1. 再会

 僕の名前は、シャルル・アリスティド・ジェラール・クロイワ。

 久しぶりに自分のフルネームを確認したので、舌を噛みそうになったが、そんな名前だったはずだ。


 なにせ、まだ4歳児の脳みそだ。魂の中身には日本で死んだ30歳の中年素人童貞野郎がプリセットされているけど、世界に対する基礎知識などは圧倒的に低いままだった。


 それでも、色々を苦労を重ねた結果、ようやく辿り着いたこの場所で、すっかり気分も一新。愛らしいシャルル君として人生を満喫していたはず……だったんだけど、


「公王からの呼出しですか?」

「そうだ」


 公都アラルコンの領主であり、アマロ公国を治める公王が、僕を呼び出したそうだ。そう告げるのは、ホワイトグレードの国際冒険者ライセスを持つ、ロランさん。勇者だった僕の父と一緒に戦った事があるっぽい人だ。


 彼には、僕が勇者の息子だっていう事は、まだ言っていない。

 つい先日、僕は、奴隷だった僕を虐待した奴隷照会を潰してしまっている。こんな僕が勇者の息子だとバレたら、どんなとばっちりが父の所へ飛ぶか解らない。


 暖かく育ててくれていた両親の元から、家出同然に出てきた僕でも、実家に迷惑をかけないくらいの矜持は持っているのだ。


「何か心当たりはあるのか?」

「ええ……まぁ……」


 公王陛下には会ったことは無いけど、その娘なら、一緒に海賊船で奴隷をやっていた同期だ。正確には、奴隷見習いの僕と、奴隷候補で閉じ込められていたソフィア公女様ならびに、お付のカランさんという感じではあったのだが……


「心当たりは、あるような……無いような……」


 公王といえば、ソフィアの父ちゃんだ。


 そういえば、ソフィアは海賊船から逃げ出した後、再び奴隷として売られてしまった僕を、オークションで買い取ってくれようとしたんだよな。結局、あのジャンユーグが破格の値をつけた事で実現できなかったけど……あの時は、嬉しかった。


 まぁ、クサレ外道のジャンユーグは今頃、蜘蛛のお腹の中だろうから、その事は忘れよう。「いつか復讐する」リストには、もう何人か残っているけどね。


「心当たりがあるのか……どういった事情かは聞かんが、公王からの召喚だ。すぐに出頭するぞ。準備しろ」

「今からですか?」

「嫌なのか? さすがにこれは断れんぞ」

「ですよね。ちょっと心の準備が足りていませんが、いいでしょう。僕も男です。ずばっと覚悟を決めて、いっちょ公王陛下のご尊顔でもご拝謁させていただきましょう!」


 僕はお世話になっている孤児院の食堂で、拳を上げ宣言してみた。


主様ぬしさま、落ち着く」

「え、ああ、そうだね」


 無理やり高揚させた僕の気分をあっとう間にフラットにさせてくれたのは、僕の相方のスン。僕と同じ4歳くらいの女の子だ。あくまでも外見だけだが。


 スンの表情は乏しいものの、人形のような可愛らしい容姿に黒い和服。僕の事を主様と呼ぶ旅の供だ。たった一人でダンジョンの奥へ棄てられた僕を助けてくれた、最初の僕の味方。僕の居場所だ。


 僕がじっとスンを見つめていると、それが不快だったのか、


「主様、その表情は気持ち悪い」


 こう言って、僕の事を軽く睨む。


「ああ、ごめんごめん。ちょっと自分が置かれた状況を振り返りたい気分だったんだよ」


 とりあえず、僕はスンと一緒に……あっ!


