3. 拉致

 屋敷を背に僕は歩きだした。


 涙で前が曇ったままだし、後ろ髪は引かれまくっていたけど、とにかく屋敷から離れる事を優先した。背中に剣を背負い、真っ赤な鎧を着た4歳児が泣きながら屋敷を後にする。どう人の目に映るんだろうと気にはなったけど、どうせ誰も通ってないし、いいか。


 とりあえず村の方へ……


「ぼっちゃま」


 歩き始めた僕の前にセリアが立ちはだかった。そういえば、屋敷に着いてた時、セリアはそばにいなかったような……。ここで待っていてくれたのだろうか。


「セリア、見送りはいいよ。僕はこのまま旅立つから」

「え? 見送りって、そんなつもりでは……」


 見送るために、ここで待っていてくれたんじゃないんか-い! 思わず心のなかでそんなツッコミを入れつつ、


「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあね」


 気恥ずかしさの余り、顔を伏せてそのまま行こうとしたのだが、


「あ、ぼっちゃま。そうではなくて、私もご一緒しますから」

「はい? いや、いいよ。冒険の旅だから、女の子が一緒なんて危ないし」

「4歳のぼっちゃまに言われたくはありません」


 それもそうか。


「でも、父上や母上が何て言うか……」

「そもそも、着いていくように言われていますので」

「へっ?」

「この辺りは治安がいいので大丈夫ですが、さすがに4歳の子供が一人で旅をしたりしたら、すぐに人さらいに捕まって、人生終わっちゃいますよ」

「そうなの?」


 そういえば、父も一番危険なのは人間だって言っていたね。

 

「でも、セリアもまだ若いし、危険じゃない?」

「私はぼっちゃまのお父様にみっちりシゴカれて育ちましたので、大丈夫です」


 へー、そうなんだ。


「姉と私は、お父様がこちらの世界に召喚されてすぐに拾われて、それはもう、厳しい修行の毎日で……」

「え? 父が修行をしたの?」

「はい、食料調達のために何日も魑魅魍魎が跋扈する森を二人っきりで探索させられたり、走力を上げるための訓練だと、ドラゴン討伐の囮になったり」


 完全にいいように使われているね。


「お母様にも、魔法耐性を鍛えるためと、薄着で厳寒の地に放り出されて、ひたすら湖の主と格闘させられたり……」


 母上もか! しかも、薄着で格闘って魔法には関係無さそうだし!


「私達姉妹は、本当にぼっちゃまのご両親にお世話になって……フフ……フフフフ」


「わ、わかった! それなら大丈夫だね。是非、一緒に来てください。むしろ、連れて行って下さい。僕は全然知識とかが無いから、不安は不安だったんだよね」


 なんだか、僕を見る目が怪しくなったので、僕は強引に話を打ち切った。


「大丈夫です。お父様、お母様から修行とは何ぞやという事は、みっちり仕込まれていますので、任せてください」


 いかん、藪蛇だったか。


「僕は子供なので、優しくしてね」

「はい、それはもう!」


 セリアの満面の笑みが怖い。


----- * ----- * ----- * -----


「とりあえず、今日は村で旅に必要なものを調達して、それから、どこに行くか決めよう」


 もう家には帰れない。

 少なくとも、今の僕では両親に……特に父に合せる顔が無い。


 僕自身が、この世界で生きていけるという何かを得なければ、僕は家に戻る事は無いだろう。本来は、地道に身体を鍛え上げて、前世の知識と合わせたチート技で活躍するというのが、僕が読んできた異世界物と言われる小説の中の話だったのだが……


 すでに父が内政チートを済ませているこの世界で、僕は居場所をみつける事が出来なければ、ちゃんとした大人になれない気がする。前世のような、彼女も出来なかった寂しい人生は御免だ。僕が僕であるために……この旅は、そのための大事なステップにするぞ!


