7. 女子寮 ※別にエロは無いので注意不要

 屋上から学院の中庭の様子は、よく見える。

 4階建ての建物だから、直線距離だと13、4メートルという所か。


「何しに来た!」


 おかげでクニヒロの声もよく聞こえるなぁ。

 彼は男子寮から出てきたみたいで、こちらに背を向けるようにして男子寮の玄関口にやってきたジョゼに対し、怒鳴り付けている。


 そのジョゼが一度、こちらを見上げた。どうやら僕とスンの存在を確認したようだ。


(よし)


 そんな風に口が動いたように見えた。そして、


「ご機嫌よう、クニヒロ殿下」


 周囲を学生に囲まれたジョゼは、屋上からでお解るこど顔を引きつらせながらも、なんとか微笑みを浮かべ、優雅にクニヒロに挨拶をする。


「そんな事はどうでもいい! お前は、数々の悪事が露呈した事で、学院を追放されたはずだ!」

「あら、そうでしたっけ?」


 クニヒロのヴァイオリン破壊事件、アネイ男爵令嬢のアクセサリ盗難事件、アネイ男爵令嬢に対する暴行事件……確か、こんな感じの事件について濡れ衣を着せられたと言っていたよね。


「そうだ! 証人も多くいる。まったくオドン公国の姫君とあろう者が嘆かわしい」

「そうですね。オドン公国の公女たる私を、ちゃんとした捜査もせずに、学院に対して正式な手続きもなく一方的に追放する……嘆かわしい限りですわ」


 そしてジョゼは一歩前に出る。


「あの時は、私の心の弱さから逃げ出してしまいましたが、オドン公国が公女ジョゼフィーヌ・イヴェット・ドロテ・デュルケーム、もう卑怯な振る舞いに負けるつもりはありませんわ」


「嘘よ! デタラメよ!」


 その時、ジョゼの背後から女学生の集団が現れた。どうやら騒ぎを聞きつけて女子寮からも人が出てきたようだ。


「その女……そんな女に仕えていたとは末代までの恥辱」


 小柄で可愛らしい金髪の女の子が目に涙を浮かべ、ジョゼを指さす。


「ミハル……」

「私はアネイ様の真心に打たれ、改心しました。数々のアネイ様への嫌がらせ、全ては、その女が仕組んだ事です!」


 ああ、あの子がジョゼの親友だった子かな。


「ジョゼフィーヌ、言い逃れは見苦しいぞ。お前の親友だったミハルまで、お前が悪いと言っているでは無いか」


「ミハルさん、クニヒロ殿下……ジョゼフィーヌ様をこれ以上責めないでください」


 ミハルの肩に手を置き、長身の黒髪女性が前へ出てくる。彼女がゴヤ公国の男爵令嬢アネイだ。


「よく戻られました。ジョゼフィーヌ様」

「……」


 ジョゼはアネイを睨み付けているが、それを受け止めるアネイの表情は柔らかいままだ。うっすらと微笑みすら浮かべている。余裕という事なんだろう。これはどう見てもジョゼが悪役だなぁ……


「部屋はそのままになっております。どうぞ、女子寮にお戻りになってください。学院の先生方も心配していますわ」

「……ありがとう、アネイ様。早速、戻らさせていただきますわ。クニヒロ殿下、それではご機嫌よう」


 ジョゼはアネイから視線を逸らさないまま、背後に立っているクニヒロにそう告げると、ゆっくりと女子寮へ歩き始めた。


 顔を下げず、まっすぐと女子寮を見つめるその姿は孤高の女王……まさに、そんな風格すら感じる。


「スン、僕らも女子寮に」

「……ん」

「よし」

「あ、主様、制服」


 またそこに戻る?

 そう思いつつ、僕は早朝にイメージした真っ赤な制服にググを変化させる。


「スンはどうするの?」

「ん、主様、イメージ」


 ああ、そうか。

 そういえば、最初出会った時はスンはドレス姿だったな。剣に変化するのを日本刀のフォルムに変えてから和服姿になったんだっけ……


「そうなると……学生服ってどんなイメージだ?」


 学生が腰に差すような感じになればいいのかな?