「そういえば、スンの事はソフィアは知らないはずだなぁ……。どうする? スンは人間の格好のままでいく?」


 僕の中ではスンと離れて行動するという選択肢はなかった。


「ん……面倒は嫌」


 そう言って、スンは僕の背中に抱きつき……


 黒い鞘に納められた刀に変化した。


 スンは、普段は愛らしい幼児の姿なのだが、その本性は真っ黒なやいばを持つ日本刀。彼女は、人間に変化できる魔具まぐなのである。

 

 刀に変化したスンは、そのまま僕の背中に張り付いている。

 これはスンの変化に合わせて、僕が着込んでいる赤いローブが形を替え、鎧姿に変わり、その背部に鞘を固定したからだ。


 僕の意思に合わせて変化する、この真っ赤な鎧。

 そう、これも、僕が持つ魔具の一つ、ググだ。


「いつ見ても、お前の魔具は便利だよな」


 一連の動きをみて、ロランさんがボヤく。


「そう……ですかね。僕はこれしか知らないので……」

「そうだな……まぁ、あいつが作ったのなら規格外なのも頷ける」


 若干、僕の親のことがバレている気もするが、ロランの小声は敢えて聞こえない振りをして、


「ほら、ロランさん。公王陛下が待ってますよ! 早く行きましょう!」

「おう、そうだな。それじゃ、エリカ、行ってくるよ!」


 ロランさんは、つい先日、長かった曖昧な関係に終止符を打ち、晴れて婚約者となった孤児院の管理者であるシスター・エリカに手を上げた。


「あなた、イッテキマスのチューは?」


 孤児院にいる孤児たちが、ロランにお約束なツッコミを入れる。


「うるさい!」

 

 婚約者となったので、気にせずブチューとすればいいのに、相変わらず照れたままの二人を横目に、僕はスタスタと孤児院を出た。幼馴染と結婚するなんて贅沢野郎は置いていこう。


「おい、シャルル! 待て! 先に行くな!」


----- * ----- * ----- * -----


「で、どこに行くんでしたっけ?」

「お前、子供の癖になんでそんなに足が早いんだ……」


 孤児院を出た僕は、早足でスタスタと足を進めていた。

 その後ろから、ロランさんが、これまた早足で追いついてきた。


 確かに僕の歩くスピードは早い。多分、一般の人が全速で走るスピードの数倍は軽く出ているだろう。なにせ僕のスペックは普通の子供じゃないしね。


 公都に来る前にダンジョンに棄てられた僕は、ダンジョンの主とも言える蒼龍の師匠ミヤに鍛えられて、この世界の基準では計測不能な領域にまで成長してしまっている。


「でも、ロランさんも余裕で付いてきているじゃないですか?」

「そりゃそうだ。これでも国際ホワイトグレードだ。まだまだ子供には負けんよ」


 文句を言いながらも、ロランさんは涼しい顔で僕に追いついてきた。

 この世界では、規格外なのは僕だけじゃないって事なんだろう。

 

「公王付き事務官が詰める公宮吏庁の事務局からの呼出しだ。まずは、事務局がある事務所に顔を出すぞ」

「こうきゅうりちょう?」

「ああ、公王一家のお世話係みたいなものだ」

「ふーん」


 日本で言う宮内庁みたいなものか?

 まぁ、宮内庁といっても、どんな仕事をしているのかは、ちゃんとは知らないのだが……


「それで、そこはどこにあるの?」

「……まぁ、知らないよな。知らないで、よくそのスピードで歩こうと思うもんだ」

「全ての道は、どっかにつながっていますよ」

「そう……だな。とりあえずこの道を真っ直ぐ進めばいい」

「ほらね」


 僕はロランの言葉に、更に自信を持って、真っ直ぐ歩き続けたが、


「おい、行き過ぎだ!」

「ぐぇ」


 どうやら行き過ぎたようで、首根っこを掴まれ、カエルのような呻き声を出してしまった。その後は、ロランさんに引きづられ、右に曲がったり、坂を登ったり、降りたり、門をくぐったり、ロランさんが身分証を出して大騒ぎになってりしながらも、石造りの豪華な建物の前に着いた。


「ここだ」

「遠かったですね」

「そうだな」

「これが事務所?」

「事務所は、この中だ」


 確かに僕が公都へ移動していた際、遠くからでも目立つ、ひときわ大きな尖塔が公都の中心部にあった。どうやら僕は、その尖塔がある建物の前に立っているようだ。


「ここはいったい……?」

「だから、公王からの呼出といっただろう。ここは公宮の中にある外宮殿の入口だ」

「がいぐうでん?」

「ああ、公王が政務を行う場所だ」


 公王が政務という事は、絶対王政の元の直接統治という事なのだろうか?