「という事で、セリア。今晩、寝る所の手配をお願いしてもいいかな。あ、お姉さんの所は避けて欲しい。何だかんだと、あそこに泊まると父に甘えているのと同じ事になってしまう」


「そうですか。それじゃ、宿屋を手配しますね」

「うん、それでいこう。宿屋か。何だか一晩で体力が回復しそうな響きで、いいねー」

「いえ、シラミやダニとの戦いになるので、睡眠不足になる事は請け合いです」

「シラミやダニがいないところでお願いします」


 イメージとしては木賃宿のような感じかな。板の上でワラに包まって眠るのだろうか。


「それではホテルを手配します」

「うん、それでいこう。白い枕に白いシーツ。ゆっくりと眠るにはそれが一番」

「いえ、誰が使ったか解らないベッドで、色々なシミがたっぷりのシーツに、いつ干したか確認したくなる枕。臭いトイレに、冷たい水風呂というのが、標準的なホテルになります」

「そうなの!?」


 屋敷のトイレはさすがに電化製品がなかったのでウォッシュレットはなかったけど、水洗で清潔だったし、風呂も毎日、お湯が張ってあった。代官屋敷も同じような感じだったのに……


「勇者であるお父様と、聖女たるお母様の力になります」

「そうなんだ……」


 僕は恵まれていたんだ。

 そんな事も気が付かずにいたなんて……って、何か聞き逃した事がある気が凄いする。


「ねぇ、セリア。そういえば、昔、母上にも鍛えられたって言っていたよね」

「はい、それはもうみっちりと」

「魔法耐性を鍛えるって……」

「はい、ばっちりと」

「それに、母上が聖女だって……」

「そうですね。お父様と合う前、聖ダビド王国の第3王女であり、この国の光の聖女として国民を導いてくださるマリア様の姿を初めて拝見した時は……」

「はい?」

「あまりの神々しさに、目が潰れるかと」

「はい?」

「その後、勇者様と聖女様が出会い恋に落ち、聖ダビド王国を崩壊に導いた世紀の駆け落ち。その後、私達ナンバーズを引き連れて2度の魔王討伐。伝説の炎龍討伐。かの悪名高いエズの地に存在した暗黒地下帝国と、蒼龍を味方に付けた我々との壮絶な死闘……」

「はい?」

「ああ、思い出します。あの神龍公ルナス様の前で誓い合ったお二人の永遠の愛。そして生まれたのがシャルル様でした」

「……」


 ファンタジーの世界だ。人類とは違う人種ひとしゅがいたくらいだし、魔法というものが存在するのは許容しよう。母が聖女だというのは、見た感じオッパイ、聖女でいいと思う。


 でも! 


 なんだ、その両親の規格外な伝説の数々。

 聖ダビド王国を崩壊に導いた? そういえば、僕が住むこの国は『ダビド王国』って言っていたな。『聖』はどこにいった?


 セリアからもたされた情報量に目を回していた僕だったが、


「それはそうと、今日はどこに泊まります?」


 というセリアの現実的な質問に、一旦、心を落ち着かせた。


「両親の話は後で詳しく教えてね。出来れば、カリナの所以外で、清潔に眠れて、ゆっくり出来る所がいいんだけど……無いかな……?」

「そうですね……。ちょっと確認してきますので、ここで待っていてもらってもいいですか?」

「うん」


 まだ屋敷からそう離れてもいない。

 多分、セリアはそう判断して僕のために宿の手配に向かってくれたのだろう。

 結構な速さで川沿いを村の方へ走り始めた。


「どうか、清潔なベッドの上で眠れますように」


 そういいながらもセリアの後ろ姿を見送る。セリアの見た目から考えると、相当な脚力だ。僕の両親に鍛えられたというのは、本当の話なんだろうな。それにしても、シャルルこの僕は、凄い両親を持ったものだ。


「よっこいしょっと」


 年寄りくさい事をつぶやきながら、僕は道端にある切り株の上に腰をかけた。


「何も持っていない僕の劣等感を刺激してくれる」

「そんな事無いですよ」

「へっ?」


 突然、背後から声を掛けられたことにびっくりした。

 切り株の後ろは、背の高い草が覆い茂っていて、声はその中からしたのだ。

 慌てて、後ろを見てみると、背の高い草の奥から影がヌッと出てきた。


「あ、失礼しやした。ぼっちゃま、先日はどうも」

「ひっ」


 声が出そうになるのを慌てて口を抑えて呑みこむ。

 茂みから出てきたのは、つい先日、僕が姿を見て逃げ出してしまったオーガ族の人達だった。


「ど、どうも。こんにちわー!」


 「先日はどうも」と言うからには、この間、屋敷の修理に来たオーガの一人なんだろう。区別はつかないけど。ただ、この間の母の様子から良い人なんだろうと信じこんで、僕は務めて明るく、子供らしく挨拶をしてみた。よく見れば、オーガの顔は、人の肌と同じ色で、目は大きくつり上がっていて、醜い大きな鼻が、これでもかと存在感をアピールしており、大きな口に大きな牙。鬼という先入観で逃げ出した僕が悪いよね。


