セミ

二千字未満

https://www.youtube.com/watch?v=1not5IDZ4Ro&list=PLEcOCM3isWx__aziWMIMFc-DaFaWCOE0F&index=14



俺は焦っていた。

生まれてからこの方、同族に会っていない。

むしろ声すら聴いていなかった。

やっちまった。完全に寝坊である。

俺は羽を広げ、空に羽ばたくと、

目に入った一本の木にしがみついた。

そして羽をこすり合わせ、精いっぱい鳴いた。


『ミーンミンミンミンミー』


吾輩はセミである。

名前はミンミンゼミと呼ばれている。

俺が寝坊をしたのには理由がある。

今年の夏は異常に暑かったのだ。

おまえらはセミだったら

暑ければ暑いほど喜ぶと思ってるだろう?

実は俺たちミンミンゼミは暑さが苦手なのだ。

土の中で幼虫だった俺は、

毎日その日の気温をチェックした。


『やっべえなこの暑さ、また明日にするか』


そんな事を言って成虫になることを

先延ばし、先延ばしにしていたら、

気づけばもう夏は終わろうとしていた。

来年羽化すればいいだろうと思うだろう?

でも駄目なのだ。今年は俺の番。

それは最初からスケジュールで決まっている。

狂わせるわけにはいかなかった。

やむをえず成虫になり、

毎日飛び回り、そして鳴くが、

やはり仲間を見つけることはできなかった。

羽化したのは昨日だからあと一か月、

俺の寿命はそれだけある。

よくセミの寿命は1週間と言われるが、

それは人間の思い込みである。

セミはストレスに弱い。

捕まえて虫かごに入れたセミが、

すぐに死んでしまうことから、

そう言われるようになったんだろう。

なにより餌も特殊だ。

長期飼育に成功する奴なんていない。

俺に残されたのは約1か月。

だが、生きれば生きるほど相手はいなくなるだろう。

それは非常に不味い。

せっかく生まれたのに童貞で死ぬとかあり得ない。

俺は諦めずに飛び回り、

やらせてくれそうなメスを探すのであった。



日はすっかり暮れ、

街灯に灯りがともるまで探し続けたが、

やれそうな、どころかメスすら見つからなかった。

日が落ちて公園には鈴虫や松虫が鳴き始めた。

俺たちの声はうるさいと言われ、

こいつらは風情があると人間は言う。

まったく勝手なものだ。

いや今はそんな事より、

こいつらが鳴いてる現状の方が深刻だ。

この鳴き声が聞こえるという事、

それは夏の終わりを報せていた。

もう無理なのか……

俺は涙を流せないが、

鳴きたい、いや泣きたい気持ちになってしまった。

今まで怠けていた自分を呪った。

俺の両親はどんな気持ちで俺を生んだんだろう。

今はもうその気持ちを聞くことはできないし、

孫の顔を見せることもできない。

だけど、俺は申し訳なさで胸がいっぱいだった。

セミの腹部には前胸と中胸があるが、

まあそういう話ではない。心の話である。

俺もかわいい子とハートを作り、

子供を残したかったなあ。

だが後悔してももう遅い。

相手がいなければ……

そこで俺はひらめいた。

だがそれは到底無理なことだった。

世界中でも前例のない事だろう。

それでも俺は……


セックスしたいんだ!!


『俺は絶対諦めねぇ!!』


俺はそう強く言い放ち、覚悟を決めたのである。



『ミーンミンミンミンミー』


周囲には大量の同胞の鳴き声がする。

やった! やったぞ!! 俺はやり遂げたんだ!

あれから俺はひたすら、ただひたすら生きてきた。

セミが冬を越すなんて有り得ないだろう。

だが俺は、童貞のまま死にたくないと、

ただそれだけを心に言い聞かせ、

日々衰弱していく自分の身体を

奮い立たせていた。

寂しい夏が終わり、

不安な秋が終わり、

そして辛い冬が終わった。

春が終わるころには俺は勝利を確信し、

そしてついに2度目の夏がやってきた。

俺の夢をかなえる時だ。

ほとばしる熱いパトスを抑えられず、

俺は公園を飛び回った。


だがおかしい、周りにはオスしかいない。

おかしいと思った俺は、人間がベンチで

会話していたので盗み聞きすることにした。


「今年もセミ多いねー」

「でもなんかこれから減るってよ」

「えーなんでー?」

「うるさいから数減らすんだって。

 今年はほとんどメス生まれないってよ」


な、なんて勝手な!!

人間ってのはいつも自分勝手だ!!

どおりでかわい子ちゃんがいないわけだぜ。

俺はがっくりと肩、いや羽を落とし、

そして笑った。


『フフフ……ハハハ……ハーハッハッハッハ!』


上等だぜ!!

童貞のままで死ねるか!!


『俺は絶対来年まで生き延びてやる!!』


俺は再び、

これから厳しい一年を耐えることになるのだが、

それはまた後日話すこととする。

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