 そうなると細身の剣……サーベルだと軍服が連想されるし、レイピアって所だろうか。


「ん」


 スンが身体を少し震わせ、その姿が一瞬だけ淡い光に包まれる。

 光が消えると、そこには黒いセーラー服、髪型もショートボブくらいに切り揃えられた姿のスンが立っていた。


 フォルム変更の影響は、髪型にまで連動するんだね。


「じゃぁ、行こうか」

「……ん」


 いつもと雰囲気が違う二人なのが、なんか照れくさいが、幼児が二人、制服のような姿をしているというのは、端から見たら単なる入園式だろうな。


 そう思いながらも、スンの手を取り屋上伝いに女子寮まで移動する。

 女子寮の屋上から覗くと、ちょうどジョゼも寮の入り口までやって来た所だった。


「ジョゼ、あなた本当に戻るつもり?」


 ミハルが玄関の扉を開けようとするジョゼを押しとどめるように、こう言った。


「ええ、そうよ」

「この先は地獄よ。あなたが今、周りからどう思われているか解っているでしょう」

「ありがとう、ミハル。心配してくれて嬉しいわ」


 ジョゼのその言葉に、一瞬ミハルの顔が緩んだようにも見えたが、直後、表情は険しくなり、


「お前を心配して言っているのでは無い! アネイ様を守るために、私たち女子寮の学生は徹底的に監視させてもらう!」


 そう言って、ジョゼを押しのけ、先に入ってしまった。


「あらあら、ミハル様ったら……困りましたわ。ジョゼフィーヌ様、安心してくださいね。決してそんな事はさせませんから」


 今度は、アネイがそう言って玄関前に立ち尽くすジョゼが中に入れるよう、扉を開けた。


「ありがとう、アネイ様」

「どういたしまして、ジョゼフィーヌ様」


 ジョゼはそう言って中に入ろうとした瞬間、


「臭いわね」


 突然、少し大きめな声を出した。


「臭い!?」


 その声に先に歩いていたミハルが振り返って反応をする。


「ジョゼ! お前はアネイ様をまた誹謗するのか!?」


 アネイは悲しそうな顔をして俯く。


「違いますわ。この寮が……そうですね、何か果物が熟れてしまったような臭いが……でも、もう感じませんわ。気のせいですね」


 そう言って、扉を押さえているアネイの横を通って、寮の中に入っていった。

 

「スン、聞いた?」

「ん」


 今のは屋上にいる僕たちに聞こえるように声を出したのだろう。女子寮の中に漂っているあの腐臭の存在を伝えるために。


 立った今、ジョゼがクニヒロの怒声を受ける事が解っているのにも関わらず、わざわざ男子寮の玄関先まで行ってくれたのは、腐臭があるかどうかを確認するためだ。


 男子寮はまだ大丈夫、女子寮は臭う。そういう事なのかな。

 これで、どこかに黒い肉棒があれば一発アウトと考えていいだろう。どこまで汚染されているかが問題だが、最悪、女子寮ごと吹き飛ばす。男子寮の調査はその後だ。


 しばらくすると、事前にジョゼから聞いていた3階の部屋の窓が開き、ジョゼが顔を出した。元々は二人部屋だったらしいが、今はジョゼしかいないとの事。


「行くよ」

「ん」


 僕はスンを抱えると壁を伝って、ジョゼの部屋へ入り込んだ。

 ジョゼの部屋は僕が女子寮としてイメージしていた狭い部屋ではなく、まるでホテルのスイートルームのような広さだった。これ何部屋あるの?

 

「あまり見ないで。1週間、掃除もしていなかったから埃が溜まっているわ」

「ここ、二人部屋?」

「そうよ」

「本当に二人用?」

「ええ」


 僕は思わずドアというドアを開けて部屋数を確認していく。


「居間が2つ、ベッドルームが4つ、書斎が2つ……二人部屋?」

「そうね。ゲストルームが2つあって、私と元々はミハル用の寝室、書斎、リビングがあるのよ。事件があって、ミハルが出て行ってしまったから、ちょっと一人では部屋数が多いわね」