「分かりました。じゃぁ、事務所まで行きましょう」

「ああ、って、すぐそこなんだけどな」


 大きな入口を入ると、中は学校みたいにいくつもの部屋に分かれており、沢山の人が廊下をウロウロと歩いていた。


「王宮というから、もっと優雅な場所をイメージしていたんだけど……なんか、役所みたいですね」

「みたいというか……ここは役所そのものだからな」

「なるほど」

「勿論、公王のご家族が済む内宮殿は、当然、優雅な雰囲気に包まれているはずだぞ。俺も入ったことは無いけどな」


 へぇ。いつか行ってみたいな。


「よし、ここだ。おい、君」


 そういって入口に公王付き事務官詰所と書かれている部屋に入ると、ロランは入口の近くにいた若い青年に声を掛けた。


「なんでしょうか?」

「冒険者組合に回ってきた出頭命令で、この子を連れてきた。取り次いで欲しい」


 そういって、先程孤児院に持ってきていた羊皮紙を、事務官に見せる。


「確かに、そう書いてありますね……おかしいですね。今朝の通達ではそんな話はありませんでしたが……念のため、あなたの身分証か何かを見せてもらえますか」

「ああ、これだ」


 ロランがそういって、懐から国際冒険者ライセンスカードを取り出す。


「ありがと……う……ございうぇぇぇ? ロラン……閣下?」


 ロランがカードを出すと、決まって大げさな反応が帰ってくる。

 冒険者国際ライセンスのホワイトグレードとは、それほど凄い事なんだろう。


 孤児院の中では、幼馴染を適齢期を大幅に超えるまで放置していたヘタレという評価なんだけどな。なんだか、世間の評価との乖離が激しい。


「ああ、そんなに畏まらなくてもいい。公王陛下に取り次いでくれればいいだけだが」

「い、いえ。すぐに上司を呼んで参りますのでお待ち下さい」

「あ、君! 今日は私じゃなくて、この子を……行っちまいやがった」

「ロランさん、すこしは自重した方が」

「いや、俺のせいじゃないだろう」


 ロランには白面のグランツ、全殺し閣下といった二つ名があることを知ってしまった僕はニヤニヤとロランの顔を眺めた。


「いや……多分、俺のせいだな。若気の至りだったんだよ……」


 そういってロランは肩を落とした。

 しばらく待つと、偉そうなローブを来た男が5人もやってきた。


「私は事務局長のビランです」

「私は副事務局長のノルザリンです」

「私は王吏総部局長のホッケンハイムです」

「私は調整局長のリヒターです」

「私が外殿官吏長のロッカです」


 口々にロランの前で頭を下げ自己紹介をしていた。

 覚えるのは無理だ。


「……冒険者のロラン・グランツだ。丁寧な挨拶に感謝を。今日は、この子に対し、公王より召喚命令があったと組合の方に連絡があったので連れてきただけだ。ここで外交をする気は無い」


 ロランも5人の名前、覚えられなかったな。動きが怪しいぞ。


「分かりました……はて、冒険者組合に召喚状など発行していましたか?」


 事務局長がそう言って、事務所内の職員を見回すが、誰も反応は無い。もしかして、これってニセの召喚状なんじゃないのか?


 誰が?

 何のために?


「私が直接だしたのだ」


 サスペンス風に悩みは始めた僕をあざ笑うかのように、5人のお偉方が並んだ後ろから声がした。

 その声に、男達は振り返り、声を発した人物を確認すると、恭しく頭を垂れ、左右に分かれた。その後ろから現れた人物は、


「ソフィア?」

「シャルル! ようやく会えました」


  海賊船の時とは違い綺麗な服に身を包み、目に涙を浮かべた、アマロ公国の第4公女ソフィア・アマロだった。

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