 そう、オーガ族の顔は案外……怖いです。どう見ても、鬼にしか見えません。目がギロリとして、その目でみつめられるだけで、オシッコが出ちゃいそうです。


「どうしたんです。こんな所で座り込んで……」

「あ、連れを待っているんです。今、村の方へ今日泊まる所が無いか、探しに行ってもらっています」


 僕は怖さのあまり、別に言わなくていいことまで、ベラベラと喋ってしまった。


「泊まるって、屋敷がすぐそこなのに、村に泊まるんですか?」

「そうなんです。僕は屋敷を出ることにしたので、村に1泊だけして旅に出ようと思って……」

「屋敷を出ちゃうんですか? 勇者様の家族なのに」

「僕がいると迷惑だから、家を出たんです。父も、その方がいいって……」


 はっきりとは言われなかったけど、空気を読む力に長けていない僕でも解った話の流れて的にはね。


「迷惑だなんて、お父様がそんな事思っている訳無いですよ。一度、ちゃんと話してみたらどうですか?」とか、「ご両親の愛情は深いものですよ……」みたいな、良い話になって、この会話はおしまいだって思っていた。ところが……


「ググ……勇者様の家から家出をした……ぼっちゃまは、もう勇者様の家族じゃない……勇者様の家族じゃない子供が一人でいる……」

「え、オーガのおじさん? どうしたんですか?」

「勇者様の家族でも、村の住民でも無い子供が一人……柔らかそうな子供が一人……」

「オーガのおじさん、ヨダレが! ヨダレが僕にかかってますって……」

「コドモ……ヤワラカイ……コドモ……ユウシャとのヤクソクに含まれないコドモ……」

「怖い! 怖いって! その目、怖いって」


 オーガは何かに抵抗するかのように、自分の身体を抱きしめ、そして、自分が来ていた獣の皮のようなもので出来た上着を引きちぎった。


「コドモー!」

「うわー」


 その叫び声に僕は思わず逃げ出した。


「あ、ちょっ! ぼっちゃま! じょうだ……」

「うわー、うわー、うわー!」


 猛ダッシュでセリアが渡った橋を駆け抜け……


「うぎゃー、こっちにも!」


 セリアの後を追うように村の方へ行こうとしたが、橋を渡った先にも鬼が立っていた。


「あ、ぼっちゃま、先日はどう……えっ!?」

「食われるー!!」


 あぶねー!

 ギリギリの所で鬼の手を躱し、一目散に村の方とは逆の方向へ駈け出した。道はすぐ途切れ、目の前には森が広がる。僕は迷わず、そこへ飛び込んだ。


----- * ----- * ----- * -----


「はぁ、はぁ、はぁ、ゴホ、ゴホッ! ゴホッー!」


 森へ飛び込んだ僕は、走れるだけ走った。

 もう無理だと思うくらい走った。

 全力で走りぬけ、木の根につまづき、転がり、再び起き上がり、走りに走った。


 とうとう息が続かなくなり、木にぶつかるように倒れ込み、その場で吐いてしまった。


「ゴフッ! ゴフッ! う、ううっ。ふ、ふぅ……」


 吐き出すものを吐き出した後、声で自分の居場所がわからないように必死に口を押さえ、これ以上、声が漏れるのを防ぐ。周りを見回すが木々に囲まれており、とりあえず人の気配はしない。


「逃げ切れた?」

 

 血走った目で、何度も辺りを見回す。

 よし、人の気配はしない。逃げ切れたようだ。

 

 これからどうする?


 これから……


 これから?


「ここ、どこ?」


 僕は気が付いた。

 木が鬱蒼と覆い茂った深い森の中、自分がどこから来たのか解らない。そもそも、どれだけ走ったんだ? 村はどっちだ? なんか、緊張してムズムズとしてきた。おしっこが漏れそうだ……


 とりあえず、立ち上がり、木に向かって立ち小便。


「ふぅ……すっきりした。とりあえず、とりあえず……どうしよう。ど、ど、どうしよう」


 涙が溢れてきた。

 中の『俺』には耐えられても、シャルルの精神にはキツイ話だ。よし、泣こう。


「うわーっん! セリア-! ははうえー! どこー! うわーん!」


 獣に襲われるとか、さっきの鬼に気が付かれるとか、一旦忘れよう。僕は僕にたまったストレスを涙を通して解消すべく、鳴きに泣いた。


「ひぐっ、ひぐっ、ひぐっ……よし、終了」


 数分は大声で泣きわめいたので、すっきりした。


「とりあえず、こうしていても始まらない。父上にもらったこの鎧と剣で何とかしよう。そういえば、旅に必要なものは鎧の中にしまってあるって言っていたよな」


 どういう事だろう?

 ロールプレイングゲームのように、イベントリみたいな感じで出てくるのかな。よし……


 自分が着ている紅い鎧をじっと見つめる。視界の中に何かが出てくるのではないかと期待したけど……出てこない。


「父上! せめて使い方を教えておいてくれ……」


 困ったな。

 このままでは喉の渇きか、飢えで死んでしまう。

 とりあえず、鎧から何かを取り出すのは後回しにして、まずは飲み水の確保。その後に食料だ。


「椰子の木でもあれば……」


 そう思い、目の前にある木の上を見上げる。

 気候的には南国では無い感じなので、期待薄だが……案の定というか、それらしき実はなっていない。


「そんなにすぐ見つかる訳無いか」


 とりあえず、歩いてみよう。

 何か実がなっていたら儲けもの。寄生虫とかが怖いけど、最悪、綺麗な小川でもあれば何とかなる。泥水しかなかったら……ペットボトルがあれば砂と小石を使って濾過装置でも作れるんだが、さすがに落ちてないだろうな。


「み、み、水はどこー」


 寂しいので、変な歌を歌いながら歩いているが、無計画では無い。

 さっきの木の根元を拠点として、そこら辺を探索してみた。現在地が解らない以上、奥へ奥へと入ってしまう事は避けなければならない。どこか一方向へ歩いているつもりで、確実に迷う自信がある。いや、もう迷っているのだが……


「きっと、セリアが探しにきてくれる。セリアが無理でも、待っていれば、父上か母上が……」


 母の事を考えると涙が出そうになるが、ここは耐えてみよう。

 涙の水分も勿体無いし。


「眠い……」


 だが、30分も歩いているうちに、体力の限界が来た。

 さっき全力で走ったばかりだし、4歳児の体力じゃ、そんなもんだよね。

 拠点の木の根元に戻って、丸くなってみた。


「母上、明日頑張ります。おやすみなさい」


 急速におそってくる眠気に抗う事が出来ず、僕は意識を手放した。


----- * ----- * ----- * -----


「ふぁぁ……あ?」


 目が覚めた。

 身体のあちこちが痛いんだが、何でだ?

 

 と思ったが、硬い地面の上で寝ていれば、そうなるよな。あたりは……薄暗い。あれ、まだ夜が明けていない?


 まだ寝ぼけたまま、とりあえず夜が明けるまで待とうと、ボーッとしていたが、あたりはどんどん暗くなっていく。これって……


「今から夜?」


 えーっと、村を出て、屋敷に戻って、父から剣と鎧を受け取って出発。セリアにあって、村に向かう川の手前で鬼に食われそうになって……


「駄目だ! 盛大な昼寝をしただけで、状況としては悪化している!」


 木々の間から見える空は、どんどん暗くなっていく。いままでぐーすかと熟睡しておいてなんだが、これってかなりヤバくないか。暗い森の中で、幼児が一人。


「肉食獣にとっては、鴨がネギを背負っている状態??」


 周りにある木は、樹齢何百年って感じの大きな木ばかりだ。登ろうにも、一番下の枝に手すら届かない。その周り、ところどころに灌木があるけど、トゲトゲしているし、低いので安全そうじゃない。


 シダっぽい草も沢山あって、視界が悪い部分もあるし、こりゃ襲われるとしても、咬み付かれるまで猛獣の存在に気が付かないかも。


「と、とりあえず木を背に……」


 背後から襲われたらアウトなので、背中を木にピタリとつけて座り込む。しばらくすると完全に日は落ちてしまい、あたりは真っ暗に……


「ならないんですけど! 何? あの人魂みたいな光りは……」


 森の奥に、さっきまで見えなかった光りがいくつも漂い始めた。


「お化け? 霊魂なの? 信じてないんだけど! 霊感なんて無いんですけどー!」


 恐怖のあまり、ちょっとオネエ言葉になってしまった。

 ただ、その光りは近づいてくる気配は無い。


「あ、もしかして僕を助けにきた捜索隊?」


 そんな期待もして凝視をしていたんだが、光りはどんどん数を増し、距離をおいて僕を取り囲むように漂っている。


「うん、違うね。捜索隊じゃないね」


 どうみても、松明の明かりじゃないし、木の上まで登っては降りたりを繰り返す光りもあるので、僕は捜索隊だという淡い期待は捨てた。だが、いつ襲われるかとガタガタ震えながら、その人魂みたいな光りをみていたのだが、特に近づいてくる様子も無い。


「安全……なのかな?」


 ガサッ!


「ひぃ」


 ちょっと油断をして立ち上がった瞬間、近くの茂みの中で何かが動いた。

 僕は慌てて木に身体をピタリと寄せ、気配を殺す。

 それと同時に人魂の光りが激しく明滅を始めた。


「や、やばい」


 ガサガサ。


 茂みの中から何かが近づいてくる。

 こうなれば、剣をとって戦うしか……


 そう思った瞬間、黒い影がすぐ近くの茂みから出てきた。


「う、うわー」

「うわっ!」


----- * ----- * ----- * -----


 茂みから出てきたのは、人間の男性だった。


「精霊どもが騒がしいから何事かと思ってきてみれば、子供か?」

「はっ、はっ、よ、よかったー。びっくりしたー」

「どうした坊主、迷子か?」


 木こりらしい風体の中年男性は、僕にやさしく声をかけてくれた。


「はい。道に迷ってしまって……」

「そうか。そんな鎧を着ているという事は冒険者の子供かな」

「いえ、そういう訳では無いのですが」

「とりあえず、ちょっとここで待ってな」


 そういうと、木こりは再び茂みの中へ戻った。


 遠くで僕を取り巻いている人魂は、相変わらず明滅している。


「精霊って……ますますファンタジーの世界だな」


 光りの精霊ってやつかな。

 魔法もあるって言っていたので、精霊魔法を使う世界なんだろうか。僕も使ってみたいものだ。魔法学校とかあるんだろうか……


「お、坊主、逃げなかったな。感心だ」


 木こりが、3人になって戻ってきた。

 仲間を呼びに言ったのかな?


 それに逃げるって、どういう……


「どうだ。なかなかの玉じゃないか」

「ですね、カシラ。ちょうど一つ目のザジが乗組員が足らねーって言っていたし、ちょうどいいんじゃないでしょうか」

「こんな子供に船奴隷が務まるんですかね?」

「まぁ、いらないって言ったら別口に売りゃいい話だ。とりあえずザジの所に持って行って、駄目なら他を当たろう」

「へい」


 僕を取り囲んで3人の木こりが何やら話している。


「おじさん、船奴隷って……」

「あ、聞いての通りだ。お前の行き先を決めていた所だ」

「おじさん、僕を助けてくれるんじゃ……」

「おう、おじさんは優しいから、この森から坊主を助け出し、働き場所まで見つけてやるって事だ」

「へへへ……」


 いかん。とてつもなく、いかん。

 僕は素早くあたりを見回し、正面には逃げ道が無い事を悟ると、背にしていた木の反対側へ駈け出した。


「ほい、いらっしゃい」


 そこには大きな麻袋を構えた、もうひとりの男が立っていた。


 僕が一瞬立ち止まった瞬間、僕はその麻袋に詰め込まれたみたいだ。周囲に光は消え、音もよく聞こえなくなった。


「……っちゃまー! ぼっちゃまー!」


 遠くでセリアの声が聞こえたような気もしたが、僕の意識は恐怖のあまりに急速に遠ざかっていく。

 

 冒険の旅に出てから、ほんの数時間。

 僕は山賊どもに拉致されたのだった……

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