 二人でも十分な広さです。


「この寮全部がこの広さという訳では無いわよ? 私はこれでもオドン公国の公女ですし、ミハルもオドンの有力貴族の息女なの」

「そうなんだ……」


 海賊船の甲板の隅をベッドにし、丸まって眠った事なんて無いんだろうなぁ。まぁ、そんな身分の女性が冒険者協会の応接室で一週間寝泊まりしたというのは大したものだ。


「それで、この部屋、臭いは大丈夫だった?」


 僕が入った時は特に感じなかったが、ジョゼはどう感じたのだろう。


「そうね。寮に入った時は確かに一瞬、果物が腐ったような甘い臭いを感じたけど、その後は何も感じなかったわ」

「そうか……スンは?」

「……」


 スンは黙って首を横に振る。


「どう思います? その腐臭というのがあると何が問題なの?」

「うん、それは説明しにくいんだけど、洗脳が進んでいると思っていいと思うよ」

「それは彼女が洗脳しているという事?」


 全部説明してもいいんだけど、信じないだろうな。


「とりあえず今は、そう思っていていいよ」

「そう」


 不服そうだが、僕の表情を観て、ジョゼはそれ以上は聞いてこなかった。


「じゃあ、夜中になるのを待って、僕たちは寮の中を調べてみるよ」

「女性ばかりなので、部屋には入らないように……と言っても、子供だから平気なのかしら。どうもシャルル君と話していると、自分が小さな子供と話しているのか、自信がなくなるわ」


 中身、おっさんだからね。


「大丈夫、今のところ部屋の中には入る予定は無いよ。とりあえず食堂かな……食堂は1階?」


 黒い肉棒があるのなら、やはり食堂だろう。


「みんなで集まって食事をするホールなら1階にあるわ。でも、私は普段は自分の部屋で済ませるから、あまり行かないの」

「へぇ。ここでミハルさんと一緒に食べていたの?」

「そうね。でもミハルはたまに、他の子に誘われてホールで食べていたわ。一応、学生という事でここにいますが、私に付いてここへ来たので、たまには自由な気分になりたいだろうと、私は遠慮していたのだけど……」


 そうだよな。

 いくら同級生っていっても、お姫様と同じ部屋で生活していたら息がつまる……って、よく考えたら僕も公子様のはずだが……そもそも、家を飛び出してから知った事実だから、全く自覚が無い。


 僕がそんな事を考えていたら、


「そういえば……」

「そういえば?」


 ジョゼがそう言って少し思い出すような仕草をした後、


「ミハルが私が犯人だと言い出したのって、夕食の後に、ホールでお友達と夜食を食べるといって出かけた後だったような……」


 と呟いた。


「怪しいね」


 露骨に怪しい。


「そうね。その次の日の朝、ミハルと一緒に玄関へ出た所で、アネイ様が怪我をしかけたと大騒ぎになって、そこで急にミハルが私の事を犯人だって糾弾したの。そしてそのまま、そんな怖い女とは一緒には生活できないと部屋を出て行ったんだったわ」


 少し涙ぐんでいるのは、その時の事を思い出したからなのだろうか。


「確かに国へ帰れば主従の関係になるけど、ここでの生活では本当に親友だと思って過ごしていたはずなのに……」


 親友と思っていたのなら、ショックだよな。


「それで、ここを追い出されたの?」

「いいえ。でも、その数日後、突然、中庭で騒ぎが起きて……」

「騒ぎ?」

「そう。アラルコンからの使者が殿下の元へやってきた後、その使者が偽物だと、公子付きの武官が騒ぎ出して……」


 クニヒロには武官が付いているのか。


「そのまま中庭に引きずり出されて、そこで守衛に突き出されたの。私もその騒ぎを中庭に出て見ていたのだけど、突然、公子が態度を豹変させて……」


***


「偽物の使者まで送ってくるとは、もう我慢が出来ない!」


 ジョゼの話によると、突然、クニヒロがそう叫んだのだそうだ。

 そして、


「ジョゼフィーヌ! 僕は君との婚約を破棄する!」

「はい?」


 突然、ジョゼの事を指さし、こう宣言した。


 色々な事件が続いていたが、これまではクニヒロは笑顔のまま、一貫してジョゼを庇い続けていた。当初は政略的な意味での婚約ではあったが、同じ学校に通い続けるうちに、二人はお互いに惹かれ合い、恋人同士として仲むつまじく過ごしていたのだ。


 恋人の存在があったからこそ、ジョゼも耐えられた。

 そして、クニヒロの存在が防波堤となって、やや女子寮で孤立しつつはあったものの、一方的にジョゼが犯人だと主張する学生の数は多くはなかったのだ。


 当然、ジョゼは、隣国オドンの公女、クニヒロは学院があるアマロ公国の公子である事も大きかったのだろうが、この時点では、ほとんどの学生は態度を保留していたのだ。


 だが、この瞬間、ジョゼの立場は瓦解した。


「殿下……それはどういう事でしょうか?」


 ジョゼが言葉に詰まりながらもクニヒロにこう問うたが、彼はそれには答えず、ただ、こう続けたそうだ。


「僕は……ようやく目が覚めた。本当に僕の事を考えてくれ、僕を支えてくれるのが誰かと言うことを……」


 そして、ジョゼと同じように、守衛に引き渡される使者を遠巻きに見ていたアネイの側に近づき、彼は跪き、その手を取ってこう言ったのだ。


「アネイ・サハス・スメラギ! 僕の妻になって、ともにアマロ公国を支えて欲しい」

「クニヒロ殿下……」


 アネイは突然のプロポーズに頬を赤らめ、感極まったように涙を浮かべた。そしてゆっくりと頷いた。


 突然の展開に、まるでお遊戯会でも観ているような気分で立ち尽くしていたジョゼだったが、再び振り返ったクニヒロに、更にどん底へと突き落とされる。


「この悪女め! 偽の使者まで送り込み、我が国をどうするつもりだったのだ! 僕はもう一秒たりとも、お前と一緒の学院にいるのには耐えられない。今すぐアネイとともに、公都へ帰ろうと思う!」


 そう言って、アネイの腕を取り歩きだそうとする。すると、ミハルが前へ進み出て、


「お待ちください! 殿下! 殿下が出て行く必要はありません! 出て行くべきは、この事態を作った憎き悪女ジョゼフィーヌです!」


 こう叫んだ。


「そうです! 殿下!」

「悪いのはあの女です!」

「傾国の悪女め!」


 そして、クニヒロのお付きの武官や、ミハルと以前から仲の良かった学生、ここ最近、増えてきたアネイの取り巻きなどが口々にこう叫び始めた。


「そうか、そうだろう! ああ、そうだ!」 


 そしてとうとうクニヒロがこう宣言する。


「この国の公子である僕が出て行くのは確かにおかしい。王立とはいえ、ここは我が国の領地にあるビッチェ校だ。さぁ、そうなると出て行くのは誰だ!?」


 そういって、自分の周囲を囲む学生達の顔を見回す。


「その悪女です!」


 その言葉に満足げにクニヒロは頷き、さらに続けて、


「悪いのは!?」


 と、問うた。


「その女です!」


 彼らも、クニヒロの期待に沿うように応じ、


「よかろう、正義は!?」

「我にあり!」


 最後に、そう拳を振り上げ、その拳をジョゼに突きつけた。


 遠巻きに観ていた他の学生も、その熱に浮かされたように徐々に、ジョゼを追放しようという雰囲気が醸成されていく。


「で、殿下……」


 それでもクニヒロに翻意を求めようと一歩踏み出したジョゼの足下には、突然大きなリュックが転がってきた。


「さぁ、荷物はまとめてあるわ。今すぐここから出て行きなさい!」

 

 —— いつの間に用意していたのだろう……


 ジョゼはリュックを投げてきたミハルを見つめた。

 そして周囲を見回し、誰も味方がいない事に気が付いたジョゼは肩を落とし、学院を後にする……


***


「……という感じで、ここを追い出されたの」

 

 うわ、悲惨すぎる。

 涙ぐみつつも、自分に降りかかった出来事について淡々と話す姿に、かえって傷の深さを感じる。


「だ、大丈夫。どこまで助けられるか解らないけど……やっぱり、今の話を聞いてもおかしいと思うよ。そもそも、アラルコンからの使者って、公王一家が全滅した話のはずだし」

「全滅?」

「あ、言っていなかったっけ?」

「聞いていないわ」


 僕は、そもそもなんでクニヒロとジョゼの仲を復活させようとしているかを説明した。


「そんな……じゃあ、今、アラルコンは……?」

「無政府状態……とまでは言わないけど、結構ひどい状況だよ。クーデーターも1回発生しているし」


 首謀者は殺し……死んじゃったけどね。


「わかりました。国を愛していたクニヒロ殿下に戻っていただくためにも、明日、アネイ様と対決します」


 僕の言葉が後押しになったのか、ジョゼの目に力が戻る。


「オッケー! じゃぁ、今晩中に証拠を固めて、明日、滅ぼしちゃおう!」

「滅ぼさないで!」


 あれ?

 滅ぼす以外に選択肢は無い気がするけど……海賊船の船長とか、エズの村であった事まで説明するのは面倒なので、上辺だけジョゼに対して頷いておいた。

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