誌を読んでたナブナさんが言った、あれからずっと帰らずにここに世話になってるようだ。


「例えば、得体の知れない力に無理やり腕を押さえつけられる、金縛りみたいな?」


「白ける事言うなぁ…まぁいいや、いざとなったらよろしくね、作戦はこうだ、ジュン君の異能で目的の部屋までこっそり行く、助ける、逃げる、終了」


シンプルというか、アバウトすぎる説明だ。


* * * * *


どこにでもありそうな、普通のマンションに見える。

ただしこれは正真正銘異能者の隔離施設だし、さっき通ってきた無機質な塀がそれを物語っていた。


「入口、開きそうにないね」


そう言ったDECOさんはJunkyさんの肩から手を離した。

隠密作戦だと先ほど念を押したのは彼自身のはずだったのに、彼は唐突に敵前に姿を現したのだ。


「DECOさん、話が違う…!」


Junkyさんが慌てるが、異能を使っているためDECOさんには届かない、周りの空気が赤っぽく染まり、空中に黒く四角い穴がいくつか空き始める、彼が異能を使い始めたようだ、彼が手を振り上げると、その手にバールのようなモノが握られた。


『ストリーミングハート』


DECOさんの出現に気付いた異能対策部の戦闘員が駆け寄ってくる、DECOさんは包帯が巻かれたハートのオブジェを背後にニヤリと笑った。


「お前ら、巻き込まれんなよ」


DECOさんがバールのようなものを斜めに降る、前方に衝撃波が発生し、戦闘員が一気に吹き飛ばされた。


「まだまだ!」


今度はバールのようなものを縦に振った、衝撃波は狭く遠くまで飛び、正面玄関のガラスを丸ごと吹き飛ばした。


「あれでもオマケで付いただけのチカラだから怖いよねぇ……」


ガラス片が散り、土埃が舞う正面玄関へと歩くDECOさんの後に続いて姿を隠したまま俺たちは歩いた。


「あれ、人が違う」


後ろからだ、聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはナユタン星人さんとEZFGさんが立っていた。


「姿を隠しているんだろ、多分君じゃないかな、Junkyくん」


『サイバーサンダーサイダー』

『ロケットサイダー』


二人の周囲にいくつもの炭酸飲料のペットボトルが浮かぶ、ペットボトルは帯電しているのか、バチバチと音を立てて火花を散らしていた、何だこの状況、すごくまずい気がする。


「2人とも、走って!」


Junkyさんの指示も虚しく、俺たちはペットボトルの弾幕に巻き込まれる、その見た目に反した破壊力で俺たちは見事に吹き飛ばされてしまい、同時にJunkyさんの異能が解けてしまった。


「バックフジ君、やはり居たみたいだね、噂はかねがね聞いてるよ」


再びペットボトルが現れる、今度はさっきの5倍はあろうかという量だ。


「早速だけど、僕らと一緒に行動するつもりは無いか? 君の異能には無限の可能性が秘められている、僕らなら君の異能を存分に活かせると思うんだ」


先ほどのバールのようなものの一撃とペットボトルの爆発音に加えて正面玄関で鳴り響く警報音のせいで施設から十数人の戦闘員が出てきたようだ、背後から銃、目の前にはミサイル並の破壊力を持ったペットボトル、横に逃げようものなら速攻で蜂の巣か黒焦げかのどちらかだ。


「じゃ、僕はあっちのサイダーコンビをどうにかするから、君らは対象の救助に向かって」

「あの部隊をどうやって切り抜ければいいんですか!?」


俺はこちらに銃を構える連中を指差して言う、しかしDECOさんは無言でバールを振り抜き、連中を一掃した。


「ほら、建物内で遭遇するぐらいの奴らならNeruくんが戦えるでしょ」


訳も分からず振り回されてるだけだった少年がその言葉を聞いて驚いた顔をした。


「まだ子どもですよ! 戦わせるなんて…!」

「戦うんじゃない、人を助けに行くんだ」


DECOさんが衝撃波を使い宙に浮かんだハートマークを攻撃する、包帯に包まれたハートは赤い飛沫を撒き散らし形を失った。


「僕には出来ない事なんだ、頼んだよ」


「……分かりました、任せてください!」


少年が頷いてこっちを見る、やるしかないようだ。

俺はしゃがみ込んで何かブツブツ言っているJunkyさんの腕を引き、建物へと走り出した。


「……まぁ、嘘なんだけどね」


DECOさんの呟きは、俺たちの耳に届かず、異能の力にかき消された。


* * * * *


「無駄だよナユタン君、僕の異能の影響で、君の異能では彼らを追うことはできなくなってしまったからね」


ワープしようとする男に忠告する、もちろん嘘だ、ストリーミングハートにそんな効果は無い。

だが嘘をつく事が重要なんだ。


「だったら、君を倒すしか無いようだね」


そう言った青年がこちらに手のひらを向ける、残念だが、は知っている。

その場を飛び退き攻撃を避ける、空中の一部が真っ黒に塗り潰されると同時に、不快感に襲われた。


「やっぱソレ嫌いだわ」

「同感だね、だから早くそこを通してくれないかな」


僕の発言に同意する目の前の青年は、再び手のひらをこちらに向けて来た。


* * * * *


外から爆発音が聞こえる、また異能者と対策部のドンパチだろうか。

嫌な世の中になったもんだと僕はため息をついた。

手首に繋がれた鎖を眺める、僕の罪は何だったのか、愛する人たちを危険に晒した事だろうか、それなら、僕はここに居続ける事が─


部屋の扉が突然音を立てて真っ二つに切れた。

何事かとそちらを見ると、一振りの刀を持った学生服の少年が立っているではないか。


「こんな場所に、何の用かな…?」

「あなたを助けに来たんです」


少年の後ろから姿を現した男が言った。


「僕は家族のためにここに居るんだ、助けなんていらないよ」


そもそも、見知らぬ少年と男に手間をかけさせるなんてできない、彼らにも迷惑がかかる。


「そう言われた時に伝えろと言われた事があります、ささくれさんからの伝言です」


馴染みの深い名前が出る、僕は思わず下げかけた顔を上げた。


「『君の家族は僕に任せろ、僕は絶対に、誰にも君の家族を傷つけさせない』…そう言っていました、だから一緒に行きましょう」


いつかやってくれると思ってた、彼なら分かってくれてると思ってた。

僕は、内に溢れかえった感謝の気持ちを、全面に押し出しながら差し伸べられた手を握り返した。


───────────────

DECO*27

男女間の微妙な距離感や感情を歌った曲が人気のP。

異能

1-ストリーミングハート:空中に現れる巨大なハートのオブジェを破壊すると、嘘と本音の間を曖昧にする事ができる能力、つまり嘘を信じ込ませる事ができるようになる。オマケとして異能の本体であるバールのようなものを振り回すと規格外の破壊力を発揮する事ができる。


EZFG

異能

2-サイバーサンダーサイダー:電気を纏ったサイダーのペットボトルを召喚する、着弾地点に爆発と轟音と落雷を発生させる。


ナユタン星人

異能

2-ロケットサイダー

周囲にあるサイダーのペットボトルを勢い良く飛ばす事のできる異能、1.5リットルまで対応できる。周囲にサイダーが無い場合は銀貨を消費する事により召喚する事ができる。

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