track 02-しゅうまつ男と憂鬱男

現代の日本にこんな地下牢があった事自体が驚きだ。

目が覚めた自分の置かれた状況を理解した俺が最初に抱いた感想がそれだった。

にしても、俺に異能らしい異能は発現してないのになぜ俺は異能者としてカウントされていたのだろうか。


「目が覚めたようだな、異能人間」


牢の前に迷彩柄の戦闘服を着た男が立っていた、こちらを忌々しそうに見下ろしている。


「人をビックリ人間みたいに言わないでください、何なんですかここは」


ズキズキと痛む頭を押さえて立ち上がる、ネットリとした感触が手に伝わり、そっと掌を確認すると赤黒い液体が指の先に付着していた。


「お前らのような異能人間を収容する施設だ、妙な事して逃げ出そうとしたら全力で殺しにかかる、大人しくしてる事だな」

「待てよ、俺は異能なんか持ってねえって、あんなド派手な事できる人間に見えるか!?」


自分で言ってて悲しくなるが、実際にできそうな人間には見えないのだろうから仕方ない。

男は鼻で笑い、その場を立ち去っていった。

高い天井から水滴が一定間隔で落ちる音がする、明かり取り用らしき小さな窓が天井付近に見えるが、そこから差し込む光はほとんど無い、外はきっと夜なのだろう。

落ち着いて状況を確認する、周りに監視カメラらしきものはない、妙な事したら殺すとか言っていたがアレはハッタリだろうか。

牢の中にある物はトイレ、小さな机、ボロ切れのような布団、あとは電球が割れてしまっている卓上ランプだ。

まるで映画の中にでもいるかのようだ、この牢屋も、この状況も。

何も事情を知らされずに見知らぬ部屋に連れてかれ、そこでも何も知らされずに戦闘に巻き込まれ、またもや何も知らされずに牢屋に叩き込まれた、こんな理不尽があっていいのだろうか。


そもそも何なんだあの連中は、異能者って言っても平和に暮らしたい人はいくらでもいるだろう、もし俺が気付いてないだけで何らかの異能を発現していたとしてもこんなとこに閉じ込められるような悪さはしていないはずだ、ここに居る道理がない。


「こんな理不尽、絶対に許さない」


頭の中で繰り返した言葉を口に出す、それが高い天井に響いた。

カラン、と音がする。

音のする方向を見てみると何やら変な生き物が壁際を歩いているのに気がついた。

あのカフェオレみたいな形の生き物、どこかで見た気が……


『トゥイー・ボックスの人形劇場』


再び頭の中にあの文字のようなイメージが浮かぶ、次の瞬間壁の一角にポップな柄の箱のようなものが現れた。


『しゅうまつがやってくる!』


またあの文字だ、今度はさっきの箱が一瞬で弾けて消える、壁には正方形のトンネルのような穴が空いてしまった。


「あれ、誰この人」


空間に溶け込んでいたものに色が付くように穴の中央に2人の男が現れる、1人はメガネをかけた体格のいい長身の男、もう1人は瘦せ型の髪が長い男だ。


「さぁ、知らないけどここに居るという事はきっと異能者なんだと思う」

「そうだね、彼1人じゃここから逃げられないだろうし」


メガネの方の男の肩にさっきの謎の生物が現れる、何だっけ、思い出せない。


「君、僕たちと一緒に逃げるつもりはないかな?」


メガネの男が手を差し出す、しかし俺はその手を取らずに2人から距離を取る。


「すみません、俺、説明されないでこんな目にあってきたので、せめて自己紹介ぐらいしてもらわないと…」


メガネの男がそれを聞いて優しげに笑った。


「それもそうだね、僕はsasakure.UK、そしてこっちが…」

「…Junkyです、君は?」


この人たちも有名ボカロPか、なぜこんなにも色んなボカロPが集まるのだろうか。


「ニコ動ではバックフジって名前で活動しています、お2人は異能とこの場所について知っているんですか?」

「うーん……今はゆっくり話してる暇は無いんだけどなぁ」


参ったなぁといった感じでささくれさんが頭を掻く、上の方からドタバタと人が降りてくる気配がした。


「とりあえず、一緒に行ってから話そうか」


そう言ってささくれさんがJunkyさんの肩に手を乗せた、そしてJunkyさんは俺の手を取り肩に置く、そのまま彼は着ていたパーカーの前ポケットに手を突っ込んだ。


『メランコリック』


文字が頭の中に浮かぶと同時に視界が一瞬ぐにゃりと歪む、視界はすぐに元に戻ったが、ずっと薄いフィルターをかけられたかのような感覚が残ってしまった。


「手を離さないようにね、彼の能力は優秀だから本当に居なくても気付けないんだ」


リバーブがかかったかのような声でささくれさんが注意を促す、途中で階段を降りる例の戦闘服の団体とすれ違うが、何事もなかったかのようにすり抜けてしまった。


想像以上に何も起こらずに建物の外に脱出すると、再び視界が歪みさっきまでかかっていたフィルターのような靄が晴れた。

隣にはポケットから手を出したJunkyさんが立っている、その隣ではささくれさんが伸びをしていた。

Junkyさんは深くため息をついてトボトボと先に歩き出した。


「あの人、大丈夫ですか……?」

「メランコリックを使った後はいつもああなるんだよ、気にしないであげて」


Junkyさんに追従して俺とささくれさんが歩き出す、道中でささくれさんは知っている限りの事を俺に説明した。

まず異能について、異能は噂通りクリエイターに多く発現する特殊能力で、そのクリエイターの考えている事や強い思い入れのあるものに関わる能力が発現するらしい。

そして俺を捕縛したあの集団、アレは政府が用意した対異能の特殊部隊らしい。

発足してまだ時が浅いため異能に対抗する手段を持たなさすぎな上異能がどこまで現実離れした事をできるか全く理解していない人が大半のためこうして隔離施設から脱出する事は今は容易らしいが、組織上層の人物数名が異能者を異常なまでに毛嫌いしているらしく、時には収容を待たずに殺そうとしてくるほどらしい。

そして俺を最初に誘拐したじんさんとナユタン星人さん、そしてEZFGさんについてはささくれさんたちもよく知らないらしく、たまにあの対異能の組織の施設を襲撃しているのを止めるためにぶつかり合う事があるらしい。


「まあ僕らは異能者問題の平和的な解決を目指しているから、あんまり戦いはしたくないんだけどね」


あんな理不尽な連中なんか潰してしまいたいのも分かる、しかしその異能者を毛嫌いする人にもそれなりの理由があるのだろうし、平和的解決ができるならそれに越した事はない。

何も相手の手首を丸ごと消したりしなくてもいいんだ、例の光景を思い浮かべ、鳥肌が立った。


「EZFGくんの異能を間近で見たんだね、確かにアレはどうしようもなく怖いよね」


身震いする俺を見てささくれさんが笑う、ちっとも怖いという感情を持っていないかのようだった。


「ただ怖いというだけで拒絶しちゃいけないよ、異能は人を傷つける力じゃない、僕らの想像力の結晶なんだ、その誇るべき力をむやみに拒絶されると、向こうとしても辛いんじゃないかな」


─だからこの能力は嫌いなんだ。


掌を眺めながら彼が放った言葉が時間を置いて深く突き刺さった。


「異能を持つ人間と持たない人間、そのどちらもが平等に暮らせれば僕はそれでいい、自由を求めて戦う彼らが間違っているとは断言できないけど僕らは正しいと思ってやっている」


でもこの言い分って大きくすると国家間の戦争と同じなんだよね。

と、ささくれさんは締めくくった。


ドスン、とJunkyさんにぶつかる、ささくれさんと話し込んでいたためか前方で立ち止まったJunkyさんに気がつかなかったのだった。


「すみません、どうしたんですか急に立ち止まって」


気になって前方を覗き込む、道の真ん中に誰かが立っていたのだ、その隣には一回り背の低い少女らしき影が見える。


「どうします?ささくれさんも戦闘苦手でしたよね?」

「そうだね、時間も12時回っちゃったし」


ささくれさんが空を見上げながら小さく言った。


「週末、終わっちゃったなぁ」


少女の足元から、ドロっとした藍色の空気が漏れだした。


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sasakure.UK

ピコピコ系のサウンドで人気を博している人気ボカロP、作者がファン故かの贔屓目で平和派閥のリーダー的存在になっている。

異能

1-しゅうまつがやってくる!:自分が今いる「世界」を終わらせる能力、固有結界等も世界と見なされるため他の固有結界を打ち破るために使われるが、金曜の夕方から日曜の深夜までしか使用できない。

2-トゥイー・ボックスの人形劇場:固有結界「トゥイー・ボックス」を生成する能力、中では「キズネコトム」が徘徊しており、捕まると精神汚染される。


Junky

様々なジャンルの楽曲を扱うボカロP、作中ではパーカー姿であることがほとんど。

異能

1-メランコリック:パーカーの前ポケットに手を突っ込むと誰にも認識されなくあなり、誰にも触れられなくなる、能力発動時に本人に触れていた人は同じ効果を得られる、しかし発動する度に憂鬱な気分になってしまう。

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