第10話 その出会いは最悪で

 湯気が立ちこめる広い浴室の中には、一人の少女の姿しかなかった。


 軽くウェーブのかかった明るい色の長い髪に、気品のある整った顔立ちをした少女は身体についた泡を洗い流し、持ってきたタオルで髪を頭の上にまとめあげる。泡の下からあらわになったその身体は、発育途上ではあるものの、女性としての発育が進みつつあった。


 少女は湯船へと入り、ふう、と快楽の声を上げながら手足を伸ばす。こうしていると一日の疲れがすっかり取れていくようだった。


 リンドウ女学園中等部一年の、星井麗奈(ほしい れいな)は入浴が大好きだった。こうして毎日大きな湯船を使うことができるだけで、寮生活になってよかったと思っていた。


 ましてや今日はタイミングがよく、自分一人でこうして広々と使うことができたので歌いだしたくなるほどの上機嫌になっていた。


 どうしても人の数が多い以上、場合によってはのんびりと入浴などといっておられず、急いで身体と髪を洗って、身体を流して出ていくという混雑した市場のような忙しない状況になることもあるし、上級生に気を使わざるをえない場合も多い。


 リラックスしながら目をつぶっていると、更衣室の方から話し声が聞こえる。誰かが入ってきたのか、せっかくよい気分なのに残念だなと思う。


 引き戸が開けられる音がして、「うわーっ、広い!」と聞き慣れない声がする。麗奈は声の主は誰だろうと、目を開けて見ると、そこには少年のようなショートカットの少女が、全裸で湯船に向かって飛び込んでくる姿があった。


 肌と水がぶつかり合う大きな音と共に、大きな波しぶきがあがり、顔に勢いよくぶつかってくる。突然の出来事に、麗奈は何が起きたのかを把握できずにいた。


「夏実ちゃん、何やってるの! ああ、星井さん……」驚きと悲鳴が入り混じった声が更衣室の方から遅れて聞こえてくる。


 もう一人の声は聞き覚えがあった。同じ学年で、同じ囲碁専攻クラスの住谷優子の声だった。


 麗奈は飛び込んできた、夏実と呼ばれた少女を見る。顔を見ても、やはり見覚えはなかった。そういえば引っ越しの荷物が置かれていたのを思いだし、この子が転入生かと合点がいく。が、しかし。


「住谷さん、このお猿さんは何かしら?」麗奈はにこにこと笑いながら、夏実を指さして優子に尋ねる。


「あの……、あのあの……」笑顔の裏にある怒りを察してか、優子がどう説明したものかと言いよどむ。


「天涯夏実だよー、よろしくね!」そうした空気を全く読まずに、夏実の脳天気な挨拶が浴室に響き渡る。その挨拶を聞いた麗奈は、笑顔を消す。


「お風呂に飛び込むんじゃありません! 大体あなたは湯船に入る前に、身体も洗っていないではありませんか! 共同で浴槽を使うときのマナーをしっかりと叩き込んでさしあげますわ!」怒り始めた麗奈の剣幕に、夏実はふえぇ、と恐れをなしていた。優子も遠目から見守ることしか出来なかった。


 身体の洗い方から湯船を使う際のマナーまで、浴室での規律を厳しく躾られた夏実は、浴室が閉まる時間になってようやく逃れ出ることが出来た